「そっちは早かったな。つーか、何かわかったのかよ?」
 人間関係が入り乱れる中、最も整理された関係といえるハルが
 ガラディーンへ事情の説明を求める。
 しかし、その回答者たる剣聖は首を横へと振った。
「柱そのものが光っている訳ではない。だが、一体何故これが
 この柱だけに付着していたのかは不明だ」
 その説明を聞き、フェイルはすぐに光源となっている柱へと
 近寄り、その柱の表面を指でなぞってみる。
 フェイルが予想した通り、その指には『苔』が付着していた。
「アルマさん、これって……」
「そうだね。前に話した、光るように改良された永陽苔だよ」
 いつの間にか、フェイルの肩に顎を乗せるようにして
 アルマは柱の苔を覗き込んでいた。
 自生する自然のある種類の苔に対し、生物学的、魔術的アプローチを
 行う事で生み出された光源。
 しかしフェイルの知る限りでは、このような苔は地上には存在していない。
 メトロ・ノーム特有のものだ。
 自ら光を放つ植物となれば、その学術的価値、技術的価値、
 そして日用品としての経済的価値は測り知れない。
 現在の文化水準では、夜間照明は光の及ぶ範囲が狭いランプを
 使用するしかないが、この永陽苔が利用できれば夜でも広範囲を
 明るく出来る。
 しかし、実際には地上への流通は一切していない。
「……」
 フェイルは思案顔で柱の傍にいたスティレット=キュピリエに目を向ける。
 永陽苔の経済的価値を誰よりも把握してそうなのは、間違いなく彼女。
 流通の皇女ならば当然、その発明品がとてつもない富を生む事を
 理解しているだろう。
 となれば、彼女がこの苔を一箇所に集めていた可能性は高い。
 そうなると、メトロ・ノームから光の多くが失われたのは
 この苔を採取した人物、すなわち彼女の仕業という事になるが――――
「酷っどいわ薬草屋ちゃん♪ あたしを疑ってるのかしら?」
 フェイルの視線に気付き、スティレットが艶やかに微笑む。
 相変わらず、その双眸からは感情が読み取れない。
 表面だけ笑顔を形成していても、それは決して感情の出力ではない。
 彼女ほどの大物になれば、交渉の席につく機会は極めて多い。
 場合によっては、国を揺るがす次元の金額を汗一つ滲ませず
 動かす事もあるだろう。
 経済界の大物というだけでなく、経済界の中心、最先端で
 常に闘い続ける女性――――それがスティレットだ。
 その精神力は、フェイルの人生観だけでは到底量りきれない。
「いえ。ただ、スティレットさんなら、何か知っているかもと思いまして」
 そんな相手に、フェイルは真っ向から勝負を挑む。
 当然、武力による戦闘ではない。
 どちらが、より有益な情報を引き出すか――――心理戦だ。
「あら♪ どうしてそう思ったのん?」
「貴女は大勢の、それも武力に長けた部下を持っていますよね。
 そんな貴女が直に、こんな誘蛾灯みたいな状況の柱に
 自ら足を運ぶって事は、そういう事かなと思いまして」
「中々鋭いわねん。でもあたし、危険な事には足を突っ込みたがる
 性格なのよね♪ 好奇心旺盛な方が若くいられるって言うし♪」
「でも、これだけ光が強いと、見せたくないものまで
 見せてしまいませんか?」
 そのフェイルの言葉に――――周囲の面々の視線が集まる。
 誰でも理解できるくらい、わかりやすい挑発。
 しかし挑発だけには留まらない。
 素直に取れば、スティレット本人が話した内容、すなわち
 若さに対しての揶揄――――すなわち老いの象徴たるシワやシミが
 露見してしまうという皮肉たっぷりの言葉。
 だが、スティレットがそう受け取るとすれば、自分が老いているのを
 認めているようなもの。
 逆にそう取らないとすれば、『見せたくないもの』への言及は
 免れないし、仮に惚けても言及を許す事にはなる。
 フェイルは情報戦、心理戦の経験が多い訳ではない。
 そもそも、人生の中でその戦いを挑むべき敵はいなかった。
 だが、最年少で宮廷弓兵団に加入した事で、フェイルの周囲には
 腹に一物ある、というより胸の中に刃物を隠しているような人間が増えた。
 ふとした言葉の中に潜む敵意。
 見下すような視線。
 嫌でも心理的な抵抗と反撃が身につく。
 その中で、師匠たるデュランダルはこんな事を言った。

