終わりだ――――
 淡々とした中にも強い意志で己を貫き続けたロギは、
 確かに終結までの道を描いていた。
 実際、意図したようにフェイルはロギの殺気に反応した。
 それは、とても素直な反応だった。
 少しでも小さく、一瞬でも遅く――――そんな抵抗の痕跡はなく、
 殺気を浴びた事に対しごく普通の敏感さで反応を示した。
 全て思惑通り。
 ロギにとって、その筈の展開だった。
 それなのに。
「――――!」
 次の瞬間、ロギの顔は全ての理性を吹き飛ばしたかのような
 驚嘆の表情へと強制的に変貌させられた。
 その原因は――――気配の場所。
 それはあり得ない場所だった。
 理解するのに僅かでない時間を費やす程に。
 加えて、感じた気配には殺気が含まれていた。
 これもあり得ない事だ。
 ロギが殺気を放つ前にフェイルが殺気を放っていたのなら、
 ロギが感知していた筈。
 そうでないにも拘らず、この瞬間に殺気を感じた理由は一つ。
 ロギが殺気を放ったのとほぼ同時に、フェイルもまた殺気を放ったという事。
 偶然ではない。
 ほぼ同時――――正確には、一瞬遅れて殺気を放った状況。
 つまり、不意に放たれた殺気に自分の殺気を重ねた事が推察される。
 高等技術どころの話ではない。
 だが、舌を巻いている余裕も時間もロギにはなかった。
 何故なら、殺気が放たれた事には明確な理由が存在したからだ。
 ロギは既に、フェイルの気配のある方向へ目を向けている。
 そして、その方角から殺気の理由が飛んできている事も把握していた。
 一本の矢。
 それが、頭上から飛んできている。
 フェイルの気配と殺気は、ロギの遥か上の方角にあった。
「バカな――――!」
 声にならない咆哮を心中で響かせ、それでもロギは矢への対応を試みた。
 矢の速度とタイミングから、躱すのは不可能と判断。
 いつぞやのように矢で矢を打ち落とす芸当をするにも既に手遅れ。
 ならば防ぐ為には――――弓しかない。
 弓で矢を弾くのは、幾ら弓を使い慣れている人間でも困難だ。
 というのも、弓は意外と重い。
 重くなければならないからだ。
 矢を放つ際の安定は、弓の重さ、上半身、下半身、両腕、
 そして顎による固定があって初めて得られる。
 フェイルのように、あえて軽量の弓を使っている弓使いは少ない。
 ロギもまた、一般的な重さの弓を使っている。
 だからこそ――――ロギは一瞬にして矢を防ぐ術を選択できた。
 これしかなかったからだ。
 自分へ向かって飛んでくる矢の延長線上に弓をかざす。
 弓を盾にするという選択肢だ。
 当然、細い弓でもっと細い矢を防ぐなど、並大抵の事ではない
 ロギ自身も滅多に経験しない防ぎ方だ。
 しかし――――ロギの天性と決断力が、その厳しい局面を
 理想通りの結果へと変えた。
「……ぐ!」
 矢が弓を貫く衝撃で、右腕が震える。
 しかし矢は貫通することなく、ロギの前で完全に静止した。
 思わず安堵の息が漏れる――――その間すらなく。
「!?」
 再び衝撃。
 止まった矢が再び動き出した事に、ロギは驚愕以上に戦慄を覚えた。
 当然だ。
 再起動をもたらした理由は、ロギの視点からは全く見えなかったのだから。
 先程刺さった矢の後端に全く同じ矢が刺さっている事などわかる筈もなく、
 ロギの弓とそれを掴む右腕は完全に身体の方へと持って行かれ――――
「ぬあっ!」
 左肩を自身の弓で強打する。
 だがその悲鳴と激痛すら一瞬だった。
 一瞬で、次の激痛へと変わる。
「……!」
 今度は視認できた。
 三度――――全く同じ軌道を通り、矢が奔ってくる。
 影矢。
 同じ強さ、同じ角度で矢を連続で放つ事で、最初に放った矢の影に
 次の矢を隠し、敵の目から見えなくする攻撃。
