――――目的。

「……ですか?」
「うん。一応聞いておこうと思って。話しても大丈夫なら、だけど」
 翌日。
 酒場を出て女性陣と合流すべくアルマ邸へと足を運んだフェイルは、
 まだ寝起きのファルシオンに向かって真顔でそう訴えかけた。
 アルマ邸は決して部屋数が多い訳ではない為、客間に集まって就寝したらしく、
 フェイルが入室した際には寝具の設置されていないこの空間に幾つもの敷布が散乱していたが、
 現在はファルシオンの使用物以外はアルマが別室で綺麗に畳んでいる。
 トリシュやフランベルジュは朝稽古と称して外出しており、室内はファルシオン一人だった。
「ファルがどうしてここにいるのか。これから何をしようとしているのか。
 その目的を教えて欲しい」
「それは構いませんが……今更隠す理由もありませんし。というか、
 それこそ今更私が話すまでもなく、フェイルさんはわかっているものだとばかり」
「推察と、本人の口から聞く言葉とは意味合いが違うからさ」
 そこまで話し、フェイルは若干表情を緩める。
 別に話を聞き出す為の技術などではなく、自然に。
「……実は、全員に聞いて回ってるんだ。ちょっと思うところがあってさ」
「そうなんですか? なら時間的に、私は最後の方ですね」
「うん。起きてる順に聞いて来たから」
 現在、メトロ・ノームは再び大半の光が失われた状態になっており、外は暗闇に覆われている。
 地上と違い、明度で時間を知る事はできない。
 例えば酒場であれば、ランプが設置されているので灯りはあるし、
 カウンターの右端に置かれている砂時計でおおよその時刻は把握できるのだが、
 ここアルマ邸にはそれらの設備はない。
 だからファルシオンは自分が何時間眠っていたのかは本人もフェイルも把握していないが、
 昨晩の睡眠時間が普段の彼女より遥かに長かったのは明白だ。
 それだけ眠りが深かった理由は、怪我と疲労。
 昨日、ファルシオンはトライデントの攻撃をハルの機転と反射によって
 かろうじて回避することができた。
 だが、その代わりにハルから投げ飛ばされる形となってしまった。
 ハルも手加減できる状況ではなかった為、全身を地面に打ちつける事となり、
 気絶こそしなかったものの、身体の至る場所に痣ができてしまった。
 幸い、骨には異常がなかったものの、鎮痛効果のある薬草を用いなければ
 眠れないほど痛んでいた。
「あ、その前に……ハルが謝っておいてだってさ。怪我させたこと」
「それには及ばないです。助けて貰わなければ、死んでいたでしょうから。
 どんな不格好な助け方であっても、命を救われたのは事実です」
「……少し怒ってる?」
「いえ。ただ、謝っておいて、という表現は気になります。
 ハルさんはもう留まっていないんですね?」
 伝聞という形での謝罪に、ファルシオンがそう推測するのは妥当であり、
 事実ハルはもう酒場にはいない。
 フェイルはゆっくりと頷き、現状を伝えることにした。
「ハルも、他の面々もみんな、自分の目的の為に動き出したみたいだね。
 状況や場合によっては、またここに集まるかもしれないけど」
「そうなんですか……ある程度予想はしていましたが」
 言葉通り、ファルシオンに失望の色はない。
 ただ、巨大な敵と戦う為の戦力を欲していたのは事実だけに、
 その大半がいなくなった事は痛手だ。
「それでも、バルムンクさんは残ると思っていたんですが。彼も?」
「うん。個々の目的については聞かせて貰えたから、おいおい話すよ。
 その前に、ファルの目的を知っておきたいんだ」
「……わかりました。確かに、今の私達には目的の共有……というより
 確認ですか。それが必要のように思えます」
 そう告げたファルシオンの目は、最早寝起きのそれではなかった。
 あのエル・バタラが終わり、リオグランテが死亡した日から――――
 フェイルもファルシオンもフランベルジュも、明確な目的を見失っていた。
 状況への対応で手一杯だった。
 自分達を始末しようとしている追っ手から逃れる為の逃亡。
 リオグランテを殺害した敵、デュランダルへの復讐。
 その為の戦力増強。
 そういったものはあくまでも"対応"であり、目的ではない。
 目的とは、矢を射る際の的。
 矢を射る意思があって、初めて存在し得る。
 ここ数日の間、フェイル達は矢を射ることもできずにいた。
 だが今は違う。
 ある程度の猶予を得、状況の整理もできつつある。
 ファルシオンは上半身を持ち上げ、身にまとったままのローブに右手で触れ、
