この世界において、魔術は元々『神の力』と言われていた。

「魔術は神が人に与えたもう未曾有の力なり」

 魔術の始祖たるアランテスが魔術を広めた際に、誰かが唱えた言葉。
 それは、アランテスを神と称える意味で使われた事もあれば、
 神がアランテスに与え、それをアランテスが広めたという意味でも使われた。
 どちらが真実なのか、或いはどれも真実とは異なるのか、少なくとも
 今の時代においてそれを知る術はない。
 アランテスを神とするアランテス教が世界最大の宗教となった事で、
 前者の勢力が勝利した、とまでは言えるだろうが。
 ただ、現在においてはこの考えは必ずしも主流ではない。
 魔術という一分野、一技術が多くの人間によって研究、解析され
 その全容が徐々に見えてきたからだ。
 神が与えしものに、人間が手を加えるのは冒涜という考えもあった。
 だがそれでも人は、魔術士は、魔術をより高みへ引き上げるべく努力した。
 その結果、魔術の仕組みはかなり細部にわたるまで明らかとなり、
 その応用もまた可能となった。
 近年、魔術には革命と呼ぶに相応しい転換期があった。
 オートルーリングの開発と普及だ。
 それによって、魔術はある種の完成を見たと言っても過言ではない。
 自動編綴は、単にルーリングの自動化、高速化だけの恩恵には留まらず、
 ルーンの意味やルーリングの方法論を知らずとも、自分の意図する魔術を
 放てるようになった。
 少なくとも、魔術を使用するという一点においては、かなり難易度が下がった。
 当然、魔術を使用する人口は増え、その為の魔具も飛ぶように売れた。
 だが弊害もあった。
 既存の魔術を簡単に出力出来る為、新たな魔術を開発する意義が弱まった。
 オートルーリングはその性質上、魔具にルーン配列を記憶させなければならない。
 よって、オートルーリングで新しい魔術を使えるようになるには、
 魔具にその情報を記憶させる必要があり、それは非常に手間も金もかかる。
 その結果、新たな魔術への需要が低下し、魔術の発展が阻害される――――
 そんな警鐘も声高に叫ばれるようになった。
 勿論、今まで似たような魔術が一切ない、文字通りの完全な新魔術ならば
 需要は発生するだろう。
 けれどその需要も、実戦で使用出来る段階、つまりオートルーリングに
 組み込める段階まで持って行く為の費用と時間が大きく増えた事で
 得難くなったのは否めない。
 オートルーリングは魔術学に衰退をもたらす。
 そんな立場の人間がいるのは、紛れもない事実だ。

「オートルーリングは許可しない」

 ――――無感情のその声がファルシオンの耳に届いたのは、これで六度目だった。
 そしてその瞬間、結界を張る為に自動編綴されていたルーンが霧散する。
 それは最初に妨害された時と同じ現象であり、二度目以降とは明らかに傾向が異なる。
「……どうやら、間違いないね」
 完全にルーンが消失し、虚空となったその場所を見ながら、フェイルはずっと
 下ろしていた弓をゆっくりと肩の高さまで上げた。
「はい。この"オートルーリング阻害"の魔術は、術者……ヴァール=トイズトイズと
 距離が近いほど、発動時間が短くなるようです」
「だから一度目は直ぐ発動した。彼女が君の直ぐ近くにいたから」
 そして、二度目以降は結界出力後に発動。
 その後、位置を変えながら数度同じ作業を繰り返し、発動までの時間を確認した結果、
 術者との距離に相関関係があると判断するに到った。
 尤も、ヴァールの姿は以前、視認出来ない。
 出来ないという事は、何処かに隠れている。
 隠れているという事は、隠れる場所がある。
 フェイル達はそう考え、柱のある方へ移動しながらオートルーリングを使用し続け、
 ようやく"当たり"を引いた。
「今の感じだと、多分この周辺にいる。広範囲魔術で……」
「その必要はない」
 フェイルが炙り出す為の算段を口にしようとしたその時――――
 ヴァールは西南側の方向に位置する柱の陰から、特に動揺した様子もなく姿を見せた。
 当然、フェイルはすぐにその身体へ矢の先端を向ける。
 間髪入れずに放つ事も考慮したが、柱に身を隠されれば矢が無駄になるだけ。
 射るような鋭い視線を向けてくるヴァールとの睨み合いを選択した。
 それは単純に、一つ聞きたい事もあったからだ。
「……どうして、僕の前に姿を見せた?」
 それは決して好奇心や純粋な疑問ではない。
 時間を稼げば、フランベルジュ達が駆けつけてくる可能性が高く、数的な優位性を
 更に高める事が出来るからだ。
 一人の敵を相手に、二人で対峙している現状で更なる戦力を求めるのは、
 潔さの観点で言えば不適切だろう。
 だがこの戦いに、騎士道精神のような高潔さは不要。
 スティレットの懐刀たるヴァールを無力化、更には捕縛出来れば、確実にメリットが得られる。 
「その答えは私が知っています」
 だが――――フェイルのそんな目論見を知りながら、それでもファルシオンはそう唱えた。
「彼女の狙いはアルマさんだった筈です。でも、アルマさんを追う素振りを見せていません。
 最初から、戦力分散が目的だったのでしょう」
「……」
 となれば、他にアルマを仕留める為の追っ手がいる。
 だからヴァールは単身でここに乗り込み、そして今も尚居続けている。
 ファルシオンの見解にフェイルも異論はなかった。
「フェイルさんに姿を見せたのは、自分を警戒させてここに留まらせる為。
 そこまでが、彼女に課せられた目的です。ですけど……」
 薄暗がりの中、それでもファルシオンはヴァールの姿を的確に捉え、
 魔具をはめたその指で彼女を指す。
「もう一つあります。彼女が自分の存在を私達に示した理由。それは……」
「誰に殺されたのかわからなければ、意味がない」
 それに呼応するかのように、ヴァールもまた、指輪をはめた右手を前に伸ばす。
「オートルーリングに依存する魔術士。自分が誰に粛正され、何を誤ったのか。
 その後悔に身を焦がして朽ちるといい」
「……そういう訳です。フェイルさん、貴方はフラン達の安否を確認して来て下さい。
 これは、ここからは私の戦いです」
「ファル!」
「この状況で私闘をするのは、身勝手なのかもしれませんが――――」
 オートルーリング肯定派。
 オートルーリング否定派。
 両者の間に、それぞれ異なる速度で綴られるルーンが舞う。
 フェイルは弓を構えたまま、険しさの中に一種の高揚を内包したファルシオンの横顔を
 確認し、その信念に触れた。
「私には避けられない戦いなんです」
 説得不能と判断するには十分な、理性を焦がした顔だった。








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