 二つの矢でも超高等技術だが、ロギを襲ったのは三つ連なった矢だった。
「ぐはっ!」
 三つ目の矢が二つ目の矢の後端に刺さり、更なる槌となって
 一つ目の矢がロギの弓を、そして右肩を貫く。
 その瞬間を――――
「……ふぅ」
 フェイルは梟の目で遥か高方、無数にある柱の一つの上部に
 両足をへばりつかせながら眺めていた。
 弓使いとして生きていくのであれば、幾度となく見る光景。
 見なければ、それは優秀な弓使いではないのだから当然だ。
 それは成功の瞬間、勝利の瞬間なのだから。
 それでも、余り見たいとは思わない――――
 フェイルはそう心中で独りごちながら、射抜いた相手を見下ろしていた。
「……バカな」
 標的――――ロギ=クーンはそう口元で呟いたように見えたが、
 実際のところは定かではない。
 それくらい、フェイルから遠く離れた位置にロギはいた。
 鷹の目と梟の目、どちらかしか使えないフェイルにとって、
 暗闇の遠距離は自分の能力を生かし切れない環境。
 敢えてそれを選んだのは、ロギが自分の目について知っている可能性を
 考慮しての事。
 そして――――
「さて……怪我なく降りれるかな」
 柱の上部から地面へ降りる事への懸念も、
 当初から想定していた為にそれほどの恐怖はなかった。
 ただ、やはり高所からの滑降は大きな摩擦を生む。
 地面に着地する頃には、フェイルの掌は赤くすり切れていた。
 しかしそれも、頭の怪我と比べれば大した痛みはない。
 フェイルは油断すると意識が飛びそうになるほどの激痛を
 そのままに、仕留めた相手の倒れている場所へツカツカと歩み寄った。
 ロギは、意識があった。
 その右肩には深々と矢が刺さっている為、フェイル以上に
 強い痛みが蝕んでいる筈だが、それでも気絶せず苦悶の表情で
 横たわっている。
 その精神力の強さに敬意を示しつつ、フェイルはロギの傍に立った。
「まさか……柱の上にいるとはな。一体どうやった?」
 フェイルの姿を確認したロギの第一声。
 余程、衝撃的だったようだ。
 メトロ・ノームの柱は大中小様々だが、両腕で抱え込めるほどの
 細い柱はない。
 また、手足をひっかけられるような凹凸が犇めいているわけでもなく、
 その柱を登るという想定はロギの中には一切なかった。
 それだけに、フェイルが柱を登って身を潜めていた事に
 どうしても納得できずにいる――――そんな顔だ。
「薬草士は、山中に入って沢山の野草を採る。場合によっては
 木の実もね。だから、木登りの為の用意は欠かさない」
「木登りと同じ要領で、この地の柱を登ったというのか……?」
「普通の方法では無理だけどね」
 そう告げ、フェイルは自分の足に履いている靴の裏を
 倒れているロギへと見せた。
 そこには――――大量の樹脂が塗られていた。
「靴の中底と本底の間に仕込んであるんだ。靴底に穴を
 開ければ、それが漏れてくる。それを靴底に染み込ませた。
 かなり強力な粘着力だから、凹凸の少ない柱でも登れる。
 最後に引き剥がす時は冷や汗ものだったけどね」
「……」
 種明かしに納得したのか、ロギの表情が若干和らいだ。
 自分が何に負けたのか、その実体が少しずつ理解できたようだ。
「そのような奇策より、不安定極まりない状況で影矢を……
 それも二つの矢を完璧に隠した事に驚きを禁じ得ない」
「一応、今僕が持ってる最高の技術を見せたつもりだけど。
 貴方にはそうしないと勝てないと思ったから」
 最敬礼に等しいフェイルの言葉に、ロギは静かに瞑目した。
 敗北を受け入れた証だった。





 

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