「な……なんだよこりゃ!? 魔術か!?」
 つい先程自爆したばかりの人物が突然、しかも二体出現した事に
 最も大きな驚きを見せたのはハルだった。
 そして同時に、遅れて合流した三人の中で最も早く真相を見抜いたのは、
 決して偶然ではない。
 魔崩剣の使い手であるハルは、他の二人の剣士より魔術と接した経験が多い。
 その為、魔術を発した際に生まれる魔力の霧散現象を、殆ど勘に近い
 感覚で無意識下において察知していた。
「ハル! 斬れる?」
「当然! よっしゃ、どうやら俺の見せ場がきやがったな!
 魔術ならこの俺の――――」
 顔いっぱいに笑みを広げていたハルが、言葉を詰まらせる。
「……おいフェイル! 本当にあのデカブツ達は魔術なのかよ!?
 接合点が見えねーぞ!」
 そして、そう叫ぶ。
 魔崩険とは、魔術に"必ず"存在する接合点を斬り分断させる事で
 魔術を無効化するという技術。
 その術を身につけているハルが接合点を見つけられないという事は――――
「うりゃりゃりゃりゃりゃのりゃーーーっ!」
 そんな考察など最初から放棄しているかのように、トリシュが
 ケープレルの一体へ向かって斬り込んでいく。
 巨躯を誇るとはいえ、得物を持たない相手。
 斬ってしまえば問題ない、と短絡的に考えているとしか思えないような
 迷いなき特攻に、フェイルもファルシオンもフランベルジュも
 止める為の言葉を発しようとしたが――――
「とーりゃー! 覚悟するのでーーーーす!」
 トリシュはケープレル二体の間をすり抜け、一直線にヴァールへと
 飛びかかっていった。
 ケープレルにダメージを与える事で自爆される恐れ。
 魔術なのは確かだが真っ当な魔術でもないであろうその存在の曖昧さ。
 そういった懸念を考慮しての事か、単純に術者でありこの場で最も
 倒すべき相手のヴァールだけを狙うという意図なのか、何も考えずに
 一番後ろにいる敵を目指しただけなのか、本人以外に知る術はない。
 だが、トリシュが最も理想的な攻撃を仕掛けたのは確かだった。
 ケープレルを二体出現させている以上、ヴァールの魔術は発動済み。
 そして、魔術を発動中の魔術士は無防備――――
「フン」
 その定説を、ヴァールは右腕一本で打ち砕く。
 予備動作を最小限に抑えた、鋭く突き出されたその徒手空拳による突きは、
 攻撃しか頭になかったトリシュの突進してくる顔に合わせるように、正確、
 そして迅速に放たれた。
「むおおおおおっ!?」
 だが、トリシュも常軌を逸した剣士。
 硬直する事なく、寧ろ突進の速度を上げつつ左へスライド。
 ヴァールの右拳を辛うじて躱し、そのままの勢いですれ違う。
 お互い止まる事なく、地面を蹴り間合いを広げた。
「魔術士が体術も使うなんてレアなのです! 卑怯なのです!」
「いや……どっちかってーと五対一の時点でこっちが卑怯じゃねーか?」
 冷静なハルの指摘に対し、頷く者はいない。
 そしてハル自身も、卑怯だから悪とは思っていなかった。
 それくらい、このヴァールという魔術士に脅威を感じていた。
 何より問題なのは、魔崩剣が通用しない点。
 接合点が見えない以上、魔術を消滅させる術はない。
 相手が魔術士でありながら、ハルの有利性は封じられてしまった。
「貴様等の数的有利など意味を成さない。大人しく殺されろ」
 二体のケープレルに挟まれる形でフェイル達を睨むヴァールの姿は、
 これまでフェイル達が何度か目にしてきた彼女とはまるで違っていた。
 姿形に変化はない。
 目の色が変化したり、奇妙なオーラをまとっていたり、そういった
 わかり易い視覚的変貌は見られない。
 にも拘らず、異質な存在に見える理由は――――顔つきだ。
 これまでの能面のような表情とは大きく異なり、明確な怒気を前面に出している。
 そしてその表情を誰よりも真摯に視界へと収めていたのは、
 怒気の理由を知るファルシオンだった。
「……どうして、そこまでオートルーリングを毛嫌いするのですか?」
 そのファルシオンが、声に感情を込め問う。 
「貴女の今回の来襲は、アルマさんの殺害が第一の目的でしょう。でも、それが
 叶わなかったならば、第二の目的として、出来るだけ戦力を殺ぐようにと
 スティレット=キュピリエに命じられている。アルマさんを守る私達を極力排除し、
 足止めをするように。違いますか?」
 ファルシオンの問いに、ヴァールは一切答えない。
 その義務はないと言わんばかりの沈黙と同時に、常に他の四人への注意も怠っていない。
 特に遠距離攻撃が可能なフェイルとファルシオンに対しては、二体のケープレルを
 盾に出来る立ち位置になるよう、しっかり微調整していた。
 多人数相手に闘い慣れしている証だ。
「でも、今の貴女は明らかに自分の目的を優先していますよね。
 命令を最優先するのなら、自分の存在を知らしめる前に、暗殺という形で私やフェイルさんを
 始末しようとしていた筈です。だけど貴女は、オートルーリングへの憎しみを優先させました」
 ヴァールを睨みながら、ファルシオンは持論を唱え続ける。
 その一方で、フェイルに向かって左手でこっそりサインを送っていた。
 指をクイクイッと動かすだけの、単純な所作。
 だが、それが何を意味するのか、フェイルは直ぐ理解した。

『アルマ達の後を追え』

 ――――ではない、と。

 今なら、ヴァールに背を向けても他の面々が対処可能。
 ファルシオンを除く四人の内、一人か二人ここから離れバルムンクとアルマに合流する事が出来る。
 ただ、重要なのは誰が追うかだ。
 当然、体力と機動力をある程度有したでなければ、先に離脱したバルムンクに追いつくのは困難。 
 尤も、ここにいる四人は全員、その条件を満たしている。
 ハルの魔崩剣が使えない以上、魔術士に有利な条件を持つ者もいない。
 だから、ファルシオンのサインが意味するのは、『アルマ達の後を追え』ではない。

 すなわち――――『アルマ達を追う者を決めろ』

「これまで貴女から感じていたのは、スティレット=キュピリエへの絶対的忠誠。
 今回の行動はそれと矛盾します。そこまでして、オートルーリングを憎む、或いは……」

 フェイルは察した。
 ファルシオンもまた時間稼ぎをしている、と。
 ヴァールが時間稼ぎをしているという事は、アルマを襲う刺客が他にもいる可能性が高い。
 ならば、この五対一という状況は、戦局全体を考慮すれば決して有利とも有効とも言えない。
 フェイルは、迫られていた。

「恐れている、か」

 敢えて、挑発的な言葉を投げかけたファルシオンの危険と、アルマに迫る危険。
 そのどちらに自分が必要かを。

「……オートルーリングを、恐れている、だと?」

 ファルシオンの狙い通り、ヴァールはその挑発に食いついた。
 これまで常に広く深く鋭かったヴァールの眼差しが、その視野を狭める。
 この場を離れるなら、今しかない。

 フェイルの決断は――――

「……それでいいのか?」
 他の誰にも聞こえないような小声でハルに伝えられた。






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