そのルーン配列がどのような魔術を構成したものなのか、魔術士ではない
 フェイルにはわかる筈もなかった。
 既存の魔術なのか、ヴァール特有の魔術なのか、それもわからない。
 状況的に、攻撃魔術なのか結界なのかも判断し辛い。
 決め手はなし。
 ならば賭けに出るしかない。
 勿論、読みを重視した上での賭けだ。
 ヴァールの攻撃性の高さから、フェイルは攻撃魔術、それも
 回避が困難な類の魔術だと予測し、接近の継続を選択した。
 避けられない。
 なら魔術が発動する前に叩く。
 対魔術士の基本。
 フェイルはかつてそれを、嫌というほど何度も訓練の中で意識した。

 魔術があれば、弓矢は要らない――――

 実際にそんな声を耳にした事はない。
 だが、確実にその風潮はあった。
 だからこそ、弓矢の需要は薄まったのだから。
 独りになったフェイルを育ててくれた弓職人は、優れた腕の持ち主だった。
 出来の良い弓は、上下の重さが均等に出来ており、重心が中央にある。
 正しく構えれば決してブレない。
 射手の腕がそのまま射出の精度に反映される。
 それだけの物を作る腕があれば、材質も問わない。
 もし高級な弓だけを作り続ければ、腕の良い弓使いに重宝され、
 一生安泰――――そんな幸せな職人人生を全う出来る筈だった。
 だが職人は決して、高級な材質の弓を多く作ろうとはしなかった。
 
『ボロい弓の方が、多く売れるからだ』

 フェイルが一度だけ、その事について尋ねた時の返答。
 多く売れれば儲かるからなのか、より多くの人に自分の弓を
 手にして欲しいからなのか――――考えるまでもなく後者だとフェイルは即断した。
 まだ少年期で、職人との相互理解も深まっていないながら、確信はあった。
 彼が弓矢を作り続ける姿を、自分の作った物を手入れする姿を
 日常の中で目の当たりにしていたからだ。
 そして今も、その判断に揺るぎはない。
 だからフェイルは自分も、弓を選ばない弓兵になろうと誓った。
 誰の作った弓だろうと、量産品であろうとも使いこなせる人間になろうと。
 その考えは、接近戦をこなす弓兵という目標の萌芽でもあった。
 そして同時に――――魔術への強い劣等感の。

「魔術に……魔術士に負けてたまるか!」

 それは決して、声に出した言葉ではない。
 だが、己の内部だけに響いた声でもなかった。
 何故なら、その声と同時にフェイルは加速したからだ。
 身体が確かに反応した。
「!」
 それまで全く表情を変えなかったヴァールが、一瞬表情を強張らせる。
 そして、判断は余りに俊敏だった。
 フェイルの接近速度を上回る速度で、後方へ跳ねる。
 その姿をフェイルが認識した頃には、既に綴られたルーンはキャンセルされていた。

 ヴァールはフェイルの攻撃の方が自分の魔術の出力より迅いと判断した。
 だから、一旦引いた。
 そう解釈するしかない行動だった。

「……邪魔を……するな」
 だが、撤退する意思は全くない。
 両脚を前後に伸ばし、低い構えでフェイルを睨むヴァールの表情には露骨な険こそないが、
 明らかにこれまでとは違う禍々しい空気をまとっていた。
 ヴァールの敵意は、殺意とほぼ変わらない。
 そしてそれは、初対面時にファルシオンに向けていたものと余り差はない。
 恒常的に、オートルーリング使用者へ向けられているものと解釈出来る。
 それが今、フェイルにも向けられた。
 或いは、フェイルの魔術に対する強い対抗意識に触発されたのかもしれない。
 その鋭い目は、フェイルだけを捉えていた。
「……」
 フェイルは無言でそれを確認し、矢筒から新たな矢を取る。
 先程魔具で弾かれた矢が使い物にならなければ、残り三本。
 そろそろ矢の補充も考えておく必要がある――――そんな事を考えながら矢を番い、
 6mほど先に移動したヴァールへ向かって弓を引く。
 戦闘態勢であり、同時に戦闘継続への意思表示でもある。
 まだやるのか?
 構えでそう問いかける。
 ヴァールもまた、言葉ではなく構えで返事をした。
 広いスタンスを狭め、直立に近い体勢になり、右手を前に突き出す。
 編綴の構えだ。
 先程は攻撃魔術だろうとフェイルは判断したが、今度は条件が違う。
 この距離なら、ルーリングの上手い魔術士であれば矢が放たれたタイミングで
 編綴を行えば、矢が届く前に結界を出力する事は可能だ。
 それは幾らフェイルが全力で射ても、覆らない。
 フェイルの矢は残り三本。
 ヴァールの残り魔力量は、不明。
 底が見えている方と、見えていない方。
 ヴァールが防御に徹するメリットは多数存在している。
「ふぅ……」
 小さく呼吸。

