ケープレル=トゥーレの突進は、巨体による体当たりと魔術としての
 殺傷力、その両方を有している。
 つまり、物理的な破壊力と魔術的な破壊力の双方を含有した、
 極めて稀有な存在だ。
 そのような前例に乏しい攻撃に対し、結界での防御を試みるのは余りに
 リスクが大きい。
 瞬時にそう決断したファルシオンの指が、一つのルーンを宙へと刻む。
「ファル……!」
 それはフランベルジュが叫ぶより早く、その十倍の数となって自動編綴され、
 そして魔術へと変換された。

【氷海】

 足場を凍らせて敵を足止めする、初歩的な青魔術の一つ。
 だがこの状況下では、非常に有用な魔術と言える。
 実際、ファルシオンの放った【氷海】は、突進してきたケープレルの
 周囲の地面を凍らせ、その足を止める事に成功した。
 そしてそれは、自身の攻撃魔術とオートルーリングの無力化は
 同時に行えないというファルシオンの推論が正鵠を射ていた証明でもある。
「流石ファル! 機転が利くじゃない! これなら――――」
「まだだ!」
 意気込んでヴァールへ斬りかかろうと剣を構えたフランベルジュを
 鋭い声で制したのは、フェイル。
 その刹那――――ファルシオンの【氷海】によって凍ったケープレルの
 足元から、普段耳にしないような、軋む音が聞こえてくる。
「ファル! 離れて! フランはもう一体の方を警戒!」
 そう叫びながら、フェイルは一瞬で矢を番い、射る。
 足を踏ん張り、下半身をしっかり地面に根付き、左腕に力を込め、
 弓を完璧に固定した、威力重視の射撃。
 ファルシオンがフェイルの指示通りにケープレルから遠ざかるのを
 視認した直後に放たれたその矢は、何の躊躇いもなくケープレルの
 頭部を目指し――――突き刺さった。
 刹那、矢を受けたケープレルの肉体が激しく痙攣し、一瞬全身が更なる膨張を見せ――――
「……っ!」
 轟音と共に、その場で爆発した。
 既に数度見た光景ではあるが、人体が爆発するという見かけ上、正視に耐えず
 フランベルジュが顔をしかめる。
 それでも、フェイルの言いつけ通りヴァール達への警戒は怠らず、歯を食いしばりながら
 呼吸を整えていた。
「オスバルド=スレイブ……覚えてる? この名前」
 そんなフランベルジュに、フェイルが問う。
 突然脈絡なく挙げられたその名称に、フランベルジュはしかめた顔をそのままに
 眉間にシワを寄せた。
「覚えてるも何も、私にとっては屈辱的な名前だけど?」
「その屈辱を受けた相手を簡単に負かしたのが、あの正体不明の巨体だって事も
 忘れてないよね?」
「……それは」
「私の魔術程度では、完全に動きは止められないという事です」
 爆発に巻き込まれないよう、というフェイルの意図を理解し遠ざかっていた
 ファルシオンが、その位置から二人へ声をかける。
 彼女はヴァールの標的。
 二人に近付くのは得策ではない、という判断に基づいた位置取りだった。
「ファルの魔術がどうこうというより、単純に常軌を逸した力を持ってる。
 そう思った方がいいみたいだ」
「……肝に銘じとく」
 一瞬、ファルシオンの魔術でどうにかなりそうだと楽観視した事を諫められ、
 フランベルジュは表情を引き締めた。
 残るケープレルは一体。
 だが、それがヴァールの魔術である以上、何処まで増えるのかは未知数。
 そもそも本当に魔術かどうかすら未知だ。
 ハルの魔崩剣が――――正確にはその前の段階だが――――通用しなかったのは、
 ヴァールのそれが一般的な魔術と同じ構造ではない事を示している。
 それがケープレルという魔術のみなら、大した問題ではない。
 厄介とはいえ、対処法はある。
 先程のように、ファルシオンの魔術もある程度は通じるし、少しでも足止め出来れば
 フェイルの矢で消滅させる事は可能。
 尤も、残りの矢は二本となってしまったので無駄打ちは出来ないが、それでも
 どうにかする事は出来る。
 だが、仮にヴァールの使う魔術全てが通常の魔術の体系と異なるのであれば、
 これから彼女が使用する魔術は常識では到底計れない。
 そして、オートルーリング封じというやはり常識外の術を使用している以上、
 後者の可能性が極めて高い。
 本来なら五人がかりでもお釣りが来るほど厄介な敵だが、アルマの安否も気になる。
 そんなジレンマの中、残ったこの三人でどうにかしなければならない。
 フェイルは一瞬、顔をしかめた。
 
