「あ、アルマさん……何してるですか」
「入りにくい雰囲気だったからね。盗み聞きさせて貰ったんだよ」
 特に反省の色なく、開き直ったかのようにアルマは堂々とそう宣言し、
 ファルシオンが使っている部屋にすごすごと入っていく。
 その顔は、明らかに寝起きのそれだった。
「……」
 瞼が七割ほど落ちた状態で、アルマはファルシオンをじっと眺め、
 そのまま沈黙し続け――――
「喧嘩はよくないよ」
 やがて、ハッキリした声でそう問いかけた。
「アルマさん……?」
「仲良くすることはできないのかな?」
 その目は、まだ寝ぼけているようにも見えるし、深淵を見据える
 沁々とした瞳にも見える。
 そんな絶世の美女に凝視され、ファルシオンは明らかに戸惑っていた。
「あの、私は別に……フェイルさんと喧嘩をしている訳ではないのですが」
 根負けしたように、そう答えるのが精一杯。
 ただ、その答えを受けたアルマも戸惑っていた。
「……でも、盗み聞きしてたらツンツンした会話になってたよ」
「どうして盗み聞きした事を強調するんだろう……」
 アルマの中では、別段悪い事だという意識はないらしい。
 そんな彼女の色々な"誤解"に対し、フェイルは後頭部を掻きながら
 どう説明するか頭の中を整理していた。
 だがフェイルより先に、ファルシオンが釈明を始める。
「その、さっきのは言葉遊びというか、何と言うか……とにかく、
 私はフェイルさんと敵対する事を希望していません。仲間、ですから」
「仲良くするんだね?」
「え、ええ」
「それなら、よかったよ。仲良き事は美しき哉、だからね」
 満足そうに微笑み、アルマは先程までファルシオンが使っていたベッドに
 ちょこんと腰かけた。
 喧嘩をしないか見張っておこう、というような空気をまとっている。
 そんなアルマに対し、フェイルはバツの悪そうな顔で苦笑を浮かべた。
「僕とファルは大体、いつもこんな感じで胎の探り合いをするんだ。
 お互いそれをわかってるし、あえて意地悪な言い方をしたり
 相手が困るような言い方をする事もある。でもそれは別に仲違いしてる訳じゃ
 ないんだ。さっきファルが言ったみたいに、言葉遊びの延長なんだよ」
 まるで何か後ろめたい事を言い訳しているようで、フェイルは
 奇妙な居心地の悪さを感じていた。
 女性が二人、一語一句も聞き漏らさないという表情で自分をじっと見つめている。
 その時点で十分、変な気分になるものだが。
「少し、反省した方がいいのかもしれません。私も、フェイルさんも」
「……だね。素直なやり取りを心掛けよう」
 アルマの純粋無垢な目の光にあてられ、二人は猛省を禁じ得なかった。
 ただ、きまりが悪いフェイルとは違い、ファルシオンには然程困惑した
 様子はない。
 それどころか、笑いこそしないが柔らかい雰囲気でアルマの顔を見ていた。
「?」
 それに気付いたアルマが問いかける前に、ファルシオンはその理由を告げる。
「アルマさんを見ていると、リオを思い出します」
 それには、当事者のアルマよりフェイルの方が驚きを覚えた。
 そして同時に、少し納得する。
 似ているかどうかと言われれば、全く似ても似つかない。
 性別も年齢も、まとう雰囲気も大きく異なる。
 でも、一点――――
「さっきのフェイルさんとの会話でも明らかなように、私は基本、面倒臭い人間です。
 でもリオは、そんな私にいつも屈託のない笑顔で接してくれました。
 底抜けに明るい……そういう性格ではなかったのに」
 その点は共通している。
 それは、フェイルも既に承知している事実だった。
 リオグランテは決して明るいだけの性格ではなかった。
 寧ろ、その明るさは本来の性格を覆う外殻ですらあった。
 一方、アルマ本人は当然ながら無自覚らしく、要領を得ないという顔で
 キョトンとしていた。
「道化を演じていたという訳でもなかったと思います。あの子なりに、自分がどうすれば
 場が明るくなるか、楽しい旅になるかという事を考えていたんだと思います。
 忸怩たる思いや劣等感もあったと思いますが……根は優しい子でした」
 故人を語る――――その段階に来てしまったと、フェイルはファルシオンの
 言葉に寂しさを覚えながら、その話を聞いていた。
「リオグランテ君……良い子だったんだね」
 アルマ邸にて、ファルシオンはリオグランテの死を語っている。
 その際、アルマもその話を炊事場で聞いていた。
 彼女がリオグランテと接した機会は殆どない。 
