ロギ=クーン。
 フェイルがその名以外で知っている彼に関する情報は、必ずしも多くはない。
 しかしそれでも尚――――樽に入れられ水路に沈められた
 その姿の見えない最期を見届けた事実に対し、思うところはあった。
「……見るに偲びねぇな。腕のあるヤツが若くして沈む姿は」
 そしてそれは、先刻突然現れ、フェイルの隣でロギの水葬を
 見届けた男――――バルムンクもまた同じだったらしい。
 これまで彼が見せて来たどの表情とも異なる、何処か厭世的な
 感情さえ入り交じっているような横顔を覗かせていた。
「知り合いだったの?」
「いや。前にお前と酒場でやり合ってた所に乱入した時
 見かけたぐらいだ。土賊の一人ってぐらいしか知らねぇよ」
「そっか」
 その時の事を思い出し、フェイルは天を仰いだ。
 手応えがあった。
 あの矢と矢の衝突は、どんな歓談よりも濃密な交流だったのかもしれないと
 今になって思い返す。
 弓使いにとって、特別な一瞬だった。
「それで……バルムンクさんはどうしてあそこに?
 やっぱり、アルマさんに用事があったの?」
 アルマはこの水路の傍にはいない。
 ファルシオン、フランベルジュの二人と共に自宅へ戻り、
 ガラディーン、ハル、そしてトリシュと共に待機中だ。
 ロギの一件をカバジェロとアドゥリスに伝えに行っている。
 ここにいるのは、フェイルとバルムンク、そして――――
「……オレの無様な姿を笑いに来たんだろ? オレが
 その尻尾野郎に捕まったって知ってよ」
 アドゥリス=クライドールとカバジェロ=トマーシュ。
 土賊として、ロギと共に活動していた二人だ。
 仲間の死を知らされ、怪我を負った身体でアルマ邸の近くにある
 水路の傍までやって来た二人は、ロギの亡骸を見た後もずっと絶句していた。
 特にアドゥリスの動揺は大きく、悪態を吐く声にも覇気がない。
「生憎だな。俺がテメェにそこまで拘る理由はねぇ。知ってるだろ?
 俺が興味あるのは強い人間だけだ。テメェなんぞにその資格が
 あると思ってんのか? 俺の前から消えた腰抜けがよ」
「それは……!」
「アドゥリス。その辺にしておくがいい」
 ずっと沈黙を守っていたカバジェロが、静かに制する。
 言葉遣いも声量も控えめではあったが、そこには確かな怒りがあった。
 そしてそれは、自分自身へも向けられていた。
「……ああ。わかったよ」
 カバジェロが制した理由を誰より痛感しているアドゥリスもまた、
 その怒りを抑えるように、素直に従う。
 二人のそんな姿を見下ろしつつ、バルムンクは肩を竦める。
 明らかに、呆れ返っている素振りで。
「なんだ……?」
 その態度に、アドゥリスは直ぐに反応を示した。
 仲間の死を前に自分を抑えようとしていても、元来の
 性格である好戦的姿勢は抑えきれない。
 その未熟さにバルムンクは呆れていた――――訳ではない。
「テメェはよ、いつまであの女にひっついてんだ?」
 その答えは、『あの女』にこそある。
 そしてフェイルは、その女性が誰なのか何となく察していた。
「オレの勝手だろうが。テメーにゃ関係ねー」
「あぁそうかよ。ここまでされてもまだわからねぇか」
 まるで怒られた子供のような態度でそっぽを向く
 アドゥリスに対し、バルムンクの行動は素早かった。
 一瞬でその胸ぐらを掴み――――
「……ぐっ!」
 片腕でその身体を持ち上げる。
 アドゥリスは細身の身体で戦士としては軽量の部類に入るが
 それでも片腕で簡単に持ち上げられるような体重ではない。
 バルムンクの腕力は常軌を逸している――――
 フェイルはあらためて、その事実を認識した。
 だが今は、その情報以上に重要な情報がある。
「あの弓使いが殺された理由、わからねぇとは言わさねぇ。
 明らかに口封じだ。じゃあ、誰の仕業だ? テメェらは
 横恋慕野郎に捕まって管理人ちゃんの家に監禁中だった。
 俺ですら招かれた事のねぇ管理人ちゃんの家にテメェごときが
 入った事実も許せねぇが、そいつは保留だ。口封じが誰の仕業か……
 わからねぇほどボンクラじゃねぇよな?」
「無論だ」
 徐々に血管が浮き出て、目にも赤い線が走るバルムンクの
 静かな怒気混じりの問いかけに答えたのは、アドゥリスではなく
 カバジェロだった。
「なら話は早ぇ。即刻あの女から離れな」
「それは出来かねる。幾らあの方の御令弟であってもだ」
「……え?」
 御令弟――――すなわち弟。
 カバジェロは今、確かにそう言った。
 あのお方が誰を指すか、フェイルは既に確信している。
 だからこそ驚いたが、同時に納得もした。
 バルムンク=キュピリエ。
 スティレット=キュピリエ。
 然程ありきたりではない家名だけに、血縁関係を
 連想するのは本来必然だった。