『生活しているだけで鍛えられるのなら、悪い環境でもないだろう』

 ――――確かにと、フェイルは納得した。
 彼の言葉はいつでも納得できる。
 尊敬しているからだ。
 そして今も、やはり自然と納得してしまった。
 自分を一番鍛えてくれたのは、紛れもなくその男だった。
「さっきの言葉、訂正するわん♪ 相当、鋭いわねん」
 スティレットの様子に変化はない。
 怒りもしないし、必要以上に笑いもしない。
 ただ一つ、感心したように頷く。
 フェイルはその姿に、あらためて流通の皇女たる所以を見た気がした。
「スティレット様……」
「控えなさい、ヴァール。貴女が怒れば、あたしが恥をかくのよん。
 そして薬草屋ちゃんはそこまでちゃーんと計算してるの」
 久々に、楽しい話し相手が見つかった――――
 ヴァールには向けず、フェイルに固定したままのスティレットの目は
 声高にそう訴えていた。
「ま、あたしの立場上、相当なレベルの情報を持ってる事は
 ここにいる人なら想像もつくでしょうしねん♪ 流通の皇女も楽じゃないわん♪
 特に、そこの弟。下らないやり取りしてる暇があったらさっさと話せ……
 肉親にそんな目で見られるのは忍びないのよん?」
「生憎だが、こっちは姉とは思ってないんでね。テメェが素直に
 情報をプレゼントしてくれるともな」
「確かに、流通の皇女が情報を無料で提供するとは考え難いかもしれません」
 バルムンクの意見に、ファルシオンが同調する。
 かなり新鮮な出来事だった。
「ンもう、酷っどい人達ばっかりねん♪ ヴァール、主人が攻撃対象にされた場合、
 従者はどうするべきかしらん?」
「――――承知しております」
 純白のローブを身にまとった黒髪の女性が、その科白と同時に放ったのは
 殺気――――ではなく、魔力。
 結界魔術のルーンを空中に綴る為の。
「流線型結界……」
 スティレットだけではなく、その場にいる全員の周囲に完成した結界に、
 同じ魔術士のファルシオンが驚きの声をあげた。
「な、何? それってスゴいの?」
「対魔術ではなく、対物理の結界です。流線型を形成する事で、結界への衝撃自体を
 最小限にします。とても高水準の結界です」
 そうフランベルジュへ解説するファルシオンの目は、既に結界ではなく
 フェイルへと向けられていた。
「誰かが遠方から攻撃を?」
「いや……ただの警戒だよ。つい今し方、ここにいる連中以外の人の気配がしたのは
 確かだけど、敵意や殺気はない。そもそも、それがあったら……」
「そこにいる"剣聖"と"精密破壊者"が黙っちゃいねーよ」
 フェイルの説明を奪う形で、ハルが実力者二人の異名を連ねた。
 実際、フェイルにも殺気はないと断言できる理由がある。
 何故なら、この場に向かってこようとしている人物の気配に、フェイルは覚えがあったからだ。
 子供の頃から、よく知っている気配。
 そして――――出来れば今は、察知したくなかった気配でもあった。
「ヴァール。もういいわよん♪」
 スティレットの合図と同時に、ヴァールが結界を解く。
 フェイルは、その結界を綴った理由が警戒ではない事を察していた。
 単に、話題転換をしたかっただけ。
 結界を張れば、その瞬間に話をはぐらかせる。
 それだけの事だった。
 ただ、それだけの事により、フェイルが優位に進めていた心理戦は
 あっさりと無効化された。
 嘆息を禁じ得ず、フェイルは微かに左の瞼を振わせる。
 そのままその瞼を閉じ、鷹の目でこちらに向かってくる人物を捉えた。
 案の定――――嘆息は無駄にはならなかった。
「……ビューグラスさん」
 柱の光の届く距離を、彼は二人で歩いていた。
 その隣にいたのは――――






 

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