 そしてフェイルを見上げた。
「以前話したように、私は勇者計画が滞りなく遂行される為に王宮から
 派遣された舵取り役でした。その役に就いた目的は特にありません。
 断れなかった。それが理由ですから。私に選択権はありませんでした」
「……でも、今は違うんだよね?」
 選択する自由――――それが今のファルシオンにはあるかというと、
 必ずしもそうではないだろう。
 勇者計画の中心たるリオグランテは既にこの世にはおらず、
 計画は遂行された。
 それでも、ファルシオンがこのエチェベリアの王宮に使える魔術士である
 事実が消える事はない。
 それをわかっていながら、フェイルは敢えて断言口調で聞いた。
「はい。目的はあります。ここにいる目的は……」
 仲間の為。
 復讐の為。
 生き残る為。
 幾つか候補はあるが、フェイルは何も予想せず、ただ答えを聞く事に徹した。
 それはフェイルにとって、珍しい事だった。
 苦手でもあった。
 あるがままを受け入れるのは、ずっと苦手だった。
「貴方といること、です」
 ――――そして案の定、この日も苦手は苦手のままだった。
「……え?」
 予想する事ができるはずもない、余りにも突飛な答えに動揺を隠せず、
 フェイルは思わず身を引く。
「もし、私とフランだけだったら、多分私はここにはいません。
 私は私自身を許せなかっただろうし、きっとフランも私を許さなかったと思います。
 少なくとも、フランと一緒にいる事はできなかったと。だから私達には貴方が必要なんです」
「……あ、ああ。そういう事か」
 思いの外納得いく返答に、フェイルは思わず脱力した。
 ファルシオンが自分の役割を吐露した際、フランベルジュは激高していた。
 当然だ。
 ファルシオンの仕事は、勇者一行への裏切りに他ならないのだから。
 それでもフランベルジュがファルシオンを許したのは、赦せたのは、
 フランベルジュ自身の成長あってこそだ。
 とはいえ、幾ら人間的に成長していても、わだかまりが完全に消える訳ではない。
 まして、二人しかいないとなれば、その矛先は当然一人にだけ向く。
 最早"勇者一行"としての体を成していない現状では、行動を共にする理由は自然と薄まるだろう。
 一緒にいても、辛いだけなら。
 でもそこにフェイルがいる事で、気まずさは緩和され、感情の向きも分散する。
「貴方がいなかったら、私はフランと一緒にはいられなかったと思います。
 離れて戦力が分散する事が、お互いに危険だと承知していても」
「……かもしれないね」
 ファルシオンは、いつもそうであったように、冷静に状況を分析できている。
 その上で、目的もまた実に理路整然とした感情論だった。
 感情論が理路整然としているというのも、不可思議な話ではあるが。
「なので、私は貴方がいる所にいます。少なくとも、この生き残りを賭けた
 戦いが終わるまでは」
「……僕が逃げ出した場合は?」
「今やフェイルさんも当事者ですから、それはないです。
 それに、フェイルさんは逃げ出さないですから」
 やけに決めつけてくるファルシオンに、フェイルはこれまでとはまた違った
 距離感を覚え、思わず苦笑いを浮かべた。
 そう言われても困る、と思いつつも、何処か嬉しい自分を自覚しながら。
「当然、フェイルさんの戦闘技術もアテにしています。正直、私やフランは
 余り修羅場を潜っていませんから。そういう打算もある事を伝えておきます」
「はいはい」
「……照れ隠しで言っている訳ではないですよ?」
「はいはい」
 フェイルもまた、照れ隠しで投げやりに返事をする。
 そういうやり取りが、少しずつ消えてしまうであろう未来に備えて。
「なんにしても、ファルは僕と行動を共にするって事でいいんだよね?」
「はい、そういう事になります」
「なら次は僕の番。確か、今まで話してなかったと思うんだけど……」
 実は、これが"目的を問いかけた"目的でもあった。
「僕の目的を伝えておくよ。僕がここにいる……というより、僕が生きている目的。
 これから一緒に行動する人にだけは、伝えておかないといけないと思うから」
「フェイルさんの生きている目的……確かロギ=クーンを倒した際に、妹さんを治す為だと聞きましたが」
「うん、それが僕の目的。でも、その目的には続きがある」
 まるで落ちていた砂時計の砂が突然止まるように、ファルシオンは息を止め、
 フェイルの話に聞き入っていた。






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