「……」
 夢だったのか、追憶だったのか。
 アルマ邸の居間で昨夜から今朝の間に自分の頭の中を掠めた場面を
 想起しながら、フェイルは背中の壁にコツンと後頭部をぶつける。
 そして右の掌で両目の周囲をほぐすように圧迫した。
 目の疲れを癒やす為の、何気ない動作。
 それが酷く作為的に思えて、胸をかきむしりたい衝動に駆られる。
 焦燥感があった。
 懐旧の情があった。
 明らかに、心が乱されていた。
 昨日のデュランダルとの再会が誘因だった。
 だが誘因は原因ではない。
 もっと根深い問題が、フェイルの中で徐々に肥大化しつつあった。
「大丈夫か? フェイル。顔色悪りーぞ?」
 そう声を掛けてきたのはハル。
 用事は済ませたと、今朝戻って来た。
 ハルだけではない。
 バルムンクもアルマ邸に再集結している。
 一方、カバジェロやアドゥリスの姿はない。
 "光の柱"へフェイル達が向かった後、いつの間にか消えていた。
 彼らを束縛する事で得られるメリットはそれなりにあったが、
 アルマが狙われているとわかった今、寧ろ彼らが暗殺を企てていなかった事に
 安堵する思いの方が強かった。
 また、ガラディーンの姿もない。
 尤もこれは想定内の事。
 剣聖の称号を返上するとは言っているものの、彼は騎士。
 それも国を代表する騎士。
 いつまでも自由に動き回れる筈がなく、本来の自分の立場へ戻ったと予想される。
「病気でもしたか?」
「大丈夫。少し寝不足なだけだよ」
「……本当にそうなんですか?」
 そう問いかけるのはハルではなく――――ファルシオン。
 微細な変化ながら、普段よりも心配そうな表情でフェイルの顔を覗き込んでいる。
「昨日、突然ここを出て行ってから、明らかに精神が安定していないように見えます。
 何かあったのではないですか?」
「いや、ないよ。ただ、少し過敏になってるのかもしれない」
 適当に誤魔化し、フェイルは色々探られないよう視線を逸らした。
 デュランダルと遭遇した事は、誰にも言っていない。
 リオグランテを殺害した人物が現れたと知れば、ファルシオンもフランベルジュも
 平常心を失うのは火を見るより明らかだ。
 勿論、その事実を伏せている事は、後にあらぬ疑いをかけられる危険も孕んでいる。
 何かの拍子で昨日の事が発覚すれば、実は裏でデュランダルと組んでいたのでは――――と
 思われるかもしれない。
 それでも、フェイルは沈黙を選択した。
「本人が大丈夫と言っているのですから、あんまり心配するのはダメダメなのですよ?
 トリシュも常に色んな人から『大丈夫か?』とか言われますけど不愉快ですプンプン」
「貴女の場合は別の意味で言われてると思うんだけど……」
 すっかり並んで立っている頻度が高くなったトリシュとフランベルジュが
 そんな実のない介入をしてきた直後――――
「さて……そろそろ話をまとめるとすっか」
 室内に重く響くような声で、バルムンクが場を締める。
 ランプの炎が居間を照らす中、アルマも居間へと入り、腰かける六名の視線が一斉に
 バルムンクの方へと注がれた。
「見た所、各自情報主集や自分の立場の再確認を終えた頃合いみてぇだ。
 俺らは別に仲間ってワケじゃねぇが、少なくとも敵じゃねぇよな? なら、
 お互いの知る現状を報告し合って、この異常事態に備えるべきだと思わねぇか?」
 意外にも、バルムンクは共闘を提案した。
「つっても、そこにいる【ウォレス】の二人が賛成すればの話だがな」 
 ヴァレロンを二分する二大ギルドの両雄。
【ウォレス】に所属するハル、トリシュの二人を指し、バルムンクは牽制したが――――
「こっちは別に構わねーよ。つーか俺、ギルド同士の対立には興味ねーし」
「トリシュ、別にそちらのギルドに怨みないです。何人か絡んできた人
 ブッ殺しかけたら絡んで来なくなりましたから。ニヒ」
「ニヒ、じゃねぇよ。ま、それなら問題ねぇな。そっちの薬草軍団はどうなんだ?」
