「私、感情を伝えるのが上手じゃありません。だから、最初は打ち解けるのに
 すごく時間がかかりました。そんな時でも、リオは明るく接してくれました。
 フランは突き放したような物言いの中にも優しさを見せてくれました。
 だから、私は……自分に居場所ができたと思ったんです」
 零れる涙を拭いもせず、ファルシオンはずっと溜め込んでいた
 自分の心を吐露する。
 それは、胸をつくような痛々しさに溢れていた。
「葛藤はずっとありました。仲が深まり、信頼されるようになったと
 自覚すればするほど、騙している自分が嫌になりました。でも、言えませんでした。
 言えば私はここにはいられなくなる、二人と一緒にいられなくなるって……」
「……ファル」
 堪えきれなくなったのか――――フランベルジュは歯を食いしばるような
 顔で立ち上がり、ファルシオンを抱き寄せる。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
 そしてそのまま、まるで子供のようにそう連呼するファルシオンの背中を
 軽く何度も叩いていた。
 あやすように。
 そして、一人で多くの負荷を背負わせていたことへ謝罪するかのように。
「彼女を責めるべきではない。彼女は被害者なのだから」
 そう告げたのは――――意外にもカバジェロだった。
「勇者計画には、我が主スティレット様も一枚噛んでいる。余りにも
 肥大化し過ぎた計画だ。一人の魔術師が抗うことは不可能だ」
「貴方に言われなくたって、それくらいわかってるから」
「なら善し」
 フランベルジュの波打つ感情に浸された言葉に、カバジェロは
 紳士然とした対応を示す。
 その姿に、フェイルはあらためて違和感を覚えていた。
 先程、自分達を襲った時のカバジェロの姿に。
 腕に覚えがあるとはいえ、余りにも無計画、無謀な襲撃だった。
 隣のアドゥリスだけならまだしも――――
 そう考えた瞬間、フェイルの頭に一つの仮説が生まれた。
「流通の皇女も勇者計画に一枚噛んでいる……そう言ったよね」
「肯定しよう」
「なら……もう一つの計画にも関与している?」
 すなわち――――花葬計画。
 既に全容が明らかとなった勇者計画とは違い、こちらはまだ
 輪郭すら覚束ない。
 ということは、誰がどういった目的で動き、結果誰が利を得るのかが
 全く見えていない状態。
 もし、先程のカバジェロとアドゥリスの襲撃が花葬計画に基づいた
 行動なのだとしたら、違和感の正体は自ずと見えてくる。
 理由はある筈。
 無謀な襲撃の裏に潜む、確かな理由が。
「自分は何も言えぬ。例えここで心臓を射抜かれようと」
「そう……」
 花葬計画は、ビューグラスが中心となっている計画。
 フェイルにとっては、どうあっても内容を知らなければならないもの。
 その手がかりを持つと思われる人物が、この場にいる。
「お、おい」
 フェイルの目が変質していくのをハルは感じ取っていた。
「らしくねえな。まさか、本気で射抜く気じゃないだろな?
 つーか射抜いても言わないっつってる訳だしよ……」
「やってみないとわからないかもよ? 特に、隣にいる人は」
 狩人の目。
 その目はアドゥリスに向けられていた。
「……オレを脅すってのか? 面白ぇ。やってみろよ」
「アドゥリス。余計なことを口走るのは控えろ」
 カバジェロに諭されながらも、アドゥリスは好戦的な目を止めない。
 だがそれは半ば虚勢であることも透けて見える。
 本気で脅せば、口を割りそうなのはこの男だが――――
「……ガラディーンさんが花葬計画の事を何も知らなかったらね」
 優先順位としては、そうなる。
 フェイルは目つきを変え、ガラディーンの方に視線を向けた。
「花葬計画か」
 勇者計画を語る時とは違い、ガラディーンの顔は何故か曇っていた。
 知らないという感じではない。
 だが、全てを話すという構えでもない。
 深い事情が見え隠れする表情だった。
「あの計画は……」
 それでも、なんらかの説明を始めようとしたその時――――
「昼食、出来たよ」
 いつの間にか、アルマが炊事場から居間に移動していた。
 会心の出来だったのか、表情には自信が充ち満ちている。
「ふむ。先に腹ごしらえとしよう。朝から歩き回って空腹で仕方ない」
「賛成なのです! こんなクソ重っ苦しい空気は勘弁なのです!
