「英雄は最後の最後、一番の見せ場に現れる。どの国の英雄譚でも
 王道の展開よねん。燃えるわ♪」
 スティレットが振りまく笑顔に、リジルだけが明るい表情を浮かべた。
 とはいえ、不快感を示す者はいない。
 残りの二人は思うところがあったらしく、思案顔でそれぞれ机を睨んでいる。
「どうしましたか?」
「いやな……確かに勇者は復活する、と俺も思うんだが……」
 カラドボルグは思案顔のまま、言葉を濁す。
 彼は勇者を検死していた。
 だからこそ、言い淀む部分がある――――そう言いたげに左の眉を掻く。
「……ま、その辺は俺もわからないけどな。それより花葬計画はどうなるんだ?
 実証実験は順調に進んでるけどよ、指定有害人種の生命代謝についちゃマチマチだぞ」
 実際にその具合を確認したカラドボルグに反応したのは――――
「あら♪ 心配し過ぎると若ハゲになるわよん、お医者さん」
「おいおい、不吉な事を言うなよな、皇女さんよ……別に額広くないだろ、俺」
「つい昨日、あたしの部下がビューグラスのオジサマと接触したのよ。
 検証は問題ナシ。地上と地下……その境界は見事に崩れたそうよ」
「あの"雨"が、この地下にも影響を与えていた……って事ですか?」
 興味深げに身を乗り出したリジルに、スティレットは笑顔を返す。
「成程。光が薄まった理由もそれですか。となるとやはり、指定有害人種の変質は……」
「おいリジル。その点は俺も興味津々だけどさ、今回はそこが
 主題じゃないだろ?」
「おっと、そうでした」
 パチン、と手を叩き、リジルは机に広がったレポートを集める。
 そして――――歪んだ笑みを浮かべ、集まった他の三人を
 ぐるりと見渡し、最後にスティレットを捉え、そこで止まった。
「スティレットさんの部下、と言えば……数人ほど捕まったみたいですね」
「ええ。その内の一人は死んじゃったの。可哀想……お花手向けないと」
 泣き真似をしながらも、スティレットの顔に悲壮感は微塵もない。
 ある筈もないのだろう。
 流通の皇女――――経済学の権威にとって、他人の死は
 流れの中の一つの現象に過ぎないのだから。
「貴女が持ってきたこのレポート、勢力2、つまり勇者計画に
 反対する勢力に関する記述がかなり少ないですよね。
 この中、そしてここにいない二人の中に、勢力2に属する人間は
 いないとばかり思っていたんですが……」
「特に皇女さん、アンタはノリノリで賛成してたよな」
「あら? あたし、そんな事言ってないでしょう?
 "思いっきりフォローしてあげる"……そう言っただけよ♪」
 これまで、リジル、カラドボルグ、ルンストロムの三人はそれぞれの
 性質らしい笑みを見せていた。
 そして――――スティレットの笑みもそれらと同じ。
 彼女らしい、心の底から滲み出るような、そんな――――
「これから始まる、ステキな戦争のフォローをね♪」
 地獄の業火をも凍らせるかの如き、冷徹な笑みだった。

 


