ヴァールの綴ったルーンの数は、僅か八。
 先程の半分以下の文字数を、先程を更に上回る速度で編綴しようとしていた。
 そしてその魔術の直進速度は間違いなく、先程よりも速い。
 人間、先入観から逃れるのは簡単ではない。
 対応する側は、幾ら集中していても、一撃目を基準に二撃目への対応を試みてしまうもの。
 しかも、オートルーリングを使用している魔術士には、このような傾向が多々見受けられる。

 ――――不意を突かれても、自動編綴なら即座に対応出来る

 それは、オートルーリングが普及して以降、魔術士の間に蔓延る慢心だった。
 ヴァールの試みようとしている攻撃は間違いなく、オートルーリングに対抗する為の方策。
 一撃目で擦り込んだ魔術への先入観。
 それを遥かに凌駕する速度で編綴され、そして放たれる魔術に、オートルーリングの使い手が
 即座に対応するのは不可能に近い。
「これで、終わりだ」
 ヴァールは決して気を緩めず、表情も変えず、完成した魔術を放つべく手を伸ばす。
 ファルシオンはヴァールの追撃に気づき、今ようやくルーリングを始めたばかり。
 先程の魔術なら、これでも辛うじて防げるというタイミングだが――――ヴァールの確信めいた
 声が、そうはならない事を雄弁に語っていた。
「オートルーリングの使用者は私が滅ぼす」
 そう念じているかのようなヴァールの目が、一層鋭さを増す。
 フェイルの体当たりはもう間に合わない。
 ファルシオンを貫くその魔術が出力される――――
「……!」
 その直前、フェイルは真後ろから飛んでくる"何かの音"を察知し、慌てて首を右側へ捻る。
 左耳を劈くような、空気を裂く低い音。
 その音は一瞬で小さくなり、フェイルの左目の視界に"回転する剣"が映った。
「!」
 その剣はヴァールの身体を捉える事なく彼女の目の前を通り過ぎてしまったが――――
 フェイルの身体が死角になって、視界に入るまで剣の接近に気付かなかったらしく
 ヴァールは魔術を出力する瞬間、その突然現れた剣を強く意識してしまった。
 フェイルの突進ですら奪えなかったヴァールの集中力が、それよによって削られる。
 だがその意識の揺れも押さえ込むように、ヴァールは構わず完成した魔術を放つ。
 赤魔術【鬼火】と黄魔術【審判の終】を混ぜ合わせたような、既存のものとは異なる魔術。
 雷のようなものを発しながら直進するその赤色の光は、フェイルの目であっても
 色と形状を把握するだけで精一杯というほど、凄まじい速度で直進していった。
 そして――――
「ぅあ……」
 その魔術は、結界のルーリングが間に合わず、覚悟の暇すら与えられず、
 強張った顔のまま呻き声をあげたファルシオン――――の僅か手前でお辞儀するように
 下方へ落ちていき、地面へと直撃した。
「……っ!」
 その爆風でファルシオンが吹き飛ぶ。
 が、直撃はせず。
 高出力の魔術を使用した際に制御を誤った場合、起こり得るミスの一つ。
 動揺を隠せないヴァールは、本来魔術を放った直後にフェイルへ対応しようと
 していた筈だが、その初動も一歩遅れた。
「チッ……!」 
 フェイルの突進が、ヴァールの身体を捉える。
 咄嗟に両腕を身体の前で交差させ防御態勢をとったものの、その体当たりに
 吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。
 フェイルも決して重くはないが、ヴァールの身体はそれより更に軽い。
 体術の心得があっても、原始的なこの攻撃を完全に防ぐ術がない。
 とはいえ――――致命打にならない事も確か。
 フェイルはヴァールの足元に転がっていた自分の矢を拾う事もせず、
 地面に背を付けるヴァールへの追撃を試みようと接近する。
 だが、敵もさるもの。
 仰向けに倒れた体勢から、四肢を使い一瞬で全身を跳ね上げ起き上がる。
