「父親だと?」
 つい最近、実の父と再会を果たしたばかりのハルが、
 その言葉へ特別な反応を示したのは必然だった。
 しかも、これまで一切明かしていなかった事実。
 監視されているかもしれないという状況下でそれを述懐したフェイルの
 目的は、バルムンクのいう"監視"の存在を探る為だった。
 もしこの場をビューグラスと関係のある人物が監視をしているのなら、
 何かしらの反応を示すかもしれない――――と。
 だが、アルマ邸の居間にいる他の六人以外の気配は依然としてなし。
 余り意味のない打ち明け話となってしまったが、口にした以上は
 事情を説明する必要がある。
 フェイルは内心嘆息しつつ、ハルへ向かって一つ頷いてみせた。
「向こうが僕を自分の子供だと認識してるかどうかはわからないけどね」
「マジかよ……何処の父親もいい加減なモンだな」
 肩を竦めるフェイルに、ハルは頭を掻き毟り大げさに息を吐く。
 一方、ファルシオンとフランベルジュは特に驚いた様子もなく
 フェイルの話を聞いていた。
 既にアニスがフェイルの妹である事、その事実をアニスが知らない事を
 聞かされていたので、全て想定の範囲内だ。
「って事は、あのアニスの嬢ちゃんもお前が兄貴だって知らないのかよ」
「うん。でも……最近はもしかしたら知ってるのかもしれないと
 思うようになってきた」
「……そうなの? そんな素振り見た事なかったけど」
 アニスとは薬草店ノートの店番などで何度か接しているフランベルジュが
 怪訝そうに首を振る。
 事実、アニスがフェイルを兄と呼んだ事も、それに準ずる発言を
 した事も全くない。
 ないが――――
「根拠は全くないよ。ただ、なんとなくそう思っただけ」
 フェイルらしくない、勘頼りのその発言は、却って妙な信憑性を帯びていた。
「僕の目的は、その妹のアニスを"普通の人間"にする事。彼女は今、
 そうでない状態にある」
「指定有害人種候補、ってヤツか」
 口を歪ませ舌打ち交じりにそう呟くバルムンクに、フェイルは大きく頷いた。
「僕もその一人らしい。恐らく、ビューグラスさんが何らかの方法で
 僕やアニスをそうしたんじゃないかと思う。あの人が花葬計画に
 深く関与しているのは確実だし、指定有害人種と花葬計画が何らかの繋がりを
 持っているのも確実だから」
「ま、妥当な推理だな」
 フェイルの推論は、バルムンクのお墨付きを得た。
 それはフェイルにとって、決して歓迎すべき事実ではなかったが――――
「だから、僕はビューグラスさんに対して複雑な感情を持ってる。
 完全に敵視するのは難しいかもしれない。でも、彼と結託して
 裏で今回の件を糸引きする程の"良好な関係性"でもない」
 その結論を口にする為には、必要な事でもあった。
「安心しな。テメェを疑うつもりはねぇよ。そんな野郎に一時とはいえ
 この俺が管理人ちゃんを任せるワケねぇだろ?」
 意外にも――――というべきか。
 バルムンクはあっさりとそう断言し、アルマの方に視線を向けた。
 尤も、当のアルマはそのアピールに全く気付かず、キョトンとしていたが。
「……ま、とにかくそういうこった。テメェの行動はそれなりに耳に入ってる。
 テメェが花葬計画の首謀者側とはツルんでねぇってのは把握済みだ」
「ギルドの情報網はおっかないね」
「まーよ。俺の親父がヴァレロンに来るって事もいち早く知らせて来やがったしな」
 傭兵ギルド【ウォレス】所属のハルが半笑いでそう漏らす。
 自分の配慮が予想外の展開を生んだ為、その笑いは若干引きつっていたが。
「で、続きだ。花葬計画ってヤツに関わってるのは、そのビューグラスと、あとは……
 諜報ギルド【ウエスト】もだな」
「諜報ギルド……ですか。確かにそうかもしれません」
