「あれは……」
 ビューグラスの隣で彼を気にかけながら歩いているその人物に、
 フェイルは驚きとは違う、違和感のようなものを抱いていた。
 意外ではある。
 だが、必ずしもあり得ない組み合わせではない。
 けれど、やはり意外ではある。
 マロウ=フローライト――――香水店【パルファン】の代表で、
 フェイルをこのメトロ・ノームへと案内した女性。
 彼女が何故、ビューグラスと共にいるのか。
 それに関しても、以前ビューグラスがパルファンにいた事が
 あった為、決して不思議ではない。
 ないが――――しっくりとは来ないものを感じざるを得なかった。
「恐らく、この永陽苔は彼らの仕業だろう」
 そう発言したのは、暫く沈黙を保っていたトライデント=レキュール。
 フェイルは彼を視界に入れながらも、敢えて話をせずにいた。
 何も話す事はない――――前にそう言われてる以上、
 情報交換をするのは難しいだろうと判断していた事もあるし、
 何よりまだ何処かで割り切れない感情が微かに残っている。
 とはいえ、今の発言は無視でき得るものではない。
「以前メトロ・ノームの夜が一時的になくなったのは……」
「そう。彼らの指示に従い自分が行った。それが自分の仕事だった」
 フェイルの質問を遮るように、トライデントがそう打ち明ける。
 以前沈黙を貫いたのは、契約上の問題だったという示唆だった。
 そして、今回の件については自分は何も知らないという情報開示でもある。
「……とにかく、話を聞くしかなさそうね」
 そうフランベルジュが呟いた途端、その隣にいたトリシュの
 耳がピクピクと動き――――
「ではではトリシュがズビッと脅して差し上げ……むぐぐっ」
「余計な事はするんじゃねーよ。ったく……」
 一応、同じギルドに所属しているハルが事前に不穏な動きを察知し
 トリシュを羽交い締めにする間に、ビューグラスとマロウは
 その顔が確認できるところまで近付いていた。
 向こうからは逆光になっている為、フェイル達の顔は確認できそうにないが――――
「あら、随分と有名な方々が揃っていますね」
 マロウは声の聞こえるギリギリの範囲で、そんな事を口走った。
 香水店の代表という職種柄、スティレットあたりには頭が上がらないという
 印象を受けるが、彼女にはまるでそのような挙動は見られない。
 寧ろ、何処か不敵、そして不穏な空気をまとっているようにさえ見える。
 それでも、フェイルは彼女ではなくその隣にいる中年の男性――――
 ビューグラスの方に目を向けていた。
 少しやつれているように見えるその顔は、果たして何を意味するのか。
 その鋭い眼光は、昔から何一つ語りかけてはくれない。
「さて……お二人さん。テメェらがメトロ・ノームでコソコソ動き回ってるのは
 俺らラファイエットも、恐らくウエストも掴んでる。この状況を作ったのは
 テメェらで間違いないかい?」
 率先して質問をぶつけたのは、バルムンクだった。
 一方、ガラディーンは口を開かず、様子を窺っている。
 スティレットは顔を綻ばせながら、楽しげに反応を待っている。
 この三人がいる以上、惚けた真似はできないのは明白だが――――
「はい、その通りです。みなさんにここへ集まって頂いたのも、私達の意思です」
 その答えは、フェイルの予想の範疇だった。
 スティレットに言い放った『誘蛾灯』という言葉通りの理由だ。
 最悪の場合、ここに何らかの罠が仕掛けられている事も想定済み。
 ただ、これだけの戦力、そしてこれだけバラバラの立場の人間が集結していれば、
 罠を罠として成立させるのは難しく、可能性としては低いという見解だった。
「貴方がたをここへ招いたのは他でもありません」 
 ビューグラスが一言も発しないまま、マロウは話を続ける。
 服装は、フェイルが今まで見た彼女とは違い、黒で統一している。
 まるで――――喪服であるかのように。
「花葬計画へのお誘いの為です」
 そう告げたマロウは、店を訪れた客に対して見せる笑顔と全く同じ笑顔を
 バルムンクに、そしてフェイル達に向けた。
「ここにおられる方々ならば、既に花葬計画の名は聞き及んでおられるでしょう。
 今回、その遂行の為にお手伝い頂きたいのです」
「……貴方は一体何を言ってるの?」
 業を煮やした、といった自身の感情をどうにか押し殺すように
 フランベルジュが落ち着いたかのような声で問いかける。
「その前に色々説明する事があるでしょう? この柱の光はなんなの?