 あと一人――――

 そう、あと一人、あの少年がいれば、もう少し戦略の幅が広がったのに、と。
 圧倒的な身体能力と荒削りの剣術。
 何をしてくるかわからないヴァールのような未知の敵には、こちらも何をしでかすかわからない
 色々と未知数なあの"勇者"の存在がきっと心強いものになっただろう。
 だがここに、彼の姿はない。
 ならば、自分がその代役を務めなければならない。
 勇者一行、そう呼ばれた三人が戦ってきたのと同じ呼吸で。
 フェイルはそんな――――誤った思考に一瞬、頭の中を支配されかけていた。 
「フェイル、フラン、あのデカブツは私が引き受けるから、貴方達は本体をお願い」
 そう気付いた要因は、フランベルジュのその提言。
 彼女もまた、勇者――――リオグランテの幻影を追っていたらしい。
 何故なら今フランベルジュが担おうとした役割は、本来リオグランテがやるべき仕事だからだ。
 機動力、瞬発力に優れた彼がいれば、ケープレルを引きつける事は十分出来ただろう。
 挑発と回避に徹すれば、ヴァール本体から引き離す事も可能。
 だがそれは、リオグランテなら出来るだろう、というだけの事。
 フランベルジュがその役割を全う出来るかと言えば、とても――――
「これからは、私が背負わないといけないでしょう?」
 ――――とても、そう否定する事が出来ない悲壮な決意が、フランベルジュの顔に滲み出ていた。
 戦略的にそれが最良かどうかは、誰にもわからない。
 わからないが、フェイルも、ファルシオンも小さく頷いた。
「そこのデカイの! 私が相手よ!」
 一瞬だけ微笑み、直ぐに獣のような目となったフランベルジュが駆ける。
 フェイルはその刹那、残り二本の内、"意図的"に一本の矢を残し、もう一本の矢を
 弓に番えた。
 そして、その体制のまま、跳ぶ。
 今度は威力重視ではなく、移動しながらの射撃。
 走るフランベルジュの背後に回り、彼女とヴァールが重なる直前の位置から、矢を放つ。
 ヴァールには死角となっており、回避は困難。
 当然、フランベルジュには当たらないギリギリのコースを撃った。
 そして、そのフェイルの攻撃に呼応するように、ファルシオンもその位置から
 青魔術【氷輪】を放つ。
 異なる角度からほぼ同時に放たれた攻撃。
 しかもその内の一つは死角から。
 それに対し、ヴァールの対応は余りにシンプルだった。
「な……」
 接近するフェイルの矢を、ファルシオンの魔術を、最小限の動作だけで躱す。
 その鮮やかな身のこなしにファルシオンが絶句する中――――ケープレルが
 自身へ接近してきたフランベルジュへ、渾身の拳を振り下ろした。
 それは躱せる。
 フランベルジュなら、躱せる。
 だが躱した直後に待っているのは、既に二人からの攻撃を躱し、自由の身となった
 ヴァールの追撃。
 計算に入れている筈もなく、フランベルジュは仕留められる――――
「フラン……!」
 その"絵"を頭に浮かべたファルシオンが『止まって』と叫ぼうとする中、
 微かに視界の端で捉えたその現実の絵は――――最後の一本を既に弓へ番えていた
 フェイルの姿だった。






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