『ここで見た事は全て、御内密に。その方が色々と楽です』

 ――――そんな言葉を背中越しに受け、正体不明の仮面の人物から
 案内された隠し部屋にあった膨大な数の資料は、全て事実を記した
 貴重な機密情報であり、表裏問わずエチェベリアの歴史そのものであり、
 そして夢や希望を食らう化物でもあった。
 少なくとも、フェイルにはそう思えた。
 事実を記した資料である事は間違いない。
 王宮の隠し部屋に、それこそ国立図書館も顔負けの量の書物を
 厳重かつ精密に保管してある光景を見て、それらが真偽を問わない
 未確認情報だと疑うのは滑稽だ。
 全てが事実であり、正しい情報だからこそ、このような場所に
 管理されるだけの価値がある。
 その状況証拠だけでも十分だと判断したフェイルが真っ先に調べたのは、
 自分の出自についてだった。
 ジェラール村という貧村で生まれ、伝染病によって両親を失ったフェイルは
 自分の起源について十分な知識を有していると言えるだろう。
 だが、納得はしていなかった。
 自分の両の目に宿る不思議な能力もそうだし、ビューグラス=シュロスベリー
 という学会の大物に引き取られた事も不可解だった。
 案の定、その疑問、そして懸念は正しかった。
 膨大な資料の中から自分の――――フェイル=ノートに関する記述を
 発見した際、フェイルは驚きや失望よりも大きな納得を得た。
 ビューグラスが自分の実父。
 アニスが自分の実妹。
 何よりも強く納得できたのは、それらの事実を知った後でも
 彼らを肉親だと認識する事ができなかった事。
 そこでフェイルは、ようやく自分自身の中にあった歪みの正体を
 知る事ができた。
 そして同時に、自分の父親は誰なのか――――自分の中にあるその答えに
 確信を持つ事ができた。
 ジェラール村で数年間自分の親という立場で共に暮らしたらしき二人には
 感謝しているが、彼らを親と認識するのもまた困難だった。
 それ故に、フェイルが親だと思っている人物は一人。
 自分を育ててくれた、弓矢を作る職人。
 彼だけが親と呼べる存在だった。
 だから、自分がビューグラスから実験体扱いされていたとしても、
 その彼にジェラール村出身の二人の親が協力していたとしても、
 特に苦痛はない。
 ない筈だった。
 にも拘らず――――フェイルは資料の上に、大粒の涙を零していた。
 それがどういった感情なのかは、今尚わからない。
 わかろうともしていない。
 わかったところで、得られる物は負債でしかないのだから。
 重要なのは、精神的負債ではなく、肉体的負債の方だ。
 自分の出自をフェイルが真っ先に調べたのは、単に自分の"本当の親"を
 確認したいだけではなかった。
 決して確証があった訳ではないが、子供の頃から常に抱いていた不安。
 鷹の目、梟の目が、果たして人生の最期までその能力を有しているのか。
 もしも、人間の本来持つ視力の範疇を明らかに逸脱したこの力が
 視力への負担を常人のそれより遥かに大きくしているならば――――


