花葬計画、概略――――

 使用する毒は、グランゼ・モルトを基調としつつも
 この絶対的な致死性を防止しなければならない。
 マンドレイクによる幻覚効果も付随させる必要がある。

 毒薬の作成には細心の注意が必要であると共に、
 優れた薬草士、毒に対する造詣が深い薬草士の採用が不可欠である。
 加えて、倫理観、道徳心に関して極めて高い抵抗性を持つ
 人物がより望ましい事を提唱しておく。
 花葬計画を行う上では重要な要素だからだ。

 本計画で使用する毒の特徴として肝要なのは、人間の更なる進化を
 もたらすという点にある。
 ただ、幾ら進化の可能性を持つ人間が耐性を帯びていたとしても、
 その耐性を上回る致死性を有していては意味が無い。
 その意味でも、薬草士の担う役割は大きい。

 計画は、研究、実証試験、実行の三段階によって区切るものとする。
 研究および実証試験における避難所はメトロ・ノームを使用する。
 特に、雨に対し毒を含有させる方式に関しては、
 建物内においても完全な安全性を保証できるものではなく、
 地下を利用するのが望ましい。

 研究は多岐に亘って、広い分野の専門家に力を借りるのが望ましい。
 例えば毒性に関しては薬草学の権威に監修して貰う必要がある。
 毒により死亡した検体については、医学分野の観点からの観察を
 必要とする。
 同時に、生物学的見解も要するだろう。
 この計画における波及効果は経済学の視点が必須だし、
 毒の有用性を検証するには兵学の知識がなければならない。
 また、研究過程において魔術学の必要性も提唱しておく。
 理由は二つあり、一つは魔術そのものが研究において必要となる点、
 もう一つは魔術の普及および発展が参考資料となり得る点だ。
 これらの分野において、いずれも優れた専門家を擁する事が
 計画を遂行する上での課題となってくる。

 実証試験に関しては、エチェベリアの広い地域で行う事を推奨する。
 同一の地域で気温、湿度、風速の分布を揃えるのは困難であり、
 まして人口密度や耐性に関しての試験を行うには不可能と言えるだろう。
 実行に移す地域が固定化されているとしても、時代が変われば
 人も街も移ろうものであり、実施場所に拘る特典はないに等しい。
 また、実証試験の段階で同一地域に多くの死傷者を出すのは
 好ましいとは言い難く、この点からも試験場所を振り分ける方が
 望ましいと思われる。
 
 毒の散布方法は、水への融解を基本とする。
 川、井戸水、雨といった生活と密着した水が好ましい。
 温度変化の急激な水への融解に関しては、特に綿密な検証が必要と思われる。
 また、雨に関しては気象学の専門家の意見も拝聴すべきである。
 空気中に蒸発した水分に毒を含有させるのは、極めて危険を伴う。
 あくまでも、液体の時点において有効な毒性を目指す必要があるだろう。

 研究開始から実行までの期間は、設定しない方が望ましい。
 この計画は何年後であっても有用性を維持する事は間違いなく、
 寧ろ時代が進むに連れて増して行くとも考えられる為、急く必要はない。
 重要なのはあくまでも成功に導く事であり、その確率を上昇させる事にある。
 ただし、成功率十割は事実上不可能である事も、同時に理解して
 おかなければならない。
 全ての計画がそうであるように、この花葬計画もまた
 必然性の元に生まれてはいるものの、必然性は連続性を伴うものではない。
 連続性を伴わない計画において、失敗は常につきまとう。
 我々は、いかに失敗をせず、頓挫をさせずに計画を磨き上げていくか、
 その点に尽力すべきである。

 


