新市街地ヴァレロン――――
 他のあらゆる市街地がそうであるように、その歴史の中には常に
 経済活動の開拓が課題として内包されている。
 経済機能が健全であればその地域は発展し、そうでなければ
 停滞、そして衰退していく。
 余りにも当たり前の事ではあるが、だからこそ手を焼く事実になり得る。
 何故なら、経済の総量は常に一定ではないからだ。
 エチェベリアはルンメニゲ大陸にある他の国と比べ、
 これという確かな産業が存在しない。
 隣国のデ・ラ・ペーニャが魔術国家と呼ばれ、アランテス教の総本山として
 魔術の聖域となっているように、或いは他の国が工業、芸術、軍事など
 様々な分野において自国の特色を表しているように、大陸内の
 殆どの国は『これ』という売りを持っているが、エチェベリアは
 その売りとなるものを掲げていない。
 ――――正確には、表に出せない事情がある。
 エチェベリアという国が、どのような分野において他の国に対し
 国力を誇示できるのか。
「確かこの国はよ、自由を謳ってんだよな? 剣聖のオッサンよ」
 呆れ気味に、そして何より好戦的に――――
 バルムンクはガラディーンを睨みつける。
 ただし、目に宿しているのは敵意ではないが。
「某は既に剣聖の称号を返還した身だが……自由という言葉を陛下が
 掲げている事は否定せぬよ」
 その視線を受け流すように、ガラディーンは目を狭める。
 周囲に寄る皺の数が以前より遥かに増えている事をあらためて
 確認し、フェイルは少しもの悲しい心持ちになりその視点を
 バルムンクに合わせる。
「自由……と、さっきの"祭り"と、何か関係があるの?」
「せっかちな野郎だな。ちっとは再会を喜ばせやがれ」
 その再会とは、何を指す言葉なのか――――想像に難くない。
 フェイルは肩を竦め、睨み合うバルムンクとガラディーンから
 一歩身を引いた。
「……精密破壊者、バルムンク=キュピリエ。この度は
 面倒を掛けたな。あらためて礼を言う」
「確かに、柄にもねぇ事を随分とやらされたもんだが……
 これも上に立つ者の務めってヤツかね」
 この国において、五本の指に入るといっても過言ではない
 剣士同士の対面。
 しかも、騎士とギルドの大隊長という別の山の大将同士。
 そんな二人の会話は、言葉上では図り切れない
 独特の物々しい空気を巻き起こしていた。
 尤も、剣呑とした雰囲気はない。
 寧ろ、両者の表情は友好的ですらある。
 少なくとも敵対している者同士ではないとわかる程には。
 それでも、フェイルはその大きすぎる両者を
『決して交わりようのない二人』だと認識していた。
「で、さっきの話だがよ」
 バルムンクは嗤う。
 まるで、これから起こる何かを歓迎するかのように。
「剣聖の称号を返還した身……そう言ったな? それがオッサンの
 答えって事でいいのか?」
「……某が陛下に剣を向ける事などない、とだけ言っておこう」
「剣は向けねぇが、背は向ける。言葉遊びってヤツか?
 どうにも立場のあるヤツってのは回りくどくていけねぇな」
「他人の事を言える立場でもなかろう」
「違ぇねぇ」
 先程とは若干意味合いの異なる笑顔を作り、バルムンクは
 その厳つい顔をフェイルへと向ける。
 再会の挨拶は終わった、と言わんばかりに。
「で、オッサンよ。このガキ……フェイルだったか。コイツには
 何処まで話してるんだ? コイツは戦力になるぜ。"もてば"の話だがな」
「……!」
 もてば――――その言葉の持つ意味を察し、フェイルの顔が強張る。
 バルムンクが何処まで現状を把握し、フェイルの立場を理解しているのか、
 それを雄弁に語った言葉だった。
「まだ深い話はしていない。既に王宮を去り、自分の人生を歩んでいる
 少年を介入させるのは……」
「気が引ける、ってんならソイツは間違いだ。もうこの野郎は
 覚悟を決めてるぜ。なあ?」
「……」
 まるで、今までの自分の心の機微を全て見てきたかのような
 バルムンクの問いかけに、フェイルは少なからず動揺したが――――
「……少なくとも、黙って事の成り行きを見ていられる段階じゃないのは
 自覚してるよ。僕も、僕の仲間も」
 仲間。
 それが自然と出て来た自分に苦笑しつつも、フェイルはそう断言した。
 バルムンクとガラディーンは、現在このメトロ・ノームとヴァレロンで
 起こっている様々な異変について、その全容を把握している。
 なら、教えて欲しい。
 いや――――引き出してやる。
 フェイルの覚悟は、既にそう決まっていた。
「ホラな?」
 得意げにフェイルの肩を叩き、バルムンクは満足そうに胸を張る。
 その気さくな態度に、ガラディーンの顔も思わず綻んだ。
「……随分と、フェイルを買ってくれているんだな」
「男ってなぁ、闘り合ってわかり合うもんだからな。そうだろ?」
「知らないよ……」
 余りそういうノリが好きではないフェイルは辟易とした態度で
 溜息を吐いたが、それも強者両名の微笑を誘った。
「ならば、善し。ただしフェイル……」
「後戻りする気なら、とうにないよ」
 言葉を待たず不敵に断言したフェイルに、ガラディーンは
 首を左右に振り、嘆息する。
「少しは落ち着いたと思ったのだが……また王宮時代の
 生意気盛りな子供に戻ったようだ」
 そう言いながらも、ガラディーンは何処か嬉しそうだった。
「さて……話をする前に、死者を弔わせてくれぬか。
 王宮に属していた弓使いだと聞いたのでな」
「ああ。元宮廷弓兵団の男だったらしい。そうだな?」
 バルムンクはずっと沈黙を続け、直立不動になっていたカバジェロに問う。
 騎士道を重んじる彼にしてみれば、剣聖ガラディーンは憧れの存在。
 おいそれと会話に入る事はできなかったのだろう。
「その通りだ。そこにいるフェイル=ノートとも短い間ながら
 同僚だったと聞いている」
「そうか……」
 カバジェロの答えに頷いたのはガラディーン。
 水中の棺に向かって祈りを捧げ、その短い生涯を惜しんでいた。
 そのガラディーンに、フェイルは耳を塞ぎたくなるような
 あのロギの言葉の真相を問う。
「……僕がいなくなった所為で、宮廷弓兵団が潰れたって」
「そう言われたのか」
「はい」
「だとしたら、それは少々お前を買いかぶり過ぎていたか、
 宮廷弓兵団を過大評価し過ぎていたのだろう。
 一人の人間の進退が組織に多大な影響を及ぼすような事は
 王宮内においてはあり得ぬ」
「……」
 真実なのか、フェイルを気遣っての言葉なのかはわからないが――――
 それがきっかけとなり、ガラディーンは真相を語り始めた。
 まずは――――
「宮廷弓兵団に限らず、あの時期は王宮の再編が進められた時期だ。
 同時に『勇者計画』『花葬計画』両計画のひな形が出来上がった時期でもある」
「……」
 フェイルはそれを、黙って聞いていた。
「まずは何から語ろうか――――」





 

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