戦場における戸惑い、逡巡、焦燥は致命傷にもなり得るが、
 それを全て麻痺させてしまうのもまた危険。
 フェイルは宮廷弓兵時代、その事を何度も口酸っぱく説かれた。
 デュランダルだけにではなく、直接の上司である宮廷弓兵団隊長
 アバリス=ルンメニゲも同様の事を教訓として掲げていた。
 つまり、接近戦、遠距離戦に関係なく、戦闘時には常に心掛ける必要がある
 極めて重要な戦訓だと言える。
 心の惑いは自分自身からの警告であり、時として敵からの忠告ですらある。
 耳を傾けすぎてもよくないし、無視するのもよくない。
 常に隙と警戒の狭間で妥協点を探すのが、戦闘においての『面積』を制するコツだ。
 敵との物理的距離、精神的距離によって導き出される面積を。
 フェイルは今、まさにその戦訓を思い出していた。
「結界が……!」
 ファルシオンが叫び切る間も与えられず、周囲に張った三点結界が粉砕される。
 余りにも唐突に。
 当然そこに生まれるのは、焦燥や混乱。
 それは身体の硬直を生むが、同時に警戒心も生む。
 適切な警戒心は適切な慎重さを生む。
 これらは頭で考えてから適量を測っていては、到底間に合わない。
 状況によって自生する感情の揺れの大きさで生じた警鐘を、ほぼ反射的に自分の思考と
 統合させ、瞬間的に判断を下す。
 それによって、初めて一瞬一瞬の攻防に対応出来る。
「ファル! もう一度"同じ"結界を!」
 フェイルはそんな、直感と似て非なる思考を用い、ファルシオンへそう叫んだ。
 一方、ファルシオンの方は決して戦闘経験、戦闘訓練が豊かではない。
 だから、フェイルの指示を一切の躊躇なく行動へと移す。
 返事すらも省略し、再度オートルーリングによって綴られた三点結界が出現し――――
「……!」
 またも、直ぐに粉砕される。
 結界内とはいえ、結界が破壊された時の衝撃は全くない訳ではなく、
 特に術者たるファルシオンは歯を食いしばり、不快感に耐えていた。
「フェイルさん、次は……」
「何もしないで」
「……」
 そのフェイルの指示が、切羽詰まった沈黙を生む。
 ヴァールからの追撃は――――ない。
「どうやらオートルーリングの魔術を使うと、彼女の干渉が発生するらしい」
「……どういう事でしょうか。先程の攻撃は……」
「わからない。視認出来なかった」
 それは単に、唐突な攻撃だから認識が追いつかなかった訳ではない。
 魔術が遠距離から放たれたのなら、幾らそれが高速でも感知くらいは出来る。
 魔術には付きものの"魔力の霧散現象"も全く感じる事がなかった。
 三点結界は物理的衝撃に対する結界だが、魔術に対してもある程度の耐性を持つ。
 だがその耐性は弱い為、ある程度強力な魔術の直撃を受ければ壊される。
 ヴァールは魔術士。
 通常なら、対魔術の結界を選択すべきだ。
 それでも、フェイルが敢えてその結界をファルシオンに注文しなかったのは、
 ヴァール以外に魔術士ではない襲撃者がいるかもしれないと考慮した為だった。
 だがその気配は今のところ、ない。
 二度も三点結界を粉砕したのは、紛れもなくヴァールの仕業。
 だが、彼女の姿はフェイルの視界内にはいない。
「さっき、あの女の声が突然、聞こえました。姿は見えないのに……」
「うん。僕達の知らない特殊な手段で僕達に干渉してるとしか思えない」
「だとしたら、それは魔術だと思います」
 ファルシオンの憶測に、フェイルも小さく頷き同意を示した。
 ヴァールという女性の全容は、二人とも全く知らないし知る由もない。
 ただ、その片鱗ともいうべき一つの性質を知っている。
 オートルーリングへの異常な嫌悪。
 それが意味するのは――――オートルーリングを使用しない、従来の
 ルーリングによる魔術への強いこだわりだ。
 ならば彼女の攻撃手段は、魔術であって然るべきだ。
「でも……私の知る中には、遠方に突如攻撃や声を発生させるという魔術はありません」
 それは、先程の"ケープレル=トゥーレ"に関しても同様だ。
「それなら、結論は一つしかないよ」
 フェイルは矢筒から矢を抜き、それを矢に番う。
 ただし構えは取らず、弓と矢を組み合わせたまま腕を下ろし、脱力した状態を作った。
 遠近、どちらにも対応出来る、"構えを作る為"の構えだ。
「ヴァール=トイズトイズは、アカデミーでは教えない特殊な魔術の使い手」
 つまり、これから何をしてくるか、全く予想が付かない敵。
 故にいつ、どのタイミングで攻撃が来るか、本人が来襲してくるかがわからない。
 フランベルジュ達の安否は気になるものの、確認しに行く訳にもいかない。
 先程の衝撃程度で致命傷を負うような三人でもないという判断もあった。
「確かなのは、オートルーリングに反応して干渉してくる事……か」
 ポツリとそう呟いたフェイルは、先程ケープレルの突進によって
 一部が破壊されてしまったアルマ邸の、その屋根の上を梟の目で睨む。
 先程までそこにいたヴァールの姿はない。
 依然として、視界に収まる範囲に彼女の身体は見当たらないまま。
 なら、誘い出すしかない。
 オートルーリングの使用が、ヴァールの攻撃条件となっている可能性は高いが、
 果たしてそれが魔術の発動条件なのか、彼女自身の攻撃性への刺激なのかは不明。
 要するに、オートルーリングに反応する魔術というものが存在するか否か、という事だ。
 普通に考えれば、そんな魔術があるとはとても思えないが――――
「可能性はあります」
 フェイルより魔術に詳しいファルシオンが、そう断言した。
「魔術を変綴する際には、ルーンによって出力する魔術の種類や規模、形状などを
 指定しますけど、そこに発動条件を組み込む事は可能です」
「オートルーリング使用者へ出力する、って指定も?」
「私の知る範囲では不可能です。ですけど……」
 もしも可能な方法があるとすれば、筋は通る。
 オートルーリング使用者に対して発動する攻撃魔術。
 しかもそれは、術者の手から放たれるのではなく、オートルーリング使用者に
 直接効果を及ぼす魔術だ。
「もしそれが出来るのなら、一連の不可解な攻撃や声の説明が付きます」
 フェイルは目撃していないが、まだアルマ邸が無傷の際、ファルシオンは
 ヴァールの声を聞いていた。

『オートルーリングは禁止する』

 その声と同時に、ルーリングはキャンセルされてしまった。
 ただ、その時は魔術の出力すら出来なかったのに、三点結界に関しては
 出力した後で粉砕されてしまった。
 差異がある。
 それは一体、何の差異か。
「……フェイルさん、私に考えがあります。フォローをお願い出来ますか?」
「オートルーリングを使うんだね」
「はい。ただし、一度ではなく、数度」
 そのファルシオンの発言で、フェイルは彼女の意図をほぼ正確に理解した。
 それは、フェイル自身も可能なら"試してみたい"と思っていた事だったからだ。
「了解。フォローは任せて。使う魔術は任せるよ」
「はい。では……いきます」
 二人の共同作業の行方は如何に――――





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