褐色の巨躯を誇るケープレル=トゥーレは、敵意を隠す事なく接近してくる。
 言葉や表情など、その雄弁な気配に比べれば大した情報ではない。
 皆殺しにするつもりで近付いて来ている。
 決して危機察知能力に長けているとは言い難いフランベルジュでも、それを
 確信出来るくらい、露骨な敵意、そして殺気が迫っていた。
 この大男、果たして何者なのか――――
 今やその検証をしている場合ではないとわかってはいたものの、
 フランベルジュはその男の放つ異様な雰囲気に呑まれかかっていた。
 エル・バタラの本選に勝ち上がった、紛れもない強者。
 だが、彼女の隣には同じく本選まで上がったトリシュもいる。
 フェイルの友人で、剣聖の息子だというハルもいる。
 三対一という数的優位に加え、後ろではファルシオンやフェイルも控えている。
 それでも不安は拭えない。
 それはやはり、以前"光る柱"で見た、あの男の爆発が原因だった。
 常識的に考えて、人間は爆発などしないし、肉体が四散したならば
 もう二度と元には戻らない。
 死んだ人間は生き返らない――――それが常だ。
 だが中には"死なない人間"もいる事を、フランベルジュは知っている。
 ハイト=トマーシュという男がそうだ。
 もし、ケープレルがあの男と同種の存在だとしたら。
 更なる人間離れした性質を有しているならば――――
「自爆にばっか気ぃ取られてんじゃねーぞ。お前さんの腕じゃ普通に
 戦ってもあのデカブツ相手じゃ分が悪りーんだからな」
 フランベルジュの迷いを察知したハルが、口悪く、しかし親身にそう助言する。
 目の前に迫っているケープレルの顔は、それでもまだハッキリとは見えない。
 暗闇の中、果たしてどんな表情をしているのか。
 それさえ視認し辛い状況において、一つの事に囚われるのは愚かだと
 経験豊かなハルは知っていた。
「はいはい、どうせ私はこの中で一番弱いですよ。自覚あるんだから
 ほっといて頂戴」
「ならいい。おうトリシュ、お前さんと組んで戦うのは初めてだが……」
 苦笑いを浮かべつつ、ハルはもう一人の味方へ目は向けず声を掛ける。
「何を馴れ馴れしく話しかけてくるんですか貴方は。そもそも誰ですか。親戚ですか」
「同じギルドだろーが! そりゃ俺はあんま熱心に通ってなかったけどよ……」
「よくわかりませんが、貴方の指図は受けません。トリシュ、アロンソ隊長と
 ダンディーな代表取締役以外のギルドの人は基本、見下してます」
「酷っでーヤツだな……ま、お前さんにあーだこーだ言う気はねーよ。好きにやりな」
「言われるまでもありません」
 トリシュは心底楽しそうな笑みを浮かべ、左手に握る剣をケープレルに向けて突き出す。
「あの野郎、得物は何もねーが、それでもオスバルドをあっさり倒してやがった。
 油断だけはすんなよ」
「誰ですかそれ。いきなり知らない名前を出されてもトリシュ、ワケわかりません」
「だからソイツも同僚だ! お前さんのオツムはどうなってんだよ!」
「知ったこっちゃないのです」
 刹那――――トリシュの左腕がしなる。
 まるで大蛇のように。
「自爆出来るものならしてみるがいいのです!」
 そして間髪入れず、接近してきたケープレルへ向けて不規則な軌道の突きを放った。
 フランベルジュが初見では全く対応出来ず、何度やられても四苦八苦したトリシュの突き。
 それを――――ケープレルは避けも受けもしない。
 ただし反応は示した。
 前進、という形で。
「ななななんですか!」
 当然、そのような対応をされた事のないトリシュは、突きの途中で迫り来る巨体に
 完全に虚を突かれ、踏み込みが鈍る。
 鈍ったところで、そのまま突けば剣はケープレルの身体を貫くだけだが――――
 トリシュは瞬間的に地面を蹴り、前方に回転しながら迫り来るケープレルを飛び越えた。
 結果として、体当たりを回避するという動きになった。
「熱烈ですね。そこまでトリシュに抱きつきたいですか」
 それは、彼女には珍しい"わかりやすい軽口"。
 常人であれば、自分の動揺した心を鎮める為の発言と取れるが、彼女の場合は
 動揺がそのまま口に出たという方が正しそうだ――――と、一瞬の攻防を視力ではなく
 聴力と察知力で正確に把握したハルは感じ入っていた。
「やべーな。ありゃ冗談抜きで人間じゃねーかもしれねーぞ。突きに体当たりしに行くなんざ、
 普通に考えたら自殺行為だろ」
「でも、あの男が放っているのは私達への殺気……」
「そうだよ。自分への攻撃なんざ無視して、自分の攻撃だけしか頭にねーぞ、アレ」
 ハルとフランベルジュの会話は、アルマ邸内にいるファルシオン、その屋根の上にいる
 フェイルにも聞こえていた。
 あの体当たりも一種の自爆。
 もし仕掛けたのがトリシュではなくフランベルジュだったら、剣先を突き刺した瞬間に
 ケープレルの体当たりをモロに受けてしまったかもしれない。
 そんな想像で、ファルシオンは一瞬血の気が引いた。
「接近戦は得策ではありません! 私が倒します!」
 そして、迷わずそう叫び、右手の指を窓に向かって突き出す。
 ルーリングの構え。
 オートルーリング、自動編綴だ。
「下がってください!」
 敵意や殺気だけでなく、行動で完全に敵である事が判明した今、躊躇は不要。
 ファルシオンは様子見を止め、宙にルーンを連ねる。
 その魔術は――――

「オートルーリングは禁止する」

 そんな突然出現した冷徹な声と同時に、全く形を成す事なく霧散した。
「な……!」
 魔術がかき消された事実よりも、その声に驚きを覚えたファルシオンは反射的に
 周囲を見渡すも、建物内にはもう誰もいない。
 窓の外から首を出し、外を見ようとするも、薄暗がりの中に想定外の人影はない。
「フェイルさん! ケープレル=トゥーレ以外にも敵がいます!」
「……みたいだね」
 その一部始終を屋根の上から視ていたフェイルは、既にその敵の正体を把握していた。
 というより、突然把握した。
 つい先程まで、全く気付かなかった。
 同じ屋根の上に、先客がいた事を。
 ファルシオンの魔術を無効化する"何か"をした事で、その完全に無と化していた気配と
 姿が出現したようだ。
 達人の域――――或いは、それ以上。
 そして、その人物の顔にフェイルは見覚えがあった。
 名前にも。
「ヴァール=トイズトイズ……」
 闇をまとい、切れ長の目はより鋭さを増していた。








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