「……目が見えなくなるかもしれない、と?」
 相変わらず鋭いファルシオンの指摘に、フェイルは苦笑を禁じ得ない。
 単に優れた推察というだけでなく、言い難い筈の事をいとも容易く口にしたのは、
 彼女なりのフェイルへの敬意だと直ぐにわかった。
 決意をもって話しているフェイルに、遠慮は無用。
 だからこそ、フェイルもまた躊躇なく頷いた。
「僕は遺伝実験体だけど、僕自身の身体が特別であるとか、人間の能力を超えた存在だとか
 そういう事実は一切ない。それはとても大切な事で、僕にとっては心地良い
 現実なんだけど、同時に懸念材料でもあるんだ。僕の潜在能力は普通の人間のそれを
 越える事はない。にも拘らず、こんな目を持っているのなら……」
「身体への負担が大きい。そう考えるのが妥当ですね」
「うん。だから僕の目は、常人より遥かに早い速度で視力を失う可能性がある。
 老化なのか、燃料切れなのか、その辺はわからないけど」
 そう穏やかに語りながら、フェイルは自分の両目の瞼を右手で覆った。
 生暖かい感触が、顔の上半分を覆い尽くす。
「もしそうなれば、僕は失明……光を失う。そうなってしまえば、
 弓使いとしては致命的だし、薬草士としてもかなり活動が制限される。
 というか、今この時を乗り切るのが困難になる。足手まといにさえなりかねない」
 世の中には、盲目であっても他人に感動を与えたり家族を養ったり
 している人物は少なからずいるだろう。
 フェイル自身、薬草店ノートで店を切り盛りする中でアニスの
 治療が可能な薬草が流れてくるのを待つだけなら、十分可能だと思っている。
 だからこそ、自ら店を構え最悪の事態に備えていた。
 だが今は状況が違う。
 もしこの状態で光を失えば、生きて地上へ戻る事はできないかもしれない。
 ファルシオンやフランベルジュの足を引っ張る可能性も高い。
 だからといって、失明を怖がって途中退場する訳にもいかない。
 勇者計画、そして花葬計画に関し、フェイルは既に関わりを持っている。
 そしてこの両計画、既に死者を出している。
 計画の遂行の為には、殺人をも辞さないという姿勢なのは明白だ。
 フェイルにとってそれは脅威であり、同時に嘆くべき事実。
 この計画に深く関与し、そして止める事が困難を極めるからだ。
 フェイルはビューグラスに対し、親だという認識は持っていない。
 が、恩人だ。
 デュランダルに対しは、師事した事実は今更消せないし、消そうという思いもない。
 両者とも、自己形成において重要な意味を持つ人物。
 人生において関わり過ぎるくらい関わっている。
 その二人が、どう考えても人として間違った行為に及んでいる。
 自分には、それを止める責任がある。
 それは密かに心の底の部分で固めていた決意でもあった。
 だがその決意は、目的ではない。
 あくまでも"こうしたい"と思う意思の中の一つに過ぎない。
 主目的は、アニスの治療。
 それは揺るがない。
 実の妹という意識はない。
 それでも敢えて"妹"という表現を用いたのは、単に事実だから。
 肉親だから助けたいのではない。
 子供の頃に自分と遊んでくれた、一緒に笑って、一緒に走って、
 一緒に育った唯一の幼なじみだから、絶対に助けたい。
 その感情は紛れもなく、フェイルのこの数年の歩みを決めてきた大きな原動力だ。
 だが、今は――――それだけが目的ではなくなっていた。
「僕はリオの視点だと、一体どんな立ち位置だったんだろうね」
「……?」
 不意に問われたファルシオンは、その意図を掴めず困惑した空気を発した。
 以前と比べれば表情豊かになったとはいえ、まだ感情を表情に直結する事はないらしい。
「勇者としての旅の途中、フラッと立ち寄った店の店主。最初はそんな感じかな?
 その後は、一緒に闘ったりもしたし、それなりに近しい関係と思ってくれてたかもしれない。
 本当の意味で打ち解けたのは、つい最近だったけど」
「……」
「そんな僕ですら、リオの仇について強く意識してる。ファル、君が意識しない筈がない。
 僕よりもずっと近い立ち位置にいたんだから」
 もし、それがファルシオンの主目的なら――――仇たるデュランダルを師事していた
 フェイルの存在が彼女に与える意味合いは、今まで築き上げてきたものとは
 全く違うものになる。
 フェイルはそんな繊細な問題を、敢えて口にした。
「もっとハッキリと言うよ。僕を利用したり、復讐の道具にしようとしたりは考えてない?」
「それは……」
 ファルシオンは僅かに俯き、言い淀む。
 どういう意味での言い澱みか、フェイルは判断を保留した。
「ない、とは言い切れません」
 ――――二人の間に、緊張が走る。
「もし……私がリオの復讐の為にフェイルさんと一緒にいるのなら、どうします?」
 それは、一触即発の空気と呼べる類のものだった。
 暫しの沈黙が生まれ、切迫感が増す。
 沈黙を破ったのは――――
「……?」
 二人のどちらでもなく、客間の扉の向こうから聞えてきた小さな物音だった。
 敵意や殺意の類はないものの、警戒しつつフェイルは扉を開ける。
「あ……見つかっちゃったよ」
 そこには、聞き耳を立てているアルマの姿があった。






  前へ                                                             次へ