 それでも、しみじみと故人を偲んだのは、ファルシオンの言葉から
 リオグランテの人となりが伝わってきたからだ。
 それは同時に、ファルシオンの人となりも如実に表していた。
「はい。良い子でした。だからこそ、そんな彼を奪った人物を私は赦す事はできません」
 それは偽らざる本心。
 ファルシオンはフェイルの目を真っ直ぐ見ながら、湾曲なくそう宣言した。
 それに対し、フェイルは――――
「僕は勇者計画について、師……デュランダルの側につく気はない」
 同じように、本心で返事をする。
 アルマ監修の慣れない会話は、お互いの口調を少したどたどしいものにしていたが、
 それはそれで悪くはなかった。
「でも、仇討ちは止めさせたいと思ってる。勝てないから」
「それは……」
「あの人は強すぎる。絶望的なくらいに」
 この国を代表する剣士。
 あの剣聖ガラディーンをも凌駕する技術、身体能力に加え、
 エル・バタラ決勝で見せた神速とも言うべき一撃。
 フェイルが王宮を去った頃よりも更に強くなっているのだとしたら、
 それは誰であっても敵う相手じゃないと、そう結論付けていた。
「デュランダルを庇う訳じゃない。ただ、本当に仇とすべき人物は他にいる。
 無謀な闘いに挑むよりは、それを白日の下に晒すのを奨めたい」
「……考えておきます」
 ファルシオンの顔は、返事を濁している者のそれではなかった。
 本当に熟考を要する事だと判断したのだろう。
 つまり、無謀な闘いに臨む可能性も十分にある事を意味している。
 フェイルの心労は尽きない。
「話はついたみたいだね。よかったよ」
 無事監視を終え、アルマは満足そうにウンウンと首を傾ける。
 実際、彼女の貢献はそれなりにあった。
「ところで……アルマさんにも聞きたい事と言いたい事があったんだ」
「此方に? 何かな?」
「これからどうするのか、その目的の確認。それと……これはよければだけど」
 そう前置きし、彼女の中へ踏み込む為の覚悟を決め――――
「アルマさんがメトロ・ノームの管理人をしている目的」
 そう問いかける。
 それはずっと気にかけていた事であり、聞けない事でもあった。
「私も気になりますね。こんな綺麗な人が、地下に潜ったまま
 管理人という職に就いている……深い理由がありそうな気がします」
 ファルシオンも身を乗り出す。
 それは好奇心の充足が目的ではない。
「そしてその理由は、花葬計画と無関係ではないように思います。
 閉鎖状態になっている事、光が失われた事……ここ最近のメトロ・ノームの
 変容は、管理人であるアルマさんと無関係ではないでしょうから」
「此方は、何も知らないよ」
「はい。そうだと思います。ただ、貴女という管理人がここにいる理由が
 花葬計画と関わっているかもしれません。貴女の意思とは無関係に」
 アルマは"封術士"という、殆ど代わりが利かないタイプの魔術士。
 彼女が管理人に選ばれたのは、それが理由だと考えるのが自然だ。
 でも、彼女自身が地下街の管理人を選択する理由にはならない。
 そこには目的があって然るべき。
 そしてそこから、メトロ・ノームに関する何らかの情報、
 メトロ・ノームなしには成立しない花葬計画の情報が
 得られるかもしれない。
「つまり、アルマさんという存在が花葬計画の一部に組み込まれているかも
 しれません。なら、アルマさんが管理人を止めては計画が成り立たないかもしれない。
 そうなると、アルマさんが管理人を続ける目的に何かの手がかりが潜んでいるかも」
 フェイルもまた、ファルシオンと同じ見解を持っていた。
「……よくわからないけど、此方がここにいる理由を言えばいいのかな?」
「うん。勿論、言いたくないとか言えない理由があるなら無理して
 言わなくてもいいけど」
「そうだね。言えない理由はあるかな。だから全部は言えないんだよ」
 それは、拒絶でもあり――――
「でも、ここにいる理由じゃなくて、生まれた理由なら言えるよ」
 より強い信頼の証だった。
 そんなアルマの言葉に、フェイルは決意をより重くする。
 自然とその右手が、自身の両目の瞼に触れていた。
「此方は……このメトロ・ノームを封印する為に生まれてきたんだよ」

 その美しい双眸を揺らしながらアルマが述懐した、その時――――
 アルマ邸に忍び寄る"気配なき気配"を、フェイルは目の奥の方に生じた刺激によって
 感じ取っていた。





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