「ここは僕とファル、フランの三人で十分だ。ハルとトリシュさんは
 アルマさん達を追って。多分、他にも追尾者がいる」
 一人を相手に五人が引きつけられている現状は、とても良好とは言い難い。
 だが、目の前のヴァールは一人で確実に勝てるという相手とも思えない。
 そのバランスを考慮した結果、フェイルは二人にこの場から離れるよう指示した。
 問題だったのは、誰が残り誰が追うか。
 フェイルの選択は"自身の残留"だった。
 戦力の均衡を考慮すれば、遠距離から支援出来るフェイルとファルシオンは
 分かれる方が良い。
 だが、ヴァールに目を付けられているファルシオンがこの場を離れるのは
 難しく、ならフェイルがアルマとバルムンクを追うのが正しい適材適所で
 ある筈だが、フェイルの判断は違っていた。
「彼女が仕掛けてくる瞬間に、戦力分散。それでいいね?」
「了解。こんなトコでくたばるんじゃねーぞ?」
 ハルは異論を挟まず、理解を示す。
 その刹那――――
「このヴァール=トイズトイズが、あの邪道を……オートルーリングを恐れている、だと?」
 ヴァールの両側に陣取っていた二つのケープレルが、変化を見せる。
 ただでさえ筋骨隆々の肉体を模したその姿が、更なる膨張を見せ始めた。
「その愚弄、許す訳にはいかない」
 あっという間にヴァールの倍近い身長にまで膨れ上がった二体が、その四つの目を
 ファルシオンへと向ける。
 そして。、
「粉々にしてや――――」
「トリシュ! バルムンクのオッサンを追うぞ!」
 大地を蹴るより一瞬早く、ハルが叫ぶ。
 ヴァールの出足を挫く、完璧なタイミング。
 二体のケープレルが一瞬、攻撃への初動を躊躇するかのようにぎこちない動きを
 見せる中、ハルがトリシュの腕を掴み、強引にその場を離れようと駆け出した。
「オスバルドの仇、取ってやってくれや」
 最後に小声で、フェイルにそう言い残して。
「……チッ」
 その見事な離脱に、ヴァールは反射的に腕を伸ばし魔術を射出しようとしたが、
 直ぐに思い留まり、腕を下ろす。
 ハル達に魔術を放てば、他の三人に対し自分が無防備になるからだ。
 斯くして――――五対一の局面から、三対一の局面へと戦局は変化した。
 ただし、ヴァールを挟むようにして陣取るケープレルは健在。
 そのヴァールとファルシオンが正面で睨み合い、ファルシオンの左前方にフェイル、
 右前方にフランベルジュが位置している。
「今の、アンタの指示?」
 ヴァールへ向けて身構えながら、フランベルジュがフェイルへと問いかけた。
 そのフランベルジュが問いたかったのは、戦略的な戦力分散に対する疑問ではない。
 この場に"この三人"が残る是非についてだ。
 ハルもトリシュも、フランベルジュより格上の剣士。
 その二人を敢えて残さず、更に魔術士と弓使いという、どちらかと言えば支援を
 得意とする二人が残ったのだから、唯一の剣士であるフランベルジュの責任と負担は大きい。
 つまり、それだけの大役をフランベルジュは任された事になる。
 問いたいのは、『それでいいのか』という事だった。
「他人任せには出来ないでしょ?」
 それに対するフェイルの回答は、単純明快だった。
 重要なのは、強さや適正だけではない。
「ファルの事をわかってる二人が残るのが一番良い。敵がファルを狙っている以上、ね」
 多対一で戦う難しさもまた、重要だ。
 複数人数で一人を叩くという戦いは、例えば残党狩り等で良く見られるシチュエーション。
 一方で、戦争のない時代には意外と経験する事が少ない。
 特に、傭兵ギルドに身を置くような剣士の場合、一人の敵を相手にするケースは
 暗殺者から依頼人を守る護衛くらいしかない。
 その場合も、まず間違いなく一対一。
 同時に複数の相手と戦おうとする物好きな暗殺者など滅多にいないからだ。
 そういった事を総合的に考えた結果、連携を取りやすい三人で戦うのが最良だと
 フェイルは判断した。
「アルマさんを助けたい一心で、力のある人達を向かわせたのでは?」
 ヴァールへの警戒をそのままに、ファルシオンはそんな言葉をフェイルへ放る。
 それは、以前のファルシオンなら決して口にしない類の冗談。
 思わずフランベルジュが目を丸くするくらいに。
「……そんな訳ないでしょ」
 フェイルも気の利いた返し方が出来ないくらい驚いた程だ。
「どうでしょう。その可能性は十分あると思いますけど」
「ファル、貴女……」
「冗談ですよ」
 呆れ気味のフランベルジュに、ファルシオンは視線を向けず、表情も崩さず、
 ただ身体を若干脱力させ、そう返した。
 自分が力んでいた事を自覚し、リラックスさせる為の軽口――――
 フェイルは横目でファルシオンの様子を眺めながら、そう理解すると共に
 彼女もフランベルジュとは違った意味で成長している事を感じ取った。
 味方の成長を目の当たりにするという経験を、フェイルは殆どした事がない。
 そもそも味方と呼べる人自体少なかったが、何よりも団体行動をしていなかった事と
 数少ない近しい人間がいずれも完成された戦士だった事が原因だ。
 フェイルはこの状況下にあって、少し嬉しくもあった。
「……最後の戯れは終わったか?」
 だが、一瞬でその気持ちも霧散せざるを得ない。
 ヴァールの声は何処までも冷え、そして歪んでいた。
「来るよ。もう向こうに時間を稼ぐ理由はなくなったからね。フラン、集中して」
「わかってる」
 暫し、沈黙。
 風のないメトロ・ノームの荒野に、静寂を邪魔する音はない。
 何かが聞こえたその時、一瞬で戦局は色を変える。
 目の前の魔術士には、それだけの力がある。
 何よりも、どんな魔術を持っているのか想像も付かない恐ろしさがある。
 現在出現している二体のケープレルも、いつ爆発するかわかったものではない。  
 現時点では事実上の三対三という構図だが、それはあくまでも見かけ上。
 フェイル達の三は不動だが、ヴァールの三は一にも四にもなる可能性がある。
「……我が名はヴァール=トイズトイズ」
 不意に、ヴァールが沈黙を破る。
 その口上の意味するところは――――
「その名に賭けて、オートルーリングの使用者を排除する。朽ちるがいい」
 が、それを考える暇も与えない。
 地面を蹴る大きな音と共に、肥大化したケープレル"一体のみ"がファルシオンへ向けて駆け出した。






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