憎しみは何も生み出さない――――その言葉がどれだけ陳腐かを、
 フェイルは身をもって実感していた。
 生み出すものは多い。
 決して生産的、建設的、健全とは言えないが、それでもそのような
 生成物が必要な事だってある。
 そう自分に言い聞かせるように頭の中で呟いたのち、フェイルは
 あらためてその梟の目をデュランダルへ向けた。
「敵同士ならば、本来は情報の開示などすべきではない……が、味方ではないからといって
 敵になるとも限らん。何より、お前にはアルマ=ローランを守って貰う必要がある」
 一方、デュランダルはそんな視線の動きを察したのか、
 一瞬だけ視線をフェイルへと向ける。
 もしそうなら達人などという次元ですらないとフェイルは呆れ返りつつ――――
 同時に自分に対し視線を合わせていなかった元師匠に気付いた。
 元々、目を合わせて話すようなタイプでもなかったが。
「先程言ったように、このメトロ・ノームは生物兵器用の収容所と化している。
 それは当然、指定有害人種も含んでいる」
 生物兵器の投与により、何らかの作用が生まれた人物――――指定有害人種。
 フェイルもまた、その可能性を持った一人だ。
 つまり、フェイルがこの場所へ案内されたのは、指定有害人種かもしれないと
 思われていたから。
 案内したのは――――
「マロウ=フローライト。香水店の代表という肩書きだが、実際には生物兵器の材料や
 各種データを多方面、他国へと売りさばいている死の商人として知られているそうだ」
「……あの人が」
 つい先日、あの"光る柱"にビューグラスと共に現れた女性。
 フェイルにアルマを紹介した人物でもある。
 明らかに、香水を売るだけの人物とは思えない挙動ではあったが、
 そこまでの危険人物とは思っておらず、フェイルは苦虫を噛み潰すような顔で呻いた。
 そんな人物と手を組んでいるという事は、ビューグラスは――――
「当然、国家としてそのような商人をのさばらせておく訳にはいかないと、
 傭兵ギルドを使い彼女を監視させていた。もし尻尾を出せば、その時点で捕らえるよう
 特例の許可を出してな」
「国がギルドを……ね。今更驚くまでもないけど」
「ギルドとの癒着は必要悪だ。警備兵を街に配置してはいるが、ギルドほど各分野に
 特化した人材を各区域に揃えるのは難しい。特に傭兵と諜報機関はな」
 市民の安全を守る為には、規則に縛られない柔軟な対策が必要。
 規則そのものの制定基準を踏まえれば本末転倒ではあるが、現場がその規則によって
 雁字搦めになる事はままある。
 その現実を受け入れなければ、本当の意味での安全確保は出来ない。
 薬草士として新市街地ヴァレロンで生活していたフェイルは、その"必要悪"に
 反論する気など毛頭なかった。
「その結果、尻尾こそ出さなかったが、あの女狐がとある計画を立てているという
 情報がギルド経由で俺の耳に入った。お前も名前は聞いているだろう」
「……花葬計画」
「そうだ。尤も、当初はそのような名前でもなければ、現在ほど複雑でもなかったがな。
 たかが一商人の人生設計に過ぎなかったのだが……賛同者がついてから流れが変わった」
 それが誰なのかは、最早確認の必要もない。
 ビューグラスは――――生物兵器と絡んでいた。
「その賛同者がまた別の賛同者を呼び、その結果、花葬計画は勇者計画をも飲み込んだ。
 本来なら、エル・バタラで終わる筈だったのだがな」
「それは……リオの命を絶つ事で終わっていた、って意味?」
「正確には、あの少年だけではなかったのだがな」
 そのデュランダルの物言いは、他にも標的がいた事を示している。
 勇者計画の骨子がファルシオンの言っていた『勇者という称号そのものの根絶』ならば、
 その標的は勇者一行となるのが自然。
 だがデュランダルはファルシオンやフランベルジュに興味を示していない。
 そのフリをして、油断を誘うような必要もない。
 勇者計画が、勇者を貶める為のものなのは間違いない。
 だが、まだ足りない。
 フェイルはそのピースが何なのかを考え、直ぐに一つの言葉に思い至った。 
「……指定有害人種の抹殺」
 ポツリと、フェイルはその言葉から連想された仮説を呟く。
「それが、勇者計画の目的の一つだった?」
 もしそうなら、リオグランテが勇者候補となった理由も、新市街地ヴァレロンが
 勇者計画実行の舞台となった理由も説明が付く。
 先天性、後天性を問わず、何らかの理由で極めて特殊な身体的特徴、すなわち特異体質を得た
 人間の内、その特異体質が他人への害悪となる可能性が70%を上回っていると判断された者の
 呼称――――指定有害人種の定義について、ハイトはそう説明していた。
 "何らかの理由"が生物兵器の投与である必要があるかどうかは不明だが、少なくとも
 その名称通り、他人に害を成す存在なのは間違いない。
 加えて、生物兵器の危険性を喧伝する存在でもある。
 もし、勇者候補となっていたリオグランテが、由緒ある武闘大会を不正によって
 決勝まで勝ち上がり、かつ指定有害人種であったとのちに発覚したとすれば――――
 そのリオグランテの"暴走"を止めたとして、デュランダル、そしてそのデュランダルの
 後ろ盾である王族、国家を市民はまず間違いなく支持するだろう。
 同時に、勇者という称号への不信感と嫌悪感を抱く。
 矛盾はない。
 となれば、デュランダルはリオグランテ以外に有害指定人種がいた場合、
 その人物も始末する必要がある。
 そうれなければ一貫性が保てない。
 なら、彼の標的とはつまり――――指定有害人種全般となる。
「そうだ。そしてお前もまた、俺の標的となる可能性があった」
 臆面もなく、デュランダルはそう断言する。
 フェイルとの関係が変わったからではない。
 例え弟子のままでも、容赦なく始末していただろう。
 それが騎士であり、デュランダルだ。
「だが、どうやら違っていたらしい。お前の特異体質……その二つの目が
 他人への害悪となる可能性は否定された。これは現状だけではなく、そう発展していく
 可能性の否定でもある」
「……否定された? いつ?」
「生物兵器は特定の毒や光に反応を示しやすい、と言えばわかるだろう」
「な……!」
 これまでどうにか平静を装ってきたフェイルだったが、流石に限界だった。
「あの『死の雨』や『光る柱』がそうだって言うの!?」
「全て指定有害人種かどうかを調べる為……とは限らないがな。目的の一つだったのは間違いない」
 それが真実だとしたら。
 他に目的があったとしても。
 あの死の雨は――――あれによって死んでしまった人々は――――
「連中は手段を選ばない。その事は頭に入れておけ。アルマ=ローランは
 このメトロ・ノームを"封印"出来る現状で唯一の人物だ。他の封術士ではそれが出来ない事も
 既に調査済みだ」
「クレウス=ガンソ……」
 その男がメトロ・ノームにいた理由がまさにそれだった。
 そしてそれは、彼がアルマの代わりになれない事も意味していた。
「仮に封印されれば、花葬計画もマロウ=フローライトの狙いも水泡に帰す。
 だからこそあの女はアルマと親しくしていたようだが……」
「籠絡と監視の為に?」
「そういう事だ。いざとなれば始末する事に躊躇はないと思っておけ」
 デュランダルの言葉には、立場やこれまでの信頼に関係なく信憑性があった。
 あの――――光る柱での一幕。
 今なら、あのケープレル=トゥーレの凄惨な最期はある程度理解出来る。
 彼もまた、指定有害人種候補の一人だったのだろう。
 あの人体破裂が光による刺激で彼の体内の生物兵器を刺激した事によるものなのか、
 単純に暴走の予兆が以前からあっただけなのか。

