「どうするのよ。誘いに乗るの?」
 不安そうな顔をして聞いてくるフランベルジュに対し、
 まだ決めかねている事を表情で告げた。
 実際、余りにも唐突過ぎる。
 花葬計画の情報を欲している事は確かだ。
 フランベルジュとファルシオンに今迫っている危機を
 回避するには、誰が敵で誰が味方なのかを
 正確に把握しなければならない。
 それには、勇者計画と花葬計画――――この二つの計画の
 全容を知る必要がある。
 二つの計画は、少なからず関連性を持っている事が明らかだからだ。
 それに加え、フェイルにとっては花葬計画を無視できない理由が
 もう一つある。
「……」
 その理由の対象を、フェイルは目で追った。
 相変わらず、心労が顔に出ているような、そんな風貌。
 ビューグラスは未だに一言も発していない。
 彼が花葬計画に深く関わっているのは、マロウと共に
 ここに現れた時点で確定している。
 放置など、到底できない。
 それならば、契約とやらを交わすのが正しい道に思える。
 だが、その場合は花葬計画を手伝う必要が出てくる。
 この計画が、あの地上に降り注いだ〈死の雨〉と関連している
 可能性は極めて高い。
 先程マロウが言った『間引き』という言葉と重ねれば、
 自ずと計画の表層は見えてくる。
 そうなると、何故マロウは敢えて『間引き』という言葉を使ったのか、
 そこまで考えなければならない。
 今フェイルがそうであるように、二の足を踏む材料となるからだ。
 寧ろ、道徳観や倫理観を持った人間が計画へ協力する事を
 拒否するよう仕向けている可能性もある。
 それらの観点を持つ人間を敢えて炙り出した一言かもしれない。
 もしも、あの雨が――――武器屋『サドン★デス』の店主
 ウェズ=ブラウンの命を奪ったあの雨が花葬計画の一部ならば、
 協力する事は絶対にできない。
「あの雨は、恐らく計画の一部なのでしょう」
 そんなフェイルの頭の中を覗き見たかのように、
 ファルシオンはそう自分の見解を示した。
 フェイルは瞑目し、一つ頷く。
 結論は――――出た。
「あたしは協力させて頂くわん♪ 貴女がさっき言っていた
 "悪貨が良貨を駆逐する"って事態になったら、あたしの
 持ってるたっくさんの良貨が駆逐されちゃうから。そんなのイヤん♪」
 一足先に、スティレットが契約の締結を宣言。
 当然、その部下であるヴァールも同様。
 一方――――
「此方は遠慮しておくよ。メトロ・ノームの管理で忙しいからね。
 お手伝いできる時間が作れないんだよ」
 アルマは契約を拒否。
 そもそも、彼女にとって彼らはメトロ・ノームの光と闇を弄んだ、
 どちらかというと嫌悪の対象となる存在だ。
 その弄んだ理由を知りたがっているのは明らかだが、
 嫌いな相手を手伝う事と天秤にかけた結果、拒否を選んだようだ。
「管理人ちゃんが拒否なら、当然俺も拒否だ。そもそも胡散臭ぇしな」
 バルムンクもそれに倣う。
「……」
 ケープレル=トゥーレは一言も発しなかったが、
 その挙動は拒否の構えを示しているようにフェイルには見えた。
「私の場合、拒否権はないのでしょうね」
 ハイトは契約を結ぶ旨を宣言した。
 生物兵器の毒によって、死ねない身体になった哀れな司祭。
 彼が何故、アニスによって身体を痛めつけられたのかは
 まだ判明していない。
 ただ、彼が、そしてアニスもまた指定有害人種である事は
 ハイト自身の述懐や王宮の資料から確定した情報と言える。
 つまり、その共通項が作用した可能性が高い。
 となれば、ハイトの目的もある程度見えてくる。
 アニスと接し、あの奇妙な変貌を遂げたファオと接し――――
 指定有害人種と関わりを能動的に持っているのは間違いない。
 そして、花葬計画はその指定有害人種を試験しているという
 あの"死の雨"が関連しているのだから、ハイトの答えは必然と言えた。
「剣聖のオジさまはどうするのん?」
 腕組みしたままのガラディーンに対し、スティレットが
 急かすように問いかける。
 本来なら、このような契約を持ちかける事など到底
 許されない身分。
 何しろ彼は王宮騎士団の師団長であり、国の象徴的人物なのだから。
