この戦いが始まってから、フェイルは常にヴァールの"目"を見ていた。
 それは師であるデュランダルから教わった事の一つでもある。
 目の動きで人間はある程度把握出来る――――師はそう言っていた。
 単純に戦略面での思考であったり、感情面の把握であったり、人間の目には
 様々な情報があると。
 ヴァールの目の動きは、落ち着き払った本人の表情とは裏腹に、かなり忙しなかった。
 例えば、フェイルの矢筒にも二度ほど視線を送っていた。
 矢が残り何本かを確認する為だ。
 フランベルジュの動きにも、常にその目を光らせていた。
 既にこの場にはいないハルやトリシュへも。
 だからこそ、フェイルはヴァールが攻撃を仕掛ける一瞬の隙を突くしか
 戦線離脱のタイミングはない、と踏んでいた。
 ファルシオンとオートルーリングへの敵意を確実に持ちながらも、
 この戦場における全体像の把握は常に怠らない。
 箱庭のような狭い世界ではなく、幾つもの戦場、幾つもの戦闘を経て
 ここにいる事がよくわかる。
「……」
 だからこそ、予測出来た。
 自分が残り一本の矢を構えれば、ヴァールは間違いなく――――警戒を強める事を。
 フェイルが"薬草士"である事を知る彼女ならば、そうするであろう事を。
 案の定、フランベルジュに向けていた攻撃意識を一旦解除し、ヴァールは
 フェイルの方にその鋭い目を向けている。
「遅い!」
 そんな表面化しない攻防が行われている中、フランベルジュは意気揚々と
 ケープレルの拳を回避していた。
 その事実はともかく、フランベルジュの行動は重要だ。
 もし彼女の挑発に乗り、ケープレルがそのままフランベルジュを襲い続けるのであれば、
 彼の存在に自律性が認められる。
 要するに、意思を持って動いている証だ。
 となれば、魔術としては余りにも"出来過ぎている"。
 そのような高度な魔術が存在するとなれば、最早それは魔術とは言い難い。
 ただ、フェイルがこれまで、このメトロ・ノームの上にある地上で見たケープレルという
 存在は、全て単純動作しか行っていなかったとはいえ、確かに一人の人間らしき行動をしていた。
 自律性がある可能性は否定出来ない。
 となると――――実際に魔術ではない可能性も浮上する。
「ファル」
 フェイルはヴァールに聞かれるのを覚悟の上で、ファルシオンに声をかけた。
「術者の意思を離れて、自己の意思で動いたり判断したり出来る攻撃魔術は存在する?」
「ありません。そこまで高度な事をルーンで構築するとなれば、膨大な文字数が必要でしょうし、
 それを制御する術は今の魔術士界には存在しません」
 断言だった。
 それくらいあり得ない事、というのがファルシオンの主張だ。
 だが――――
「どうしたの!? その程度の動きで私を捉えられると思ってんの!?」
 ケープレルは依然として、フランベルジュへの攻撃を続けていた。
 攻撃パターンは単純で、体当たりか、拳を振り回すかの二つ。
 その為、防御に徹したフランベルジュは余裕をもって躱せている。
 もし、自律性がなく、ヴァールがあのケープレルを制御しているのなら、
 誰が見ても自分へ引きつけようとしているフランベルジュへ攻撃を続ける真似はしないだろう。
 尤も、発動と同時にヴァールが行動条件を決定し、その変更が出来ないだけかもしれないが。
 その場合だと、『術者へ攻撃してきた人物へ攻撃せよ』というのが、
 この状況において最も妥当な行動条件、すなわち"命令"だろうと推察出来る。
 けれど、それもおかしな話だとフェイルは踏んでいた。
 命令としては、余りに有効性がない。
『術者の身を守れ』、若しくは『術者へ攻撃してきた人物を"一度だけ"攻撃せよ』と
 する方が遥かに有用だ。
 実際、ケープレルはフランベルジュに引きつけられ、ヴァールから離れてしまった。
 ヴァールは今、孤立している。
 攻撃する最大のチャンスだ。
 とはいえ、そんな間の抜けた行動条件を本当にヴァールが設定したのか、疑問の余地がある。
 もし違うのなら、これは誘いの可能性も十分にある。
 ヴァールは二体のケープレルを同時に出現させる事が可能。
 その内の一体はついさっきフェイルが消滅させたが、また直ぐ出力させる事も出来る筈だ。
 とはいえ、それには相応のルーリングが必要であり、そうすればあからさまな隙が出来る。
 そのような不利な展開になる事を予想出来ないヴァールではない――――
「相手の戦術は未知数ですが……仕掛けない限り、この戦いは終われません」
 これだけの"不可解"をファルシオンも十分に理解している。
 その上で、自身の魔具たる指輪を光らせ、攻撃態勢を作った。
「ファル。わかってると思うけど、一番厄介なのは――――」
「はい。あのケープレルをヴァール本人の意思で爆発させる事が出来る場合、ですね」
 それが可能なら、フランベルジュが犠牲になる可能性が高い。
 そして、以前あの"光る柱"でのケープレルの爆発は、タイミング的にヴァールが意図して
 行った可能性が高い。
 尤も、何のロスもなくそれが出来るのなら、この戦いでもとっくにやっているだろう。
 何かしらの制約があって出来ないか、出来るとしても時間的、身体的な硬直が
 あるなど、リスクがあってやらないでいると見るのが妥当だ。
 だが、下手にヴァールを追い詰めてしまうと、それこそ道連れという選択肢と選びかねない。
 何処かのタイミングで、フランベルジュをケープレルから離す必要がある。
 たった一人の魔術師を相手にした戦い。
 にも拘らず、フェイルはこれまでのどの戦闘よりも神経を磨り減らし、薄氷を
 踏むようにして戦っていた。

 これ以上、犠牲者を出すのは許されない。

「フェイルさん。フランは貴方に一任します」
 支援よりフランベルジュの安全を優先して欲しい――――ファルシオンはそうフェイルに告げた。
 そして、フェイルの返事を待つ間もなく、ルーリングを始める。
 それがどんな魔術なのかを確認する暇もなく、フェイルは構えを解いて駆けだした。
 フランベルジュに近い位置にいなければ、もしケープレルが自爆の兆候を見せた際に
 彼女を守る事が出来ない。
 だが、早く動きすぎれば、それをヴァールに察知される。
 ファルシオンはそこまで計算し、自分のオートルーリングと同時にフェイルが動き出すように
 仕向けた。
「……大した策士だよね、全く」
 全力で駆けながら、フェイルは思わずそう漏らす。
 同時に、この戦いにおいて自分の立ち位置を何処に置くかを決めた。
 攻めるのは、ファルシオン。
 なら守るのは自分。
 そこに全てを費やす。
 問題は、ヴァールが次にどんな反応を示すか。
 フェイルの動きを、自分へ接近する為の急駛と解釈していればフェイントになるが、
 残念ながらヴァールの視線はそれを否定するものだった。
 魔術を発動させようとしているファルシオンを凝視しつつ、他の二人への警戒も怠っていない。
 闘い慣れている――――そう実感し、フェイルは次の一手をどうするか、走りながら考えた。
 だが、その考えがまとまる前に、驚くべき事態が発生した。
 本来、魔術というのは二種同時には発動出来ない。
 組み合わせた魔術ならまだしも、一つの魔術を発動しつつ、もう一つの魔術を
 ルーリングするという行動を、フェイルは見た事も聞いた事もなかったのだが――――
「な……!」
 ヴァールはケープレルを出現させながら、ルーリングを開始していた。






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