魔術士同士、一対一の勝負――――それは弓兵ほどではないにしろ、
 比較的珍しい戦闘構図だ。
 オートルーリングの普及後、単騎での戦闘をこなせる魔術士が
 増えたのは間違いない。
 だがそれでも、魔術士が一人で戦闘する機会も、一人の敵と戦う機会も、
 決して多くはない。
 広範囲、遠距離を攻撃可能な魔術の特性上、後方支援が最も効果的なのは、
 オートルーリングが確立された今も変わらないからだ。
「……!」
 それだけに、攻撃魔術同士がぶつかり合うケースは余り見られるものではなく、
 フェイルは黄魔術と青魔術の衝突が生み出す聞き慣れない破裂音に、
 思わず顔をしかめていた。
 完全に戦闘が始まってしまった以上、行動を迅速に決定しなければならない。
 ファルシオンの意思を無視し、自分も戦闘に参加するか。
 それとも、彼女の指示通りにフランベルジュ達の安否を確認しに行くか――――
 フェイルは数秒の間、逡巡に身を委ねる。
 全ての集中力をヴァールに向けなければ、あっという間に彼女の魔術に
 飲み込まれてしまうという判断だ。
 そこにフェイルが参戦すれば、それは彼女にとって"異物"となる。
 動揺や葛藤が生まれるだろう。
 オートルーリングに対する考え方が真逆の二人の戦闘は、単に命の
 奪い合いではない。
 自己証明の戦いだ。
 助太刀は不要というファルシオンの意思表示は決して、フェイルの
 身を案じてのものではない。
 そして、ファルシオンがどれだけの決意をもってこの戦いに臨んだかは
 先程の表情が物語っていた。
 そこまで勘案した。
 その上でフェイルが下した判断は――――戦闘への介入だった。
 数的優位を崩す事で、ファルシオンの危険が増す。
 その一点のみで、他の全ての負を上回ると判断したからだ。
「あ……!」
 フランベルジュ達の安否を確認する為には、アルマ邸の方へ向かう必要がある。
 だがフェイルの身体はそれとは逆方向、ヴァールの方へ突進を始めた。
 その姿を視界に収めたファルシオンは、目を見開き驚きを露わにしていた。
 一方――――
「腰抜けが」
 ヴァールは露骨に顔を歪める。
 それが心情的な不満なのか、戦術面における誤算なのかは不明。
 どちらにせよ、感情の揺れである事に変わりはなく、つまりは狙い目。
 フェイルはそこを突き、敢えて接近戦を試みる為に距離を詰めていた。
 だが、駆けながらヴァールの表情を見ていたフェイルは、彼女が思ったほど
 動揺も驚きもしていない、少なくとも表面に出していない事が引っかかっていた。
 フェイルが弓使いなのは、ヴァールも承知している筈。
 何より矢を番えた弓を手にしている。
 そんな人間が接近を試みている状況を、不思議に思っている様子はない。
 それがフェイルには異質に見えた。
「他人をアテにするような魔術士に、魔術を行使する資格はない」
 そして、フェイルが迫り来る中で、ルーリングすらしようとしない。
 魔術士であれば、迎え撃つ体制はルーリングであって然るべき。
「……!」
 ――――そんな固定観念が危険だと判断し、ヴァールとの距離2mの地点でフェイルは
 強引に推進力を止めた。