『……間に合わなかったか』

 ビューグラスのその呟きからは後者とも取れるが、真相は定かではない。
 ただ、あの惨劇は起こるべくして起こった。
 そして、指定有害人種ではないと見なされたとはいえ、フェイルにとって
 決して他人事ではない事も、紛れもない現実だった。
「……お前の目、あとどれくらい"もつ"か、自分で感じ取っているか?」
 その危機感を煽るかのように、デュランダルが問いかけてくる。
 彼がいわんとしている事を、フェイルは痛いほど自覚していた。
 不意に訪れる、疲労や不調とは質の違う視野のぼやけ、違和感。
 内心、ずっと不安はあった。
「多分、そう長くない」
 そう答えたフェイルだったが、確信はない。
 二羽の鳥が飛び立つだけかもしれない。
 宿り木ごと朽ちていくのかもしれない。
 いずれにせよ、フェイルに自分の両目の未来はわからない。
 わかっているのは――――なんにせよもう時間がない、という事だけだった。
「その覚悟があるならいい。お前の面倒を見るのも、これで最後だ」
「あ……」
「長々と話したな。俺らしくもない。お前もらしくなかったから、それが移った」
 アルマを守る必要性と心構えを説く為の間に、一体幾つもの情報を贈られたのか。
 余りにも"らしく"ないその弄舌ぶりに、フェイルは複雑な心境に駆られ――――
 デュランダルが踵を返した事も、背を向け歩き出した事も把握出来ずにいた。

 暗闇は以前、暗闇のまま。
 光射すその瞬間は未だ、遠く―――― 







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