「……それが、俺の知り得る"あの騒動"の全容です。全容ってほどの内容じゃないですけど」
 そう覇気のない声で締めくくったフェイルの声は、酒場【ヴァン】の
 カウンター席の上で迷子のようにまごまごと空気を揺らしていた。
 発言しているフェイル自身、まだ地に足がついていない。
 混乱と困惑の中で、それでもマスターのデュポールへ昨日起こった出来事を
 自分の認識できた範囲で話していた。

 現在、この酒場【ヴァン】のカウンター席に腰を下ろしているのは、
 フェイルとマスター以外に三名。
 ファルシオン、フランベルジュ、そして――――
「最後の破裂はビックリでしたねー。人がいきなりドカーンなんて考えられません。
 さすがのトリシュも仰天なのです」
 特に冷や汗が滲んだ様子もないのに頬を布汗拭きで拭うトリシュ。
 特に外傷も疲労もない三人が代表する形で、マスターへの説明の為に
 カウンターに腰かけている。
「破裂……人間がか?」
「ええ。ケープレル=トゥーレの身体が突然、四散しました。この目で
 確認したので間違いありません」
「梟の目……暗闇を見渡せる目だったか」
 フェイルから彼の目のことを聞かされたマスターの顔は
 訝しがるでも困惑するでもなく、ありのままを受け入れる自然な表情だった。
 そんな彼でも、ケープレルの最期に関する話には眉をひそめる。
 面識はないに等しい人間の死は、本来死がもたらす悲壮感や喪失感、
 恐怖といった感情よりも、ただひたすら疑問ばかりを撒き散らした。
 実際、余りにも不可解な出来事だ。
 フェイル達は現在に至るまで、幾つもの不可解な事項を抱えてきた。
 そしてその多くは、今もその背中にのし掛かっている最中だ。
 だが、その荷物すらも存在を忘れてしまいかねないほど、この件は異常性を帯びている。

 ケープレル=トゥーレの身体が破裂した直後――――最初に反応を見せたのは
 ビューグラスだった。
 
『……間に合わなかったか』

 彼は確かにそう呟いた。
 とはいえ、それが何を意味するのかはわからない。
 その発言の直後、スティレットが僅かに笑みを漏らしたが、その意味も不明だった。
 わかっているのは、彼らにとっても決して想定内ではなかった事。
 そして――――