 お互いの距離、僅か1m。
 弓使いと魔術士の戦う距離としてはあり得ない、完全な接近戦の距離だ。
 だが両者とも、距離を取ろうとはしない。
「チッ!」
「こ……のっ!」
 接近した状態で、ヴァールは右腕を鉤型に曲げ振り抜き、フェイルは
 弓を相手に叩き込もうと薙ぎ払う。
 だが、そのどちらも当たらない。
 両者とも、攻撃と同時に回避の体勢をとっていた。
 同時に、お互い接近戦に慣れている事をこの攻防で確信する。 
 だが次の瞬間に両者が考えた事は、全く違う内容だった。
 フェイルは体重を前にかけ、より攻撃的な体勢へシフト。
 一方、ヴァールは――――
「コイツ……爆発するつもりね!?」
 後方からフランベルジュのそんな声が聞こえてくる。
 ケープレルの身体が膨張した証。
 爆発音でフェイルの気を散らすのと同時に、特殊魔術を使用可能な
 状態に戻すという意図があったのだろうが、フランベルジュの叫び声が
 その目論見を崩す事になった。
「……チッ」
 ヴァールには癖がある。
 舌打ちをする癖が。
 これは、思い通りにならない時や苛立ちを覚えた時、自身の中に生じた
 ストレスを外に逃がす為の自己防衛的な意味合いもあるのだが、
 同時に精神状態を外部へ漏らす悪癖でもある。
 フェイルはヴァールが舌打ちした直後、身体を沈め足払いを狙った。
 足払いは足が揃っている状態でなければ、ほぼ無意味。
 通常、体術を駆使する敵にはまず通用しない不意打ちだが――――
 苛立ちが募るヴァールは、その足払いに"反応"してしまった。
 自然と視線が下に向く。
 足を刈らせまいと力を入れる。
 その一瞬の隙を、フェイルは文字通り"突いた"。
「ぐぁっ!」
 初めて聞く、ヴァールの悲鳴。
 フェイントの足払いとほぼ同時に放った弓による打突が、その声と
 顎への衝撃を生む。
 しかし――――それでもヴァールは立ち上がる。
 死に体となり後方に弾け飛びながらも、左手を地につき身を翻して
 フェイルを睨み付ける。
 脳が揺れているのは明らかだが、それでも戦意は一切衰えない。
 その闘志に一瞬、フェイルが意識を奪われたその時――――
「!」
「きゃ……!」
 後方から爆発音。
 ケープレルが自爆した音だ。
 事前にわかっていたとはいえ、それでも気が遠くなるような轟音。
 その刹那、ヴァールは足元の矢を蹴飛ばし、更に後方へと跳ぶ。
 ヴァールはフェイルの矢を――――正確には最後の一本の矢を異様に
 警戒していた。
 だから、余計な動作を一つ入れた。
 そう。
 それは余分だった。
 結果的には敗因と言ってもよかった。
 矢を蹴飛ばす動作を入れなければ、気付けたかもしれないのに。
「数の暴力なのは承知しています」
「!?」
 誤爆した魔術で吹き飛んだファルシオンが、自身の背後に回っていた事に。
 その後頭部へ向けて、既に青魔術【氷塊】を放っていた事に。
【氷塊】は文字通り、氷の塊。
 頭部への直撃を受ければ、ヴァールと言えどひとたまりもない。
「……チッ!」
 それでも、常軌を逸した身体能力で身体を沈ませ、すんでのところで躱す。
 だが、それだけ無理に躱せば、体勢は大きく崩さざるを得ない。
 後方に跳んでいた事もあり、そのまま地面に雪崩れ込む。
「これで、オートルーリングが貴方の魔術より優れている、と言う事も出来ません」
 その見上げる視界には、既に次の魔術を綴り終えたファルシオンの顔があった。
 罪悪感にも似た、険しい表情の。
「ですが、負けられないんです。私達は」
 近距離から放たれる、二つ目の【氷塊】。
 悲鳴をあげる間も、オートルーリング封じを行う間もなく――――
 頭部へ氷の塊をぶつけられたヴァールは、そのままの体勢で意識を失った。






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