「誰が薬草軍団よ! コイツが私達の中心ってワケでもないし!」
「というか、僕だって薬草呼ばわりは不本意だよ……」
 色々と不平不満はありつつも、誰一人として意義は唱えず、情報を共有する運びとなった。
「じゃ、言い出しっぺの俺からな。つっても、最近の情報じゃねぇけど。管理人ちゃん」
 その発起人が、アルマの方に目を向ける。
 その顔は、普段の彼とはまるで違う、温かみのある真剣な表情だった。
「えっと、何かな?」
「言い難いがよ……管理人ちゃん、この家は諦めるしかなさそうだ」
 そして、その顔を微かに崩し、諭すように告げる。
「どうやら、監視されてやがるみてぇだな。気配はねぇが」
 その一言は――――フェイルを、そして他の面々を一瞬にして緊張状態へといざなった。
 もし本当に監視されているのなら、バルムンクほどの腕を持つ人間が
 そのまま放置する筈がない。
 だが過去形ではなく、現在進行形。
 それが何を意味するのかは、余りに容易な回答だ。
 すなわち――――"どうする事も出来ない"
「本当に監視されてるの……?」
 疑うというより、信じられないという思いでフェイルは問う。
 フェイルも気配を察知する能力に欠けては一流の部類。
 それでも、監視されているという認識は全く抱けずにいた。
「確かな筋の情報だ。一体どんな方法で、どんなヤツが監視してるのかは
 わからねぇがな。どれだけ気配を探ろうとしても見つからねぇ」
「もしかして、エル・バタラの最中にここへ来てたのって……監視役を見つけ出そうとしてたの?」
「結局見つからなかったけどな。ま、ガセかもしれねぇし、監視程度ならテメェみたいなのが
 近くにいれば大丈夫だろと思ってたんだが」
 事態が変わった。
 バルムンクはそう示唆しつつ、最新の情報を口にした。
「まだ確定情報じゃねぇが……管理人ちゃんの命が狙われかねねぇみてぇだ」
 その言葉に、当のアルマは――――
「……?」
 キョトンとしていた。
「ど、どうして彼女が狙われるのよ? 勇者計画とか花葬計画とか、その辺と関わりがあるの?」
「中々鋭でぇな、金髪女。ちっとは成長したみてぇだな」
「誰が金髪女よ。そんな事より……」
「管理人ちゃんは、花葬計画を台無しにする力があんのさ。連中にとって、それは邪魔だってこった」
 そのバルムンクの話は、昨日フェイルがデュランダルに聞いた内容と一致する。
 裏を取った形となったフェイルは、身を乗り出すようにしてバルムンクに近付いた。
「その話が本当なら、アルマさんは……」
「当然、この俺が守る。それが一番の安全策だろ?」
 バルムンクの案は実にシンプルであり、そして的確だった。
 この達人ですら把握出来ない、正体不明の監視。
 場所を監視しているのか、人を監視しているのかもわからない以上、
 場所に限定して匿うのは余りに危険。
 最も力のある人物が守るのが唯一の方法だ。
「花葬計画は国が絡んでやがる。これは【ウォレス】の方にも行ってる情報だと思うが……」
「おーよ。昨日、その話をしてきたばっかなんだ」
 話を振られたハルが、肩を竦めるようにして続きを請け負った。
「最近のワケわかんねー現状やイザコザの殆どは、その花葬計画ってのが原因らしいぜ。
 詳しい事までは判明してねーけど、どーもあの"光る柱"に後からやってきた連中が臭いらしい。
 香水店の女と……」
 ハルがそこで言葉を句切り、チラリとフェイルの方を見る。
 お前の口から言え、と促すように。
 ハルは、フェイルとビューグラスが知り合いだと知っている。
 この場で他人が指摘するより、自分から言った方が信頼を得られるだろうという、
 ハルの配慮だった。
「ビューグラス=シュロスベリー=シュロスベリー。薬草学の権威で……」
 そしてフェイルは、その配慮に乗る形で―――― 
「僕にとっては、血縁上の父親に当たる人物なんだ」
 そう述懐した。





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