「貴方が、かの流通の皇女の弟であることは、フェイルさんから
 聞き及んでいます。先程、勢力図を作る最中に」
「どいつもこいつも、他人の家庭にご執着なこった」
「好奇心や興味本位ではありませんので、許して欲しいところです」
 ペコリ、と頭を下げたファルシオンに、フェイルは思わず目を丸くした。
 融通の利かない、あの愛想のない魔術士の姿が今や懐かしいほどだ、と。
「とにかく、貴方とスティレット=キュピリエが肉親である以上、
 そこに協力関係が発生すると見なすべきだと私は考えたんですが……」
「僕はそうは思わない。肉親だから味方、なんだかんだで血の繋がりは
 絶対的……そんな言われ方をするけど、それは道徳的観点の希望的観測であって
 事実じゃない。仲の悪い兄弟姉妹なんて腐るほどいる」
 そう唱えるフェイルの目が、誰を捉えているのか――――
 闇に紛れている為、他の二人にはわからない。
 そんな中、バルムンクは口の端を吊り上げ微かに身体を揺らした。
「俺も、その中の一人ってか?」
「それはわからないけど、少なくとも貴方とスティレット=キュピリエが
 良好じゃないのは、水路でのカバジェロとのやり取りからも明白だよね」
 その上、流通の皇女とまで言われる人物が、【ラファイエット】に対して
 目に見える援助をしていない。
 少なくとも、仲の良い姉弟とは言えないだろうと推察するには十分な材料が揃っている。
「ですから、スティレット=キュピリエとその部下に関しては、
 どの派閥に属するのか書いていません。現段階では判定不能……勇者計画に詳しいのは
 間違いなさそうですが、それが推進派だからなのか、逆なのかはわかりません」
「クレウス=ガンソと彼女の部下が敵対していた件を考えると、
 反対派にも思えるけど……そう単純でもなさそうだしね」
 フェイルの見立てでは、クレウス=ガンソは勇者計画推進派。
 宮廷魔術士で、かつ計画に関する知識を持っていたのだから、当然の判断だ。
「とにかく、わかってるのは勇者計画、花葬計画に関してかなり多くの人物、
 組織が関与してるって事。そして……」
「その計画に対する利害関係と立ち位置によって、複雑な勢力図が
 できあがってしまっている、という事ですね」
 それが――――フェイルとファルシオン、そしてアルマの三人が出した結論だった。
「百点。くれてやるぜ」
 結論を聞き、バルムンクはそう断言する。
 だが、フェイルの表情は一切緩まない。
 その理由は、背後にアルマの気配を感じたから。
 ファルシオンと同じく、彼女も起きてきたらしい。
 アルマの参加した話し合いをバルムンクに採点させれば、百点以外の選択肢はない。
 だからこそ、アルマの寝静まった今、採点を求めたのだが――――
「……ま、いっか」
 本来なら、アルマとバルムンクの関係についても言及しようと思っていたフェイルは
 心の中で嘆息しつつ、結んだ髪をシャリシャリと指で梳かした。
 何より知りたかったのは、ここにこうしている理由。
 これまでバルムンクは、アルマを直接守る事を敢えて避けているように
 フェイルには映っていた。
 アルマの身に危険が及ぶ可能性を示唆しながら、フェイルに託してもいた。
 しかし今になって、こうしてアルマ邸に自ら腰を下ろしている。
 ヴァレロンという街を守る為か。
 アルマという人間を守る為か。
 或いは――――
 その判断がし辛い状況に、再び悩みの種が増える。
 仮にこのバルムンク、そして【ラファイエット】が勇者計画の仕上げ、
 つまりファルシオンとフランベルジュの始末を目論んでるのなら、
 この状況は最悪に属するものだ。
 だが、その可能性は限りなく薄い。
 薄いということは、無でないという事。
 信念すらも抑えて優先する事があるのなら、信念すら絶対ではない。
 バルムンクが、果たして――――
「おい! 起きてるか!」
 突然、アルマ邸の入り口の方から騒がしい声が乱入してきた。
 ハルの声だ。