 それよりとっととメシにしませう!」
 よほど耐えかねていたのか、トリシュがいよいよ噴火した。
「そうですね……」
 話の腰を折られてしまったが、ファルシオンの心境を考えれば
 一旦場の空気を変えた方がいい。
 そう判断し、フェイルはガラディーンに同調した。
「あ、飲み水がなかったよ。水路から水を汲んでくるね」
「なら僕も行くよ。水桶の運び役で。少し頭を冷やしたいしね……」
「お願い出来るかな。桶は玄関にあるよ」
 アルマに頷き、フェイルは弓を背負ったまま桶を持ち、
 アルマ邸を出た。
 依然として外は暗いまま。
 この理由をアルマに聞く機会もなかった。
 余りにも視野が狭くなっていることを自覚し、フェイルは
 大きい深呼吸を試みる。
 すると一瞬、息の吸い方も忘れるほどに強張っている自分を自覚した。
 リオグランテの死に直面してから、自分が如何に切羽詰まっていたかを
 如実に示す事実。
 気分を変えなければならないと、強く感じた。
「悩んでるみたいだね」
 背後からアルマの声が聞こえてくる。
「そうだね……悩みが深いよ」
 歩行を開始しながら、隣に並ぶアルマに向かってフェイルは弱音を吐いた。
「悩みは、話せば楽になることもあるんだよ。此方でいいなら聞くよ」
「……うん」
 アルマの前だと、気張らずに済む自分がいる。
 アルマ自身の持つ空気感と、利害関係のなさがそうさせているのだろうと
 なんとなく分析しつつ、フェイルは今一番頭を悩ませていることを吐露した。
「僕にとって一番の恩人がね……不穏な動きをしてるんだ」
「不穏? 怪しい動きってことかな?」
「そう。その人には娘がいて、その娘が大変なことになってるのに」
 まるで自分の子供に関心がないかのような、ビューグラスのここ最近の
 動きに対し、フェイルは強い不快感を覚えていた。
 自分に向けてくる敵意にも似た視線にも、耐え難いものがある。
 だがそれ以上に、アニスへの無関心が苛立ちを生み出す。
 花葬計画とやらは、アニスよりも重要なことなのか――――と。
「子供を大事に思わない親なんていないよ」
 それに対し、アルマは平然とした声で――――
「……なんてのは、幻想に過ぎないよね」
 そう唱えた。
 フェイルは思わず目を見開く。
 アルマから、そんな答えが返ってくるとは思わなかった。
「でも、そうあって欲しいって思うのも、自然なことなんじゃないかな。
 だからフェイル君はね、何も間違ってないと思うんだよ」
 アルマの言葉は、フェイルの無意識下にある不満までをも
 踏襲したものだった。
 それを自覚し、フェイルは思わず感嘆の息を漏らす。
 そう。
 親が子を想う気持ちは、絶対不変のものではない。
 仮にそうであれ、こうあって欲しいという気持ちも否定すべきではない。
 だとしたら、フェイルがすべきことは――――
「もっと、ちゃんと話をすべきだったのかな……」
 難しいことは自覚している。
 ビューグラスには、仕事の面で大きな負い目を作ってしまった。
 それが尾を引き、今に至る。
 更にもう一つ、フェイルには萎縮する理由がある。
 でも、もうそんなことで遠慮すべきではない。
 花葬計画がどんな計画だろうと、ビューグラスに主張すべきことがある。
 フェイルの目的はハッキリと定まった。
「ありがとう、アルマさん。思った以上にスッキリした」
「何よりだよ。水汲みのお礼が出来て」
 アルマはその整った顔で、優しげに微笑んだ。
 絵になるような笑顔とは少し違う。
 破顔することになんの作為性も照れもない。
 アルマの魅力はそこにある。
「じゃ、引き続き別の質問を」
「構わないよ。何かな」
「今のこのメトロ・ノームの現状。どうしてずっと暗いの?
 アルマさんが夜を作ったわけじゃない……よね?」
 地下街の管理人であるアルマなら、理由を知っている筈――――
 即答を期待してそう尋ねたフェイルに対し、アルマは首を左右に振った。
「……ごめん。此方にもわからないんだよ」
「そうなの?」
「いつの間にか、こうなっていたんだよ。此方が作った訳じゃないんだよ」
 メトロ・ノームの夜はアルマが作っている。
 しかし、今のこの薄闇は別の人間の仕業。
 考えられるのは――――
「……別の封術士の仕業?」
 もし、そうだとしたら。
 現時点でその可能性がある人物に、フェイルは心当たりがあった。
 クレウス=ガンソ。
 ウエストの調査によって判明したことだ。
 だが、彼はハルに倒され、酒場【ヴァン】の倉庫内に監禁している状態のはず。
 先程訪れた時は確認しなかったが――――
「どうしたのかな?」
「うん……なんとなく、やることが増えた感じ」
「忙しくなるんだね。忙しいのはいいことだよ。暇よりはね」
「……そうかも」
 ポリポリと頭を掻きながら、フェイルは前方にある柱の一つに目を向ける。
「確かに、忙しくなりそうだ」
 そして、背中の弓を手に取った。






 

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