 接近戦でも戦える弓使いがいるのなら、
 接近戦を得意とする魔術士がいても不思議ではない――――

「……っと!」
 その懸念が果たして的中したか否か。
 猛烈な速度で繰り出されたヴァールの回し蹴りが、フェイルの前髪を掠めた。
 凄まじい踏み込みの速度、そして蹴りのキレ。
 魔術士が放つ体技とは到底思えないその速度は、十分な威力を窺わせた。
「フェイルさん!」
 辛うじて無傷で済んだフェイルを、ファルシオンが悲鳴にも似た声で呼ぶ。
「ここは私が戦います! フェイルさんは……」
「一対一より、二対一」
 だが、フェイルは呼応しなかった。
 努めて冷静に、諭すようにそう唱える。
「敢えて言うけど、ファルに勝算があるとは言えないよ。あのオートルーリングを
 無効化する魔術への対抗策は? 例えば、オートルーリングを使わない、とか」
「……ありません。私はこの魔具しか持っていません」
 オートルーリングは、特定の魔具でしか使用出来ない。
 オートルーリングを無効化する魔術を使えるヴァールと戦うには、余りにも
 ハイリスクだというフェイルの指摘は、正鵠を射ていた。
「でも、これは私の戦いです。彼女はオートルーリングを、そしてその生みの親を
 侮辱しました。私には彼女と戦う理由があるんです」
「僕にもあるんだよ。それがね」
「え?」
 その答えは予想していなかったのか――――ファルシオンが戸惑いを見せる。
 その間、ヴァールは右半身を前にした半身の構えのまま、じっとフェイル達の
 やり取りを聞いている。
 鋭い視線の先にいるのは、ファルシオン。
 依然、その敵意の矛先は変わらない。
「ファルは援護をお願い」
「フェイルさん!」
 ヴァールを睨みながらそう叫んだフェイルは、ファルシオンの返事を待たず
 矢を番え、踵を浮かせ僅かに腰を落とす。
 矢を放つ基本姿勢からはかけ離れたそれは、接近戦を意識した体勢。
 ヴァールの敵意を自分に向けさせるという意図もあった。
 一方、ヴァールは――――
「邪魔するのなら、消す」
 フェイルの構えを凝視し、右手を顔の位置まで上げる。
 その発言も、構えの変化もまた、少なからず警戒心を持った証拠。
 フェイルの目論見は成功した。
 だがそれが、この戦いを勝利という収束へ近付けさせたかというと、そうではない。
 寧ろ遠のいたのかもしれない。
 ファルシオンの危険を取り除くという点では確実に成果はあったが、
 魔術だけでなく体術も身につけているこの女性と近距離で向き合うこの状況が、
 有利に働く可能性は決して高くはない。
 何より厄介なのは、ヴァールの使用する魔術が特殊である点。
 対策が立てられない。
 予測できない攻撃への対処は反射に頼らざるを得ず、それはある意味賭けに近い。
 それでもフェイルは、この状況を望み、そしてたぐり寄せた。
 本来なら、ファルシオンがオートルーリングの必要論を賭けて戦うべき相手。
 それを邪魔し、しゃしゃり出ているのだから、完全な自己責任だ。
 ならば後は、その名の下に戦うだけだ。
「……後で怒られるかな」
 そう心中で泣き言を言いながら、フェイルは大きく息を吐き――――左へ跳ねた。
 そのままの体勢で矢を放つ。
 "放つ"というよりは、"離す"という感覚。
 その矢は正確にヴァールの下腹部へ向かって飛んでいく。
 最も避け辛い上、魔術での防御も間に合わない。
 その矢をヴァールは――――右手で防いだ。
「なっ……」
 正確には、右手の魔具で。
 右腕を振り、矢の先端を指輪で弾く。
 それが如何に常識を越えた防御方法かは、魔術以外の攻防には疎い筈のファルシオンですら
 瞬時に理解でき、思わず声をあげた。
 体術も達人級――――或いはそれ以上。
 そのヴァールが攻撃に転じた時、果たして対処出来るかどうか。
「……どうして僕の周りには、怪物ばかりいるんだろう」
 これも心中での愚痴。
 だがそのネガティブな心理とは裏腹に、フェイルの集中力は一段階厚みを増していた。
 強敵との戦いに、身体が、精神が反応を示す。
 バルムンクとの戦い以来の高揚に身を委ね、フェイルは地面を蹴り、ヴァールへの接近を試みた。
 息つく暇も与えない。
「!」
 だが――――その目に飛び込んできたのは、ヴァールの身体ではなく、無数に綴られたルーンだった。







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