「ビューグラス殿に問いたい」
 しかしそのこの場における最高権力者は、そういった力を
 振りかざすような性質の人間ではなく、高圧的な要素を一切
 含まない穏やかな声で、薬草学の権威と向き合った。
「花葬計画が、エチェベリアに明るい未来をもたらすと……
 貴方は信じておられるのかね?」
 ガラディーンの問いは、花葬計画の全容について
 ほぼ手中に収めている事を前提とした問いかけのように
 フェイルには思えた。
 それに対し、ビューグラスの回答は――――
「……無論」
 多くの間を要し、その上で最少言語。
 逡巡なのか、それとも単に相応しい言葉を探していたのか、
 判断するのは難しい。
 それでもガラディーンは納得したらしく、目を瞑り、
 腕組みを解き、そして――――
「ならば、某の答えは一つしかあるまい」
 明言を避けた。
 つまり、この二人の間には既に一つの答えが存在しており、
 それを共有しているという事になる。
 剣聖と薬草学の権威が、どのような機会で繋がりを持ったのか
 フェイルには知る由もないが。
「ハッキリしねー答えだな。親父にしちゃ珍しいんじゃねーか?」
「答えならとうに出ている。某の願いは一つしかないのだからな」
 息子のハルにそう答えつつも、ガラディーンはその目をフェイルへと向けた。
 目が合ったのは、僅か数秒。
 その間に、ガラディーンは何かしらの伝言をフェイルへと送った。
 それは間違いないのだが、受取り手のフェイルはその伝言が
 どのような内容なのか、まだわからなかった。
 わかっている事は――――必ずしもガラディーンが味方になるとは
 限らないという事実のみ。
 これはそもそも、当然だ。
 既に剣聖の称号を返納すると明言したとはいえ、彼は依然として騎士。
 つまり、国家を背負う立場。
 もし花葬計画が、勇者計画と密接に関連しているのならば、
 花葬計画に反対の立場をとる事は許されない。
 それでも明言を避けた事が、寧ろ驚くべき事実と見なすべきだ。
「俺は遠慮しとくぜ。計画って聞くだけで頭痛がしちまう」
「トリシュも全く同じなのです!」
「……俺、お前と同じ思考パターンなのね」
 かなり傷ついたらしく、しゃがみ込んで項垂れたハルに
 トリシュがグルグルとその周囲を回って観察している最中、
 フェイルはファルシオン、フランベルジュの二人に顔を向け、
 それぞれに頷き合った。
「僕たち三人は協力できません。パルファンとは一度物別れしていますし」
「ふふ……ここでそれを持ち出されると、経営者としての手腕を
 問われてしまいますね」
 そう言いながらも、マロウは意に介した様子はなかった。
 残る一人、トライデントは何も答えない。
 彼を除く光の柱に集まった全員の意見が出揃っていたが、
 マロウはその沈黙には気に留めず、その他全員に笑顔を向けた。
「皆様のご意見は承りました。今回新たに契約締結をご希望なされたのは、
 ヴァール=トイズトイズ様、ハイト=トマーシュ様のお二方。
 他のお二方とは、既に契約を結んでおりますので、今回は省略させて頂きます」
 その二人に該当するのは、誰と誰か――――
「では、それ以外の方とは交渉不成立という事で……」
 マロウがそれを語る機会は、最後までなかった。
 そして、その理由は直後に明らかとなる。
 緩やかに移ろうのではなく、瞬時に――――刹那に変容する
 空間の有り様によって。
「崇高なる死をお贈りします」
 光が消える。
 闇が生まれる。
 この二つの現象は果たして同義なのか、否なのか。
 いずれにせよ、メトロ・ノームから再び光が失われたのは、
 マロウの口が裂けんばかりに口角を上げていった、その瞬間だった。
 
 それは、エチェベリア史に克明に刻まれる――――

 

 陰惨極まりない戦争の幕開けだった。














 

 and a civil war breaks out.





"αμαρτια"

#7

the end.










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