『――――今回新たに契約締結をご希望なされたのは、
 ヴァール=トイズトイズ様、ハイト=トマーシュ様のお二方。
 他のお二方とは、既に契約を結んでおりますので――――』

 その女性は、"光る柱"の傍にスティレットと共にいた。
 そしてそこでマロウが言い放ったその言葉は、ヴァールがマロウ側の、
 そしてビューグラス側の人間である事の証明だった。
 勿論、スティレットの用心棒的存在である時点で彼女が敵なのは
 想像に難くないのだが、単独で襲って来るという行動は流石に想定していない。
 スティレットが近くにいるのか、彼女の指示か――――
「何にしても、これで黒幕はほぼ確定か」
 フェイルは声には出さずそう心中で呟き、目の前に現れた冷酷な
 魔術士に対し、戦闘態勢をとった。
 弓兵の戦闘態勢は本来、弓を構え矢を番える時点で成立するのだが、
 フェイルの場合は弓を手にした時点で臨戦態勢。
 無論、その事を知る人間はごく一部だ。
「動くなフェイル=ノート。貴様には確認しなければならない事がある」
 ヴァールはそれを知る筈がない。
 ないのだが――――弓を手にした瞬間、露骨に警戒心を露わにした。
 そしてその事に、フェイルもまた警戒を余儀なくされる。
 膠着状態は一瞬にして出来上がった。
「生憎、この状況でお話をしましょうなんて言われても困るね」
「早まるな。此度の襲撃は貴様等に向けてのものではない」
「その貴様"等"に誰が含まれているか、それが重要でしょ?」
「……」
 ヴァールの言葉が止まる。
 彼女はこのやり取りだけで、フェイルの提示した情報を正確に把握したようだ。
 そして同時にフェイルも理解する。

 ――――この襲撃が、アルマを狙ったもので間違いないと。

 ――――フェイル達がアルマの味方であると。

「理解した。なら次は質問だ」
「アルマさんが何処にいるのか、僕は知らない。知っていても話す気はないけど」
「……ならば仕方がない」

 その所作は、余りに自然だった。
 そして余りに優雅だった。

「この場にある全てに、問うしかない……か」

 ヴァールの右腕が、垂直に天へと伸ばされる。
 トリシュやフランベルジュとは違う類の、筋肉の薄い腕。
 その細さが描く直線は、フェイルの梟の目にはまるで彫刻に見えた。
 だがそれに目を奪われるほど、フェイルは芸術に対し特別な関心はない。
 頭の中にあるのは常に、芸術とは縁遠い即物的な世界だ。

「全員建物から離れて!」

 フェイルは弓兵時代、戦場を経験した事はない。
 侵略や領土の奪い合いのない平和な時代とあって、宮廷弓兵が血生臭い戦場へ
 足を運ぶ機会はなく、その実戦は全て訓練とその延長上のものだった。
 尤も、それでも死にかけた事は一度や二度ではない。
 主に厳しい師匠の遠慮ない指導が原因だ。
 ただ、それであっても訓練は訓練。
 危機に対する瞬間的な反応は、あくまで生命への執着に由来する本能に
 委ねざるを得ない。
 それでもフェイルがこの状況下でファルシオンにそう叫んだ理由は、
 紛れもなく本能とは違う"経験則"だった。
 子供の頃――――故郷のジェラール村北部にある森に身を寄せていた頃の。
 あの時、周囲には人間を『餌』と認識している動物が複数いた。
 その動物が放つのは殺気ではない。
 自分の命を食い繋ぐ為に必要な活力を得るべく放つ、使命感に酷似した"意思"。
 今、フェイルはそれと同じものを感じ取り、躊躇なく屋根から跳んだ。
 そして窓枠に着地しつつ、ファルシオンの腕を握る。
「え?」
 更に窓枠を足場にし、全力で前方へと跳ぶ。
 ファルシオンを引っ張りながら。
「ぅあ――――」
 腕を掴まれ引っ張られた痛みにファルシオンが顔をしかめたその時、
 アルマ邸へ向かってケープレル=トゥーレが猛烈な勢いで突進を始めていた。
 相対していたトリシュ、ハル、フランベルジュの三人を無視して。
「おおう、トチ狂いやがったですか!」
「ど、どうなってんだ!?」
「くっ……なんなのよもう!」
 三者三様、ケープレルの異様な行動に驚きつつ――――
 フェイルの叫び声と、その突進の意図に反射的な恐怖を抱いた事もあって、
 全員がアルマ邸に背を向け走り出す。
 その行動は正しかった。
 だが、時間が足りなかった。
 逃げる時間が――――
「吹き飛ぶがいい。跡形は残してな」
 ヴァールのその声を聞いた者はいない。
 その言葉が呪文という訳でもない。
 ただ――――彼女の指は、最後までルーンを綴っていた。
 そのルーンは既に魔術を成していた。