「外、見てみろ! 向こうだ!」
「いきなり入って来てうるせぇヤツだな……何なんだよ」
「ンだよ、まだいたのかよアンタ! ってか、今はそれどころじゃねー!
 フェイル、右目を貸せ!」
 明らかに慌てている様子のハルに半ば無理矢理連れられ、
 フェイルはアルマ邸の外へと出て行く。
 訝しそうにファルシオンも後を追った。
「ふわあ……何やら騒がしいね。どうしたのかな?」
 どうにもわざとらしい欠伸と共に、アルマも外へ出てくる。
 その面々の目に飛び込んできたのは――――遥か遠くに見える柱の一つ。
 無数に柱のそびえるここメトロ・ノームにあって、柱が見えるのは必然。
 だが、今は薄暗闇に包まれており、遠方の柱は全く見えない――――筈。
「……光ってる」
 しかし、その中の一本の柱が、遥か彼方で光沢を帯び、まるで
 天から一筋の光が射しているかのような神々しい情景を生み出していた。
 その光のせいか、それまで薄暗闇に包まれていたメトロ・ノームが
 若干明るみを帯び、微かではあるが地面や他の柱の輪郭を覗かせている。
 夜明け直後、といった明度だ。
「あれ、何なんだ? なあ、管理人さんよ。あんな事ここではよくあるのか?」
「少なくとも、此方は見た事がないかな」
 アルマはいつものように惚けた口調で答えていたが、
 動揺は隠せず肩が少し震えている。
 フェイルもまた、明らかに異様なその光景に目を奪われ、呆然としていた。
「なんなの、一体……って、何あれ!? 気持ち悪!」
「うおーーーーーーーーっ! 新世界の幕開けなのですか!?
 トリシュもしかして未知の生命体に誘拐されますか!?」
 寝起きらしく目を擦りながら現れたフランベルジュとトリシュが
 同時に取り乱すのも、無理のない話。
 その場にいる全員が、光る柱を食い入るように見つめていた。
「……で、どう思うよ。フェイル」
「行くしかないだろうね。何より……」
 ハルにそう答えつつ、フェイルはアルマの方に目を向けた。
「こっちにはここの管理人さんもいるんだ。あんな異常現象を
 無視する訳にはいかない、よね?」
「そうだね。管理人の名前にかけて、調べに行く必要があるよ」
 アルマが行くと、そう決めた以上――――
「よぅーし。管理人ちゃんを中心に陣形組むぜ。フェイル、テメェは後ろだ。
 ちゃんと得物は持ってるだろうな?」
「う、うん……」
 張り切り出したバルムンクに仕切りを任せ、フェイルが最後尾に。
 バルムンクが最前列、ハルが右翼、トリシュとフランベルジュが左翼を任され、
 その中にファルシオンとアルマが入る形で、光る柱を目指す事となった。
 が――――そんな仰々しい陣形が意味を成す事はなく、特に何の
 外部的接触がないまま、光る柱は徐々に近付いてくる。
 その間、トリシュを除く全員が無言だった。

 ――――そして。

「お、誰かいるであります、新隊長!」
「それは……俺の事か?」
 違うギルド、それもライバルのギルドに所属するトリシュに敬礼され
 バルムンクが顔を引きつらせる中、一行は光る柱を視界に全て
 収められない位置にまで近付いていた。
 そこで初めて、柱の光に溶け込んでいた人物の存在に気付く。
「遅かったな。ラインハルト」
 声をあげたのは、そのハルの父親であるガラディーン=ヴォルス。
 彼だけではない。
「あら、久し振りねぇ、愛しの弟」
 バルムンクの姉、スティレット=キュピリエ。
 その部下であるヴァール=トイズトイズ。
 その二人とは離れた位置に、ハイト=トマーシュ。
「……」
 エル・バタラの準々決勝まで進んだ猛者、ケープレル=トゥーレ。
 そして――――
「……やはり来たか」
 フェイルに向かってそう呟いた、槍兵トライデント=レキュール。
 全て、フェイルにとって見覚えのある人間がその場に集結していた。






 

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