『取り敢えず、計画の半分は達成したのだからよしとしましょう。本日はここまでですね』

 そうマロウが発言した直後、トライデントがその肥大した右腕を
 先刻まで光を放っていた柱にぶつけ、根元から砕いた事。
 このメトロ・ノームに無数に立っている柱は全てが天井たる最上部を支えている。
 一本の柱が砕けたからといって、天が崩れる事はない。
 だが、柱そのものは、土台となる地面との接点を失い、またトライデントの一撃が
 ただの物理攻撃ではなかった事もあってか、瞬く間に崩壊を始めた。
 柱が砕け、その破片がフェイル達を上空から襲い――――
 その全てが地面に打ちつけられた頃には、ビューグラスとマロウ、そして
 スティレットとヴァールも姿を消していた。
 突然の人体爆発、そして柱の崩壊。
 ガラディーンやバルムンクといった猛者であっても、これだけ立て続けに
 異質な出来事が生じれば、敵への意識が削がれるのも仕方のない事。
 まして、後者に関しては降りかかる火の粉が石の塊となって落ちてくるのだから
 まずは自分の身を守らなければならない。
 当然、トライデントはそれを狙って柱を崩壊させたのだろう。
 つまりは逃げの一手だ。
「……で、結局"花葬計画"ってのは具体的に何なのよ? 私達を襲ってきたあの連中は
 間引きとか言ってたけど……」
 左手に負ったカスリ傷を半眼で眺めつつ、フランベルジュがボヤく。
 勢力図を作り、状況を整理した直後に再び起こった騒動に
 彼女の頭には混乱というより苛立ちで鈍痛が生じていた。
「間引きか。シナウトの連中と関わりがあるのかもしれんな」
 シナウト――――メトロ・ノームにおける保守派で、この地下街に相応しくないと
 みなした人物を消去することを目的としている集団。
 花葬計画が間引きを主目的としているならば、マスターの言葉通り
 何かしらの関連性がある可能性は十分に高い。
 その全容を知るビューグラスらに説明を聞ければ手っ取り早く答えを知る事が
 できたのだろうが、契約を拒んだフェイル達は別の方法で探らなければならない。
 少なくとも、勇者計画と花葬計画の二つの計画について、もう見て見ぬフリは
 できない段階に突入している。
 勇者計画に深く関わっているデュランダル。
 花葬計画に深く関わっているビューグラス。
 この両名は、明確にフェイルの敵となったのだから。
「顔色が優れないな。大丈夫かね?」
「……ええ」
 かつての恩師と恩人。
 その二人が完全に敵に回った事が確定し、それでも平常心でいられるほど
 フェイルは図太くはない。
 厄介なのは、彼が自分を裏切ったのではない点だ。
 自分に責任があるか、相手に責任があるか――――そのいずれかであるならば、
 責任の所在がハッキリする分割り切りやすい。
 しかし現状では、"誰が悪いのか"がこの上なく不明瞭。
『よし、彼らを倒そう』という踏ん切りを付けられない。
 リオグランテを殺害したのはデュランダルだ。
 しかし彼にそれを指示した人物が確実にいる。
 ビューグラスが花葬計画の中心人物の一人なのは疑いようがない。
 しかし彼が立案したかどうかはわからないし、目的も未だ見えてこない。
 何一つスッキリしない状態が延々と続いている。
 フェイルには目的がある。
 目的の為に薬草店を営んでいる。
 しかしその目的とは遠い場所に今はいる。
 いつになったら、自分の生きたいように生きられるのか――――
「……目的」
 ポツリと漏らしたフェイルの言葉に、その場の全員が耳を傾けた。
「誰もが、自分の目的の為に動いてる。花葬計画も誰かの目的の為の手段だろうし、
 シナウトという連中も目的があって間引きをしている筈」
「トリシュは特に目的もなくボヘーッと生きてますけど?」
「君はそのボヘーッってのが目的なんじゃない?」
「た、確かに……!」
 トリシュは何故か稲妻に打たれたような顔で感銘を受けていた。
「ならばトリシュ、ここらで自分の本質を取り戻すべくボヘーッとした時間を過ごしに行くのです!」
「ちょ、ちょっと! どこ行くのよ!」
 特に酔った様子もなかったが、トリシュは突然思い立ったように席を立ち、
 そのままフラフラと酒場の外へ出て行ってしまった。
「あーもう、どうして……それじゃ私達も今日はここまでにするから。ファル、行きましょ」
「はい。ではフェイルさん、また明日」
 フランベルジュはそんな無軌道なトリシュを追いかけ、更にその背中をファルシオンが
 疲労感漂う足取りで追いかける。
 元々、彼女達女性陣は酒場ではなくアルマ邸で一晩お世話になる予定だった。
「ここにも十分な空き部屋があるのだがな」
「何か、彼女達なりに思うところがあるのかも。アルマさんと話がしたいとか」
 或いは、姦しい会話を聞かれたくない、等の配慮をファルシオンがした可能性もあるが、
 いずれにせよそれ以上の詮索は不毛だった。
「ふむ……必ずしも全ての行動に目的が伴うとは限らないが、そう思う事は重要かも知れないな。
 相手を思いやるにせよ、自分を慰めるにせよ」
「探ったり、信じたりする上でも」
「うむ。何より、自分が今後どうすべきかを自身に問いかける意味でも、な」
 マスターは落ち着いた口調でそう告げると、棚に並んだ酒瓶の一つを手に取り
 それをカウンターの上に置いた。
「例えば、俺がここにいる目的。それが何か、お前さんにわかるかい?」
 巨漢のマスターがニヒルに微笑む。
 フェイルは思わずその威圧感に眉をひそめるも、頭を切り換える意味もあって
 真剣に考えることにした。
 実際、考えてみればおかしな話ではある。
 この定住する住人の少ないメトロ・ノームで酒場を開いても、
 大した利益は望めないだろう。
 まして彼の体型は、地上と地下を行き来するには余りに巨大すぎる。
 食材の調達という面だけを見ても、明らかに地上の方が好ましい。
 何かここに縛られている理由があるのか、自らを縛っているのか――――
「俺はかつてシナウトに属していた。現在は無関係だがな」 
「え……?」
 彼の口から語られた真実は、意外なものだった。
「だからシナウトについてかなり深いところまで知っている。だがそれを
 お前たちに話すことはできない。何故かわかるか?」
「元仲間だから、でしょ?」
 そんな簡単な事を聞いてどうする、と言わんばかりに答えた
 フランベルジュに対し、マスターは首を横に振る。
「詳細を漏らせば、俺の命がないからだ。俺が誰かにシナウトの情報を漏らせば
 連中は直ぐにそれを嗅ぎつける。だから俺は何も話すことができない。
 かつての仲間だから……などという感情は一切ない」
 そう語るマスターの目は、何処か遠くを見ていた。
 想いを馳せるその場所は、光か闇か――――
「俺がここにいる目的は、シナウトに縛られているからに過ぎない。
 連中から逃げれば俺は殺されるだろう。このメトロ・ノームという場所に
 囚われる事で、初めて俺は生きていられる。連中の監視下にいる事でな」
「そこまでして……抜ける必要があったの?」
「必要を問われれば、なかったと言えるかも知れんな。だが、夢を追わせて貰った」
 夢――――その言葉に、フランベルジュの目が丸くなる。
 それくらい、この会話には似つかわしくなかった。
「子供の頃に初めて見た酒場の雰囲気が実に刺激的でね。その場所を仕切る人物に
 憧れた。シナウトという集団にいては、情報屋も兼ねるマスターにはなれないと
 知り、抜ける決意をした。中々に間の抜けた話ではあるが、これが真相だ」
 巨躯を微かに揺らし、マスターはカウンターに置いた酒の栓を開け、
 三つのグラスに注ぎ入れる。
「必ずしも全ての行動に目的が伴うとは限らないが、目的のある行動には
 必ず信念が伴う」
「信念……」
 フェイルは目の前の酒を軽く口に含ませ、その言葉をなぞった。
 各々の信念に対し、自分が何をすべきか。
 トライデント。
 ビューグラス。
 デュランダル。
 彼らに何をもって対峙すべきか。
「今一度、向き合ってみては如何かな? そうすれば何かが見えてくる。
 お前のその曇った目も晴れるかもしれん」
「……曇ってますか、僕の目は」
「俺にはそう映っているがね」
「……」
 フェイルは飲みかけのグラスを静かに置き、その水面に小さく映る
 自分の目をじっと眺め、そして――――
「確かに」
 そう呟いた。






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