勇者計画――――勇者を祭り上げ、そして奈落の底に突き落とす事で
 勇者という国民の希望を完膚なきまで叩きのめすと共に、
 王族、王宮の求心力を高める為の計画。
 これまでフェイル達が集めて来た情報からそう推察されるし――――

『勇者という称号をこの時代で封印させる』

 ガラディーンもほぼ同じ説明を行っていた。
 だが――――
「正直なところ、僕はそれだけじゃないって思い始めてる」
「……え?」
 フェイルの発言に、ファルシオンもフランベルジュも驚いたように
 目を見開く。
 無理もない話。
 ここまでの過程に加え、ガラディーンという立場ある人間の
 説明による裏付けまであったのだから、そこに異を唱えるのは
 無謀とさえ言えるだろう。
「それって、剣聖を信用してないって事……?」
 ましてフェイルはガラディーンと親しい間柄。
 フランベルジュが訝しげに問いかけるのも当然だ。
 しかしフェイルは揺るがない。
「信用って言葉の解釈によるかな。真実を全部話す、その一点については
 僕は誰一人信用してないよ。だって、正しい事、必要な事の為に
 嘘を吐く人だって沢山いるからね。嘘は悪とは限らない」
「それは……そうだけど」
 ファルシオンの方は決して見なかったものの、誰を一例として
 頭に思い描いているのかは明らか。
 少し所在なさげに俯くファルシオンに、事情を知らないアルマが
 首を傾げる中――――
「人それぞれ、色々事情があらぁな」
 窓の外から、突然の声。
 姿は見えないが、誰の声かは明らかだった。
「バルムンクさん」
「……貴方、見張りなんじゃないの?」
「入り口の前に立ってるよりここにいる方が仕事になりそうなんでな」
 呆れ声のフランベルジュに対し、バルムンクの軽口が飛んでくる。
 実際、窓から直ぐに中へ入れる場所にいる方が緊急時には
 心強いかもしれないが――――
「で、さっきの話だ。確かに剣聖のオッサンは、全てを話した訳じゃねぇ。
 でもそりゃ当たり前の話だ」
「うん。僕に全部を話す必要はないし、その義理もないから」
「義理っつーか、まぁ警告みたいなモンだろな」
「警告……」
「テメェは後戻りする気はない、そうハッキリ言ってたからな。
 だったら何もかも面倒は見てやらねぇ。残りは自分で考えろ。
 そんなトコだろよ」
 バルムンクの解釈は、フェイルにとって、そしてガラディーンに
 とっても好意的なものだった。
 真実を全て明かさない。
 それが判明した場合、多くは疑心暗鬼の原因となり得る。
 一つ間違えば、疑いの眼差しを向けられかねない。
 感情を挟まない第三者の視点で見れば、余計にそう見える事も多い。
 だが、バルムンクは違った。
「意外とお節介なんだね」
「そうでもねぇさ」
 ――――それがアルマに対するアピールとしか思えないとしても。
 フェイルは感謝せずにはいられなかった。
「話の続き、いいですか」
 勇者計画の当事者であるファルシオンが、急かすようにそう促す。
「私は勇者計画の舵取りを担った一人です。その私が知る限りでは
 勇者計画はこれまで説明した通りであって、それ以上の目的は……」
「うん。目的はあくまでも勇者の失墜と王族の権威回復。その骨子は
 変わらないけど、まだ何かがあると思う」
「……どうしてそう言い切れるんですか?」
 尤もな疑問。
 ファルシオンが怒っているように見えたのか、アルマが
 驚いたように両手をプルプルさせ、慌てた様子を見せていた。
 剣呑な空気が漂う――――が。
「残党狩りが妙に緩い」
「あ……」
 フェイルの一言で、ファルシオンが冷静さを取り戻す。
「勇者という称号をこの時代で封印させる、とまで言うのなら、
 最終的に勇者一行の残党が再起する可能性を完全にゼロにする必要がある。
 つまり、ファルとフランを一刻も早く殺さなくちゃいけない」
「おい、管理人ちゃんの前であんまり刺激的な事言うんじゃねぇよ」
 不満の声が窓の外から飛んできた。
「……とはいえ、確かにそうだ。コイツ等が『勇者のよからぬ噂は全部
 誤解だデタラメだ』つって、他国にでも逃げ込まれりゃ厄介な事になる。
 だが実際には、あっさりこのメトロ・ノームに逃げられて
 今もこうして生きてるってのは、国主導の計画にしちゃヌル過ぎるぜ」