 にも拘らず、この二人の余りにも違いすぎる外見、言葉遣い、
 そして受ける印象から、フェイルはその必然から遠ざかっていた。
「俺があの女の弟なのは関係ねぇんだよ。問題はテメェらだ。
 いいか? あの女は、テメェらの仲間を消したんだよ。
 それでもテメェらはまだ、あの女に尻尾を振るのか?」
「……それが使命だ」
「そうかい。アドゥリス、テメェはどうだ?」
 締め上げていた襟首から手を離し、バルムンクは
 不安定な足場に器用な着地を見せたアドゥリスに問いかける。
 口調は冷静。
 しかし、その内部の激情は隣にいるフェイルに熱量となって
 伝わっていた。
 バルムンクは――――怒っている。
 何に対しての怒りなのかは、フェイルにはわからない。
 或いは、それがわかれば現在の入り組んだ人間関係と
 様々な思惑、勇者計画や花葬計画との構図が見えてくる可能性も
 あるが、それを問いかけられるような空気でもない。
「オレは……」
 バルムンクの激高はアドゥリスにも伝わっているらしく、
 これまでのような反抗的な態度は陰をひそめ、言葉に詰まっている。
 二人の関係性は、ここに来て明確になってきた。
「お、オレは……」
「相変わらず自分ってヤツがねぇな、テメェは。
 どれだけ虚勢を張っても強がってみても、中身はまるで
 成長しちゃいねぇ。オレの所にいた頃から成長が見られねぇぞ」
「……っ」
 バルムンクの言葉に対し、反射的に俯いたアドゥリスの表情は
 怒りや反意ではなく、ただの『悔しさ』。
 それはある意味、アドゥリスの本質を映し出していた。
 土賊のリーダー。
 そういう肩書きで初めてフェイルと対峙した頃から、
 何処か演技めいた狂気を見せていた。
 まるで、自分は何者にも縛られない飛び抜けた悪であると
 周囲に認められたがっているかのようだった。
 だがその後、カバジェロやロギと共にいたアドゥリスは
 その頃の姿とは少し違い、苛立ちが前面に見られてはいるものの、
 まるで親戚の家にムリヤリ連れて来られた子供のように
 何処か『仕方なくここにいる』ような空気を漂わせていた。
 そして今のアドゥリスは、その親戚に怒られて拗ねている――――
 というより、畏れている子供にすら見える。
 ハルからフェイルが聞いた話では、アドゥリスは以前
 バルムンクの所属する傭兵ギルド【ラファイエット】の一員だったという。
 バルムンクへの憧れもあったのかもしれない――――そう思わせる
 二人のやり取りは、暫く沈黙のみが続いた。
 それを破ったのは――――
「……どうしようもねーだろ。今更」
 震えるアドゥリスの声だった。
「オレはもう、あの方の……スティレット様の部下なんだよ。
 手足なんだよ。土賊のリーダーなんだよ。今更、オレが
 そこから抜け出せる訳ねぇだろ? 今のオレがオレなんだよ!」
「そのリーダーがヘッポコだから、仲間を死なせたって事が
 まだわからねぇのか?」
「!」
 バルムンクの一声は――――アドゥリスの急所を突き刺すように
 鋭く、そして微かな情けを帯びその場で霧散した。
 アドゥリスの膝が折れる。
 その後は、声にならない慟哭。
「畜生……畜生! 畜生! 畜生! 畜生……!」
 地面に頭を叩き付けるようにして、アドゥリスは悲鳴にも似た
 激情を叫び続けた。
「……カバジェロだったな。テメェはこれからどうする気だ?
 この後に及んで、脱走するつもりはねぇよな?」
 彼らがこの場にいるのは、フェイルがハルに言伝で『カバジェロ、
 アドゥリスの拘束を解いて欲しい』と頼んでいたからだ。
 ここへ駆けつける事を許可したからこそ、敗者である二人は
 仲間の水葬を見届ける事が出来た。
「生憎、そこの少年に敗北した身。まして情けによってこの場に
 いる身でもある」
「当然だな」
 それだけを答え、バルムンクはフェイルの方に目を向けた。
「ってな訳だ。葬式も終わった事だし、一旦管理人ちゃんの家に戻るぜ」
「……まさかとは思うけど、アルマさんの家まで付いてくる気?」
「これ以上、テメェが管理人ちゃんの傍で株上げるのを
 黙って見ている訳にゃいかねぇしな。それに……」
 一瞬、バルムンクはまだ号泣し続けているアドゥリスに目をやり、
 苦笑するかのように息を吐いて天井を仰いだ。
 その遥か上にある地上――――ヴァレロンを見上げるように。
「どうやら、祭りは始まったみてぇだからな。そうなんだろ?」
 そして、その体勢のままで問う。
 それは誰に対しての問いかけか――――
「剣聖のオッサンよ」
 フェイルの目の前に、答えは音もなく近付いていた。





 

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