 それに、花葬計画って名前は確かに聞いてるけど、それが一体どんな計画なのか――――」
「間引きでございます」
 それは、フランベルジュの矢継ぎ早な質問の間隙を縫った、唐突な返答だった。
 そして同時に、何度か耳にした表現でもある。
 それもここメトロ・ノームで。
「例えば香水は、強い香りから弱い香り……芳香の度合いを揃える事で
 その価値を高めます。強い香りの香水ばかりでは、香水店としての価値は
 かなり低いという事になるでしょう」
「……な、何を言ってるの?」
「国家も同じなのですよ、フランベルジュ=ルーメイアさん。剣士もそうでしょう?
 男ばかりが強いようでは、その世界の価値は今以上にはなれない。
 だから女性の剣士も強くならなければならない。違いますか?」
 マロウの言葉に、フランベルジュは思わず絶句した。
 自身の掲げている目標であり夢、それを何故彼女が知っているのか。
 しかし疑問を浮かべる余裕すら与えず、マロウは言葉を紡ぐ。
「この国は……エチェベリアは近年、国家としての方向性を見失いつつあります。
 理由は明白です。弱き者を強き者が助けるという、扶助の精神が浸透したからです。
 元凶はあの隣国との戦争、そして国家を動かす王宮の怠慢。
 勇者が誕生しなくなったのも、その弊害と言うべきでしょう。
 弱者が強者となる、その最たる例が勇者という存在ですが、現在の世の中は
 勇者を必要としません。強者が既に存在し、弱者を守るからです。
 しかしそれでは、進化はありません。国家としての底上げが成されません。
 最悪の場合は悪貨が良貨を駆逐する可能性もあります。
 その場合、何の力もない、何も生み出そうとしない庶民が国の宝と言われ
 彼らを守る為に才能ある優れた人間が身を挺する……そんな時代が来るのでしょう」
 マロウはまるで演説でもするかのように、声に抑揚を利かせ、語り続けた。
「ですが、そんな現状に対する危機感を抱く者も少なくありません。
 より優秀な明日を、より向上した未来を。その為に、このメトロ・ノームは
 活用されていました。表の世界、地上では許されない様々な研究、検証、
 そして実用。花葬計画もその中の一つなのです」
 マロウの述懐は、花葬計画が遥か以前からこのメトロ・ノームにおいて
 研究されていた事を意味していた。
 だが、その話に対して驚きの感情を見せる人物はフランベルジュくらいしかいない。
 他は全員、推察にしろ情報収集にしろ、何らかの方法で得ていた知識だった。
「……くああ」
 ――――もう一人の、欠伸がやけに似合う女性剣士を除いて。
「さて。あまり長々と話をしても仕方ありません。私達は、貴方がたに契約を望みます」
 結局、花葬計画とはなんなのか――――その説明をしないまま
 マロウは話題を転換した。
 恐らくは、敢えて。
 そこから先は、その契約を――――
「私達と契約すれば、花葬計画に関する全てをお話しします。その上で
 お手伝いを願えればと思っています。同意して頂けるなら、その旨をお知らせ下さいませ」
 そんなフェイルの推察を裏付けるかのような、マロウの説明。
 脅迫的でもなければ強引でもないが、情報の引き際としてはこの上ないところだった。
「一つ、質問いいかしらん♪」
 ずっと沈黙を守ってきたスティレットが、たおやかな所作で挙手する。
「その契約っていうのは、今すぐする必要があるのかしら?」
「そうですね。この場でお願いします。香水とは違いますので……」
 妙齢とは言い難いが美しい女性が二人、微笑み合う。
 まるで、睨み合うかのように。
「もしも、契約をしなかった場合はどうなるのでしょうね?」
 スティレット以上に沈黙を続けていたハイトが、静かに問う。 
「その場合は、お引き取り願います」
 そう答え、マロウは深々とお辞儀した。
「ご一考、よろしくお願い致します」
 客商売を生業としているだけあり、堂に入った一礼。
 再び上げた顔にも、淑女的な笑顔が固定されている。
 そんなマロウの説明と勧誘に対し、フェイルは――――






 

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