トリシュが誰よりも早く"敵"の来襲に気付いたのには理由がある。
 単に面倒な会議を避け、窓の外をボーッと見ていたから――――だけではない。
 自分と似た匂いを感じたからだ。
 それは第六感とも違う、彼女が身につけた後天性の性質。
 そしてそれは――――
「バルムンクさん! アルマさんをお願い!」
 そう反射的に叫んだフェイルも同じだった。
 会話をしている最中でなければ、フェイルもまたトリシュと同時に
 察知していたであろう、一種独特の気配。
 そしてその"共鳴する気配"は、単に自分の中にあるモノというだけではなく、
 以前感じた事のある気配だった。
 ただし――――
「なっ……あり得ない!」
 室内の照明の光が映し出す、窓の外に出現したその人影に
 フランベルジュがそう叫ぶように、あり得ない存在でもあった。
 何故ならその人物は、既に身体を四散させた、あのケープレル=トゥーレ
 だったからだ。
「あり得ない事はもう、殆どないものだと考えた方がよさそうですね」
 動揺するフランベルジュの隣で、ファルシオンもまた
 心を乱してはいた。
 だがそれ以上に勝った危機感が、彼女に冷静さを呼び込んでいた。
 狼狽えたままでいれば、死にかねない――――と。
「どうやら、お引っ越しの時間が早まったみてぇだな」
 ニヤリと口の端を吊り上げ、バルムンクがアルマを抱きかかえる。
 その機会を得た事への喜び、という訳ではない。
 本来、自分が絶対にしない行動への皮肉。
 すなわち――――
「管理人ちゃん、逃げるぜ」
「え?」
「おう! 管理人ちゃんのこたぁ頼まれてやる! 生き延びたら
 酒場まで来やがれ! 特別に一番良い酒オゴってやるぜ!」
「それは遠慮しておくよ」
 そんなフェイルの返答に満足し、バルムンクは躊躇せずアルマを抱えたまま
 玄関へと走った。
「あの"精密破壊者"が逃げの一手かよ」
「それだけ、アルマさんが大切って事なんだろうね」
「状況把握や危険察知の能力まで精密ってか。穴がねーな、ったく」
 自分の質問が邪魔された事に、ハルは苛立ちを覚えていた。
 当然その矛先は、邪魔をした原因――――ケープレルへと向けられる。
 破裂した筈のその身体は、以前と何ら変わらない巨躯で
 窓の外、10mほど向こうに佇んでいた。
「ここでわざわざ戦う理由もねーし……出るか。フェイル、あとそっちの
 魔術士。お前らはここで支援してくれや」
「了解」
 そう答えつつ、フェイルは弓を手に取る。
 現時点で、視認出来る人物はケープレル一人。
 これまで一度も敵対した相手ではないので、確実に敵だという保証はない。
 だが、真っ先に気配を察知したトリシュも、そしてフェイルも確信していた。
 その禍々しい存在感。
 そして、攻撃性を隠そうともせず接近してくる強烈な意思。
 あれは敵だと、その場にいる全員が一瞬で理解した。
 同時に、ただの敵ではない事も。
 トリシュやフェイルはそれを内在する自身の性質と照らし合わせる事で把握した。
 一方、ハルやバルムンクは、これまで何度もかいくぐってきた修羅場の経験と
 照らし合わせて察知した。
 まともな敵ではない。
 何をしてくるかわからない。
 どれほどの戦力を内包しているかわからない。
 だからこそ、あのバルムンクがアルマの安全を最優先する為とはいえ、
 直ぐさま"逃げ"を選択した。
 そして、何よりバルムンクが恐れたのが何かというと――――
「気を付けて下さい! 自爆の恐れがあります!」
 そう叫ぶファルシオンの言葉がそれを示していた。
 あの"光る柱"で見せた爆発が、その可能性を示唆している。
「な、なんでアンタ達そんなに冷静なのよ! アイツ、前に死んだでしょ!?」
「うん。死んだね」
 唯一狼狽えたままのフランベルジュに、フェイルは努めて冷たい声で話す。
「でも、死人と思っていた人が動くのを見るのは初めてじゃないんだ」
 その頭の中に浮かんでいるのは――――ハイト=トマーシュ。
 彼は生物兵器の影響で、"死ねない身体"となっていた。
 とはいえ、身体が破裂したケープレルとハイトを同列には語れない。
 語れないが――――死人と思っていた人物が再度現れるという現実は知っている。
 ならば驚くよりすべき事がある。
「極端な話、あそこにいるのは"光る柱"で爆発したケープレル=トゥーレじゃ
 ないのかもしれない。色んな可能性がある。生物兵器にはそういう未知の部分が
 沢山ある。常識で縛ってたら、後手後手に回るだけだよ」
「〜〜〜〜! あーもう!」
 歯軋りしながらも、フランベルジュは柄を握り、剣を抜きながら窓の外へ飛び出した。
「とーっ!」
「コラお前ら、暴走はすんなよ!」
 トリシュとハルもそれに続いた。
 現時点では五対一という、数的優位の状況。
 だが、未知の存在であるケープレルを相手にする以上、確実に有利とは言えない。
「フェイルさん」
 それを理解しているらしく、ファルシオンの顔には冷や汗が滲んでいた。
「あの三人の支援は私がします。フェイルさんは、他に誰かいないか、
 何か異変が起こらないか見張っていて下さい」
「……それだと、僕も建物から出る事になるけど」
「構いません。子供じゃないんですから、一人でも大丈夫です」
 真剣な顔でそう訴えるファルシオンに、フェイルは――――
「自分の身もちゃんと守るようにね」
 そう言い残し、窓に身を乗り出す。
「……」
 アルマ邸は一階建て。
 屋根までの高さは、フェイルの身長の倍程度だ。
「よっと」
 その為、窓枠を足場とし、屋根まで登るのはそう難しくなかった。
 角度はかなり急だが、その場に留まれない程ではない。
 これまで幾度となく視野に収めてきた、高い所から見下ろす風景。
 しかし今回はそれが酷く異質に思え、フェイルは思わず左の目を
 掴むように右手で押さえ付ける。
 
『お前の目、あとどれくらい"もつ"か、自分で感じ取っているか?』

 昨日、デュランダルがそう問いかけてきたのは、フェイルにとって
 意外でもあり、微かな幸福でもあった。
 あの人が自分を気にかけていたと、そうわかる言葉だったから。
 だが今は、自分の感情は棚上げするしかない。
 まだ目は"もって"いる。
 視えている。
 梟の目は、暗闇の中をまるで地上の昼間のように鮮やかに映し出している。
 今の自分に出来る事はある。
 だからそれに集中しなければ。
 そう自分へと言い聞かせ、何度も言い聞かせ、フェイルは自分の全神経を
 アルマ邸の周辺へ向けた。
 あのバルムンクですら、全く察知できなかった"監視の気配"。
 もしそれが、指定有害人種と――――生物兵器と何かしら関係があるのなら、
 暴けるのは自分しかいない。
 見える景色全てに疑いを持ち、フェイルは見張りを開始した。

 地上では――――ケープレルがハル達三人の剣士へと接近していた。







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