「七十点、だな。悪くはねぇよ」
 火を灯したランプから一枚の紙を離し、バルムンクはそう言い放つ。
 それは女性陣が寝静まり、別室で寝息を立てる真夜中のこと。
 真夜中――――といっても、昇る陽もなければ時間を示す針もない、
 視界の多くが失われた空間。
 それでも、僅かな光は窓の外から漏れている。
 それが果たして希望の象徴なのか、絶望への階段を映す為だけのものなのか。
 フェイルは後者しか選択しようのない現状を嘆きつつ、答えをくれた
 バルムンクに対し、唸り声に近い吐息を漏らした。
「そんなに現実と食い違ってるかな?」
「いや。言った通り、悪くはねぇ。だがな、勢力図ってのはそうそう
 これと固定できるモンでもねぇんだよ。状況が変われば一転するし、
 状況が変わらなくても一転する。厄介なモンなんだよ」
「人の上に立つ地位にいると尚更、か」
 もたれ掛かった壁から背を剥がし、フェイルは左目でバルムンクを見やる。
 その表情は、暗闇の中にあっても変わらず、自信に満ち溢れていた。
「正直、貴方という人物をずっと掴みきれずにいた。最初に会った時には……
 確かスカウトされたんだっけ」
「野郎を覗く悪趣味なヤツがいたから、ちっとばかり遊んでやろうと
 思っただけなんだが、思いの外使えそうだったんでな。
 ギルドは人材不足なんだよ。いつだって、な」
「らしいね。貴方が自ら動かないと、立ち行かないくらい……だよね?」
 そんな不躾なフェイルの問いかけを、バルムンクは鼻で笑う。
 ただしこれはフェイルへの嘲笑ではない。
 或いは――――自虐に近いものだった。
「一応、新市街地の店を構えていたから、傭兵ギルドの現状は
 ある程度把握してるんだ。巨大な二つのギルドが、ほぼ同じ縄張りに同居している。
 一見すると危険な状態だけど、実は合理的。競争相手がいて、かつシェアを
 過剰に奪い合わない。奪う新勢力が出てくれば、お互いがその芽を摘むし
 傭兵の需要が減らないような環境作りもできる。協力し合わなくても、自然に。
 例えば……敢えて住民をある程度威圧し、平和とまでは言えない空気を持続する。
 そうすれば、結果的に街の治安は安定する。悪い芽が出て来にくいから」
 以前――――バルムンクが街中で老人を転倒させた事があった。
 その瞬間をフェイルは見ていなかったが、直後にリオグランテが
 それに激高している様子を鷹の目で捉えた。
 あの時は、見たままを現実と認識していたが、バルムンクの人となりを
 理解するに連れ、そこに齟齬が生まれた。
 
『ガキ。良い事を教えてやろう。自分が見たままの情報が、必ずしも
 自分が思っている情報と重なるとは限らねぇ。ココは、それを学ぶ良い場所だ』

 以前、バルムンクはリオグランテに向かって、そう忠告していた。
 ならば、視点を変えて考えれば良い。
 老人を転倒させる事に意味があると考えれば、答えは限定される。
 フェイルはその中で、最もバルムンクの性格的にあり得そうな答えを導き出した。
「ちゃんとフォローはしてるんだよね? 貴方のことだから。
 ようやく、そういう所が見えてきたからこそ、わかったんだけど」
「……どういう意味だ?」
「貴方は豪快に見えて、気配りの人なんだ。精密破壊者、だっけ。
 確かに的を射ている異名だと思うよ。貴方はきっと誰より【ラファイエット】の事を
 考えているんだろう」
「なんでお前なんぞがそう断言できるってんだ? 俺をわかった気でいるんだ?」
 ともすれば、殺気を放ちかねない――――そんな雰囲気。
 しかしフェイルには焦りも驚きもない。
 淡々と、自分の思うがままに言葉を解き放つ。
「さっき、ファルとアルマさんとで勢力図を作ったんだけど……」
「管理人ちゃんをあの魔術士の後にするたぁ何事だ。言い直せコラ」
「……アルマさんと、ファルとで勢力図を作った時に、
 ちょっとした思考実験をしてみたんだ」
 呆れつつも律儀に言い直したフェイルに対し、バルムンクの眉間が狭まる。
「思考実験だぁ?」
「うん。それぞれの人物に対し、その人物の視点になって考える。それぞれが
 どんな意図をもって僕たちと対峙し、行動してきたのかを
 該当する人物になりきってみて、考えたんだ」
「暇なヤツだな。で、俺になりきったってワケか」
「そう。すぐ近くに【ウォレス】って競争相手がいて、部下の質ではやや劣っている。
 そういう立場になってみて、初めて見えてきたことがある」
 フェイルの言動は、バルムンクの部下に対する侮辱、引いてはバルムンク本人への
 侮辱と取られかねないものだったが――――
「……エル・バタラの成績で負けてる以上、文句も言えねぇか。
 で、何が見えたって?」
 バルムンクは敢えて理由を探し、怒る事を控えた。
 フェイルのこの先の発言を待つために。
「貴方がどれだけ……ヴァレロンの街を愛しているか」





 

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