 ――――それは必然。

 アルマ邸の壁面にケープレルが身体ごと突っ込む。
 その直撃の瞬間――――

 ヴァールの足元にある建物が、轟音と共に吹き飛んだ。

「……!」
 既にこの事を予期していたフェイルは、地面に這いつくばり爆発による暴風と
 建物の破片の飛散に備えていた。
 ファルシオンの頭を左手で押さえ、半ば強引に同じ態勢にさせながら。
 が、それでも無傷とはいかない。
 背中や脚の裏側に何度も激痛が走る。
 ただ、今は耐える以外の選択肢がない。
 他に行動の余地があるとすれば――――それは思案。
 現状の正しい把握と状況の整理だ。
 何故、四散した筈のケープレルが再び現れたのか。
 そしてその場にヴァールがいたのか。
 今、その理由は確定した。
 ケープレル=トゥーレとは――――ヴァールの魔術だった、と。
 いわば攻撃魔術だ。
 だから、爆発するし何度でも現れる。
 そう考えれば辻褄は合う。
 そして現に今、ヴァールのルーリングによってケープレルは自爆した。
 それが意味するのは、ヴァールの魔術であるという事実だ。
 人間の形をしたモノを作り出す魔術など、少なくともフェイルは知らない。
 だがそれが、この確信に近い推察を否定する理由にはならない。
 この世にフェイルが知らない事など、掃いて捨てるほどあるのだから。
「……ファル」
 暴風が弱まり、どうにかやり過ごした頃合いに、フェイルはファルシオンを呼ぶ。
 地面に伏せる態勢の彼女が、今の爆発で命を落とすとは思えないが、
 気絶、或いは鼓膜が破れている可能性はある。
 もしそうなら、致命傷ではなくとも戦闘不能は免れないが――――
「私は無事です。少し身体が痛みますが」
 その不安を打ち消すように、少し遅れてファルシオンの返事が聞こえてきた。
「フェイルさんに引っ張られなければ、あの爆発に巻き込まれていましたね。
 ありがとうございます」
「お礼は後でいいよ。今はそれどころじゃないし……ね」
 安堵しながらも、フェイルは常に周囲の気配を探っていた。
 ヴァールの気配はない。
 だが彼女は目の前にいてもそれがわからないほど、気配を完璧に消去出来る。
 例え気配察知に自信があっても、まるで信用ならない。
 とはいえ、寝そべったままでいる訳にもいかない。
 ただ、立ち上がった瞬間に狙い撃たれる可能性もあるだけに、おいそれと
 立ち上がれない事情もあった。
 とはいえ――――
「ファル、結界をお願い」
「了解しました」
 魔術士のファルシオンが隣にいるのは幸いだった。
 暫くすると、周囲に三角錐の光が現れる。
【三点結界】だ。
「他のみんなは……」
 その結界内で立ち上がったフェイルは、警戒をそのままに剣士の三人を探した。
 建物からは離れていたが、フェイル達と違い伏せる事は出来なかったと
 推察出来る為、爆風で遠くへ飛ばされた可能性もある。
「あの、一体何が……?」
 その背後で、まだ事情を飲み込めない、飲み込める筈もないファルシオンが
 怖々と問いかけてくる。
 それに対し、フェイルがヴァールの存在を話そうとした、その時――――

「さっきも言った筈だ。オートルーリングは許可しない」

 まさにその人物の声が、二人の聴覚を揺さぶった。






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