「この文面が記されたのは、今から四百年以上前の事だそうですよ。
 途方もないと思いませんか?」
 何処か幼さの残る声で、胸を踊らせているかのように
 そう言い放った生物学の権威――――リジル=クレストロイは、
 ヴァレロン・サントラル医院の一室で天井を見上げたまま
 微動だにしないアニスに対し、慈しみにも似た視線を向けていた。
「とは言ってもこの四百年間、常に花葬計画の研究が行われてきた
 訳ではないんです。寧ろ、凍結していた期間の方が長いくらいですね。
 その凍結を解除したのが、貴方の父親……ビューグラス=シュロスベリーです。
 彼が現代における、今まさに発動した花葬計画の首謀者という訳です。
 僕はその協力者の一人と考えて下さい」
「……その協力者が、何の用?」
 天井を見上げたまま、アニスは問う。
 音もなく忍び寄ってきた侵入者に、何も警戒をしないまま。
「出来ればなんですけど、この計画は遂行させたいんですよね。
 貴方の父親とは懇意にしてますから、願いを成就させてあげたい
 という気持ちもあります。当然、僕自身の目的も大いに関連してますけどね。
 例えば、指定有害人種の観察、とか」
 指定有害人種――――その言葉に反応し、アニスは上体を起こした。
「いい反応です。ご自分がその指定有害人種だと知っている、
 何よりの証ですね」
「……何故、貴方が観察する必要があるの?」
「そういう役目を背負っているからです。指定有害人種は生物兵器であり、
 僕は生物兵器の生みの親……の中の一人。失敗作は即、処分しなければなりません。
 これは他の誰にも任せられない、僕の役割だと思っています」
「私を処分しに来た……そう言いたいの?」
 アニスは強張った顔で、右手に力を込める。
「〈過適応の手〉……個人戦闘における貴方がたの攻撃方法として
 最も制御可能な技術ですね。既に一般兵への兵器利用も検討中だとか」
「そこまで知っているの……? 貴方、何者?」
「さっきの説明通りですよ。生物兵器の生みの親なんですから
 それくらいの情報は何処からでも入手できます。
 貴女がこの十六年間、どれだけ苦しんできたかも」
「……」
「そして、貴女の父親が何を望んでいるかも」
「!」
 アニスの顔色が変わるのを確認し、リジルは露骨に溜息を吐いた。
「どうやら、図星だったようですね。貴女は自分の父親が
 何を企んでいるか、自分なりの答えを持っている。だからこそ、ハイト=トマーシュ
 との情報交換に応じた。一歩間違えば国賊とも取られかねない行為ですが……
 その点、ハイト=トマーシュは良心的な人間ですね。自分を殺害しようとした
 事実を作れば、少なくとも彼の母国デ・ラ・ペーニャに与する存在と
 疑われ難くなる。その演技の直後にフェイルさんに見られたのは
 想定外だったようですが」
「フェイルを知っているの……?」
「会話をする機会は殆どありませんが、彼も観察対象ですからね。
 しかも、勇者計画とも接点を持った存在ですから、
 今回の騒動における中心人物の一人とも言えます。
 彼も、ビューグラスさんについて誤解しているようですが」
「……私の認識が間違ってるって言いたいの?」
「聡明ですね。流石は薬草学の権威の実子。その通りです。
 といっても、僕がその誤解を解いたところで、もう花葬計画は
 動き出しています。最早意味は無いでしょう。僕は僕で、
 ここに来た目的を果たすとしますよ」
 リジルの言葉に、アニスは戦慄を覚えた。
 殺される――――そう確信し、全身を震わせた。
 それほど、リジルの瞳を形成する闇は深かった。
 が――――
「この病院で眠ってる人に用事があるんですよ。立ち入り禁止の扉を
 くぐってまで来た理由はその人を起こす為なんです。
 だから、お見舞いはここまでにしておきます」
「……え?」
「早くよくなって下さい。貴女はある意味、僕の作品のようなもの。
 出来ればすくすくと育って欲しいんですよ。親としては……ね」
 そこまで告げ、リジルは足音を立て病室を後にした。
 一人残されたアニスは、まだ震えの止まらない身体を
 自分の左手で抱くようにして、心を落ち着かせようとする。
 しかし底冷えした身体は中々温まる気配がない。
「フェイル……死なないで……」
 思わずそう漏れ出た声は、予感なのか、勘なのか。

 それとも――――










chapter 8.


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