「私たちが上手く出し抜いてる……とは言えないか」
 自分の命が狙われている事を改めて自覚し、フランベルジュは
 気つけの為か思わず唇を噛んだ。
 一方、もう一人の標的たるファルシオンは顔色を変えず
 フェイルに強い視線を向ける。
「私達がリオの仇を討つ為に国に仇なす『反逆者』となり、
 それを王宮騎士が返り討ちにする事で、勇者の名は完全に
 失墜する。確か、最初はこう推察していましたよね」
「うん。でも……」
「はい。それなら実際にそうなるよう誘導するなり何なりして
 再起するにしても容易に状況を制御する必要があるでしょう。
 先程バルムンクさんが言ったように、私達が海外……特に
 デ・ラ・ペーニャ辺りに逃げて再起を図れば、国際問題に発展しかねません」
 勇者候補一行として国王から認められ、しかも親書の使者としての
 役割を与えられた以上、その勇者に嫌疑が掛けられている事は
『国の恥』となる。
 この件を外国、特に戦争で打ち負かしたデ・ラ・ペーニャが知れば
 その戦争の借りを返す為、ファルシオン達を利用しようとするだろう。
 ましてファルシオンは魔術士。
 デ・ラ・ペーニャとの所縁は少なからずある。
 にも拘らず、二人への介入が弱い。
 土賊やファオはどう考えても国の刺客ではないし、ガラディーンも
 敵意を示す気配は全くない。
 残るは、リオグランテを公の場で葬った――――
「……師匠」
 フェイルはその可能性について、つまりデュランダルが刺客となる
 可能性について真剣に検討してみた。
 しかし、それはやはりあり得ない。
 次期剣聖と今やハッキリ言える人材に対し、そんな汚れ役を
 やらせる必要は何処にもないのだから。
 武闘大会で倒した相手が命を落とす事と、残党狩りの暗殺とでは
 まるで意味合いが違う。
「デュランダル=カレイラがわざわざ私達を抹殺しに来る可能性も
 ないでしょう」
「うん」
 ファルシオンも見解の一致を示した。
 となれば、いよいよ追っ手がいない事になる。
 敢えて野放しにする理由は、果たして何か――――
「誰かが勇者計画を邪魔してるんだよ、きっと。勘だけどね」
 煮詰まった部屋に、アルマの冗談めいた声が響く。
 アルマなりに空気を変えようとしたのだろう。
 しかしその発言は、フェイルとファルシオンの目の色を変えた。
「……あるかもしれない」
「その可能性を視野に入れる意義はあります」
「え? え?」
 予想していなかった反応に、アルマは露骨に戸惑っていた。
「さっすが管理人ちゃん! それを思いつくたぁ、やっぱその辺の
 バカ女どもとは格が違うぜ、格が!」
「……誰がバカ女ですって?」
 窓の外から降ってきた罵声混じりの称賛にフランベルジュが悪態を吐くが、
 フェイル達はまるで相手にせず、検討を重ねる。
「そもそも、この計画にしろ花葬計画にしろ、一枚岩で万事上手く行ってる
 とは思えない。王子が自ら現れたのも、見方を変えれば焦りとも取れる」
「そう考えると、前みたいに各勢力の関係図を作った方が
 いいのかもしれません。誰がどんな思惑で動いているのかを
 洗い浚い記してみましょう」
「うん、賛成。そうだね……まずはヴァレロンの貴族から……」
 二人の話がどんどん進んでいく中、残りの二人――――
 フランベルジュとアルマは疎外感を覚え、思わず顔を見合わせる。
「……」
「……」 
 暫く沈黙は続き――――
「此方に手伝える事があったら言って欲しいな」
「私は力になれそうにないから、今日はもう寝とく。結論だけ教えて」
 結果、アルマは参戦、フランベルジュは就寝を選んだ。
 そして、もう一人。
 その会話を窓の外で聞いていたバルムンクは――――
「『ギルドの事なら俺に聞きな』……いや、こりゃダメだ。軽過ぎる。
 『なんなら俺も手伝ってやるぜ?』……悪くねぇがまだ何か足りねぇ。
 もっと何かこう……」
「……」
 どうすればアルマに自分のさり気なくアピールできるか、
 こっそり小声で作戦を練っていたところを寝ぼけ眼のトリシュに見られ――――
「……おやすみなさいなのです」
 ――――気を使われていた。





 

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