 その息が弦に触れる前に――――揺れた。

 フェイルの放った矢が、ヴァール目掛け直線を描き飛んで行く。
 ヴァールはそれを――――
「!」
 結界ではなく、避ける事で防いだ。
 しかもギリギリまで引きつけて、寸前での回避。
 自身の身体能力と回避能力に対する自信と、その攻撃性故の選択。
「消えろ」
 ヴァールは回避しながら、攻撃魔術を編綴していた。
 別の行動をしながら、その動きと連動させルーリングを行うのは高等技術。
 しかもその速度がとてつもなく速い為、最高峰の技術とさえ言える。

【審判の終】

 ヴァールが自身の右手に発生した黄魔術最大級の威力を誇る光波を、
 躊躇なくフェイルへ放とうとした――――その刹那。
「……!」
 "それ"は既に、目の前にあった。
 だがヴァールは気付かなかった。
 自身に向かって忍び寄っていた、地を這う水の存在に。
 
【蛇心氷点】

 水はヴァールの足元まで蛇のように蛇行しながら進み、そこで氷柱と化す。
「がっ……!」
 完全にフェイルへの攻撃に意識が向いていたヴァールは、回避する間もなく
 足元から伸びてきた氷柱の直撃を顎に受け――――そのまま真後ろに倒れた。
「ファル!」
 フェイルが反射的に振り向くと、そこには魔術を放ったばかりのファルシオンが
 不機嫌そうな顔で立っていた。
「……私、完全に忘れられていましたね」
 結果的にそれが奏功したのも、フェイルが敢えてそうなるよう誘導していたのも
 承知した上で、そうボヤく。
「いや、ファルも意図的に存在感消してたでしょ」
「消してましたけど、不愉快です」
 そんな理不尽な怒りにフェイルは苦笑するも、その笑みは直ぐ消える。
 ファルシオンの視線がフェイルの後方に向いた事に加え、その表情から
 余裕が消えたからだ。
 何が起こったのかは想像に難くない。
「……」
 氷柱の直撃を受けたヴァールが、口から血を流しながらも立ち上がっていた。
「あれを食らっても立てるのか……」
【蛇心氷点】は青魔術の中でも特別強力な殺傷力を有している訳ではないが、
 突き上げてくる氷の柱を顎に受ければ、常人なら気を失うか立てなくなるのが普通。
 しかしヴァールは、流血こそあれ膝すら揺れていない。 
 耐久力もかなりのものだ。
「どうやら、自身の攻撃魔術とオートルーリングの無力化は同時に使用出来ないみたいですね。
 当たり前と言えば当たり前ですが」
 それを確かめる為、ファルシオンは敢えてヴァールの攻撃の瞬間を狙った。
 勿論、意識の外から攻撃すれば直撃の目算が立つという意味合いも強かったが。
「痛てて……ったく、ワケわかんねーな。さっきのデカブツ、何だったんだ?」
 睨み合いの様相を呈する中、ハルの呑気な声が両者の意識を削ぐ。
 その直後、頭を抑えた長身の男がヌッとファルシオンの後ろから現れた。
「無事だったんですね」
「どうだかな。見ろよこのタンコブ。痛すぎて暫く蹲ってたんだぜ」
 実際、ハッキリと頭部が変形しているとわかる程の大きさだった。
「とーっ! トリシュ見参! お尻ヒリヒリ! トリシュイライラ!」
「ファル、無事みたいね」
 既に合流済みだったらしく、トリシュとフランベルジュもハルの隣に並び立つ。
 両者とも臀部を押さえていた。
 多少の負傷はあるものの、戦闘面での支障はないと判断出来る状態。
 つまり――――五対一。
「まだやるの?」
 フェイルは右手で血を拭うヴァールに、半眼でそう問いかける。
 返答は――――
「……全員、始末する」
 彼女の両隣に現れた二つの巨躯――――ケープレル=トゥーレの出現によって行われた。







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