 ファルシオンが俯きながら、余り歓迎出来ない事実というニュアンスでポツリと呟く。
「恥を承知で言いますが……私は王宮の間者として勇者一行に帯同していたので、
 これまで幾度となく情報伝達の為に諜報ギルドを利用していました」
 その述懐に、本来最も驚くべきフランベルジュは特に大げさな反応は見せず、
 寧ろ余り関係のないアルマが一番驚いていた。
 若干狼狽えつつ、フェイルの肩をツンツンと突き、耳打ちする。
「え、えっと、ファルシオンさん、悪い人だったのかな?」
「そういう訳じゃないんだけど、色々あってね。彼女も相当苦労して来たから」
「みんな、大変なんだね」
 胸を撫で下ろすアルマ。
 彼女の中で、ファルシオンが悪人という仮説はかなりのストレスだったらしい。
 それほど親しい様子はなかっただけにフェイルは意外に思ったものの、
 話の腰を折ってまで追随すべき事でもないと判断し、ファルシオンの話に耳を傾け直す。
「その経験上、彼らが花葬計画に関わっている可能性は高いように思います」
「だとしたら、厄介じゃねーか? あの連中、専門家だけあって俺らの情報網の
 比じゃねーぞ」
 苦虫を噛み潰したような顔でハルが唸る。
 無理もない話だ。
 諜報ギルドは通常、誰かの味方となるケースはまずない。
 情報機関である以上、公平性を保たなければそもそもの基盤となる最低限の
 信頼関係を顧客と築けないからだ。
 だが、相手が国家となれば話は別。
 国家自体が、基盤の中のそのまた基盤だからだ。
 花葬計画が国策に近い、国主導の計画だとしたら、諜報ギルドが顧問的立場で
 関与している可能性は十分にある。
「まぁな。実際、監視ってのも連中の仕業って可能性が相当あるだろうよ。
 その監視ってのが、管理人ちゃんの何を見張ってるかはわからねぇがな。
 護衛状況なのか、それとも……命を取るかどうかの判断材料か」
 全員の視線がアルマへと注がれる――――
「?」
 ものの、やはりアルマはまだピンと来ていない様子。
 管理人という立場上、特定の人物に命を狙われる体験をしてきていない故の事だった。
「ま、諜報ギルドにゃ大した戦闘員はいねぇから、どっちにしても
 監視役が暗殺役までこなす可能性は低いけどよ。とにかく管理人ちゃんは
 ここから離れなきゃならねぇ。以前みてぇな一時的なモンじゃなく、永久的にな。
 大丈夫か?」
「お引っ越しするって事かな?」
「ん、ま、そうだ」
「それなら、お引っ越し先を探さないといけないね」
 アルマは特に何の抵抗も見せず、素直に肯定の意を示した。
「えらく素直に納得するのね。この家に愛着とかないの?」
 苛立ちはなく、単純に意外そうに訊ねるフランベルジュに対し、アルマはふるふると
 首を横に振る。
「命には代えられないからね」
 その顔は――――割り切ったような表情とは程遠いものだった。
「……失言。ゴメンなさい」
「とんでもないよ。心配してくれてありがとう、フランベルジュさん」
 アルマの笑顔に、フランベルジュは完全降伏の構えを呈した。
「さすがは管理人ちゃん。人間としての器のデカさが他とは段違いだぜ」
「それにゃ反論はねーけどよ……バルムンクのオッサン、一つ聞きてー事があるんだが」
 感動し何度も頷くバルムンクに、ハルが鋭い目を向ける。
 同じ剣士、所属は違うものの傭兵ギルドの一員。
 一瞬、そんな二人の間に緊張が走る。
「アンタの姉……スティレット=キュピリエについて――――」
 だがその張り詰めた空気は、全く別のベクトルによって崩壊した。
「何か来たのです! 応対! おーたーい!」
 叫んだのは、好戦的な笑みでそう叫ぶトリシュだった。






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