ファルシオン=レブロフには、二つの『自分』があった。
 魔術士としての自分。
 そして――――舵取り役としての自分。
 後者を命じられたのは、勇者一行の一員となる為エチェベリア城に
 足を踏み入れた直後のことだった。
 エチェベリアは隣国の魔術国家デ・ラ・ペーニャと比較し、
 魔術士の質で劣っている。
 よって、アカデミーを主席で卒業していたファルシオンには
 熱い期待が向けられていた。
 同時に、この人材を他国へ流出することを避ける必要もあった。
 ファルシオンの才能の利用、そして流出の阻止を同時に満たす方法。
 それは『勇者計画』に深く関与させること。
 王子が関与する国家機密の一員となれば、自ら他国へ出ることを
 規律で縛ることができるからだ。
 同時に、勇者一行の一員に才能豊かな魔術士を加えることで、
 勇者に箔を付けることができる。
 現時点ではまだ未熟という点も望ましい。
 強すぎても困るからだ。
 勇者一行は未熟な状態で出発し、旅の途中で力を付けていく。
 冒険譚の約束事だ。
 勇者計画の第一工程は、勇者の外殻を模すことにある。
『国民が思う、如何にも勇者の駆け出しと時代らしい勇者候補』
 これが重要だ。
 そうすることで、勇者候補の一人でありながら『将来の勇者の器』
 だと錯覚させることができるからだ。
 しかし、器を模すだけでは完全ではない。
 その行動も模さなければならない。
 かつて、勇者は『救国の英雄』に当たられた称号だった。
 だが平和が闊歩する今の時代、国を救うほどの危機にはそう巡り会えない。
 先のガーナッツ戦争においても、一般兵の出番などなかった。
 突然、英雄が誕生するような時代ではない。
 ならば、勇者の印象を国民に刷り込むには、勇者らしい行動をさせる必要がある。
 例えば、旅の途中に各町村の小さな危機を救い続ける。
 小さい子供の悩みや山賊退治などは特に御誂え向きだ。
 そういった積み重ねを続けることで、徐々に勇者一行は『勇者らしさ』を
 蓄えていく。
 たった一つの町や村での英雄が勇者と呼ばれることはないが、その噂が
 三つ四つと連なれば、自然と勇者らしさは生まれてくるものだ。
 そして何より、勇者本人にも『勇者らしさ』が求められる。
 勇者らしい人物。
 それは、まだ子供であること。
 とてつもない才能を秘めていると思わせる人材であること。
 無邪気であること。
 そして、無欲であること。
 十代半ばの、戦闘技術は未熟ながら身体能力に優れた穏やかで
 野心のない若者が望ましい。
 何度かの試行錯誤を経て、そのような結論に達した。
 そこで選ばれたのが、リオグランテ。
 また、そんな勇者を引き立てる野心家でありながら根は優しいお供も欲しい。
 そのポジションにフランベルジュ。
 最後に、勇者の行動を管理し、小さな善行を積み重ねていきながら
 最終的に『エル・バタラ』を開催するヴァレロンまで導く舵取り役。
 それが――――
「……私、なんです」
 項垂れたまま、ファルシオンはそう述懐した。
 フランベルジュは一言も発せず、黙って話を聞いている。
 その感情は、フェイルにも読み取れない。
 無表情にも見えるし、なんらかの感情を押し殺しているようにも見える。
「君を舵取り役に推したのは、タカ派の宮廷魔術士だったように記憶しておる。
 真面目で几帳面な性格が、舵取りには最適と判断されたのだろう」
「そうですか」
 ガラディーンの言葉に、ファルシオンは抑揚のない返事を呟いた。
 自分を指名した人物そのものにも、理由にも興味はないと言わんばかりに。
「……勇者計画の主目的は、国民の勇者に対する失望を生み出し、
 王家の求心力を上げることにある。その為に、勇者らしさを追及すべく
 何度も実験が行われた。様々な手合いの勇者候補と勇者一行を結成し、
 試作を積み重ねた結果、君たちの形が最適だと判断され、計画は実行された」 
「エル・バタラでの勇者敗北……ですか」
 フェイルの発言に、ガラディーンは悲しげな顔で頷く。
「あの大会は、単に勇者の負けを印象づけるためだけではない。勇者の
 印象を悪化させる、各ギルドや貴族の力関係を調整する、アランテス教会への
 牽制をも視野に入れた大会だった。、そして、デュランダルへの国民の支持を
 確固たるものにすることで、王家と騎士の力を示す」
「……頭がこんがらがってきたんだが。つーかギルドまで介入してたのかよ」
 眉間に皺を寄せたハルが首を左右に振って不快感を示した。
 実際、今回のエル・バタラは余りにも著名人の参戦が目立った。
 各ギルドの代表者までも参加していたのは、このような事情あってのこと。
 それが露見した今、豪華に見えた大会が余りに寒々しいものに感じられる。
「例えばお前の所属するウォレス。勇者の対戦相手は一回戦も二回戦もウォレスの
 人間だったろう? 一見、勇者の踏み台にされている印象を与えとるが、
 勇者の評判が反転した今、ウォレスには被害者的立場が与えられておる。
 これは、ウォレスがアルベロア王子の保護下にあるからだ」
「そういえば、代表者のクラウ=ソラスは一回戦で不戦敗でしたね」 
「それが象徴的だ。勇者が不正を働き決勝まで残った、と印象操作された現状では
 クラウ=ソラスの不戦敗も勇者の不正行為の一環と取られかねん。
 同ブロックにいた代表者の一回戦敗退となれば、疑いの目は免れんだろう?」
「……何それ」
 ずっと沈黙を守っていたフランベルジュが、ポツリとそう吐き捨てた。
「だったら、リオは……そんな下らないオママゴトに巻き込まれて
 死んだっていうの!? 貴女、それを知ってたの!?」
「……」
 フランベルジュの怒りの矛先は、ファルシオンに向けられた。
 この顛末を知っていたのか、という強い口調。
 責めるような視線。
 だが、ファルシオンは答えない。
 答えを持っていないからだ。
「知らなかったって言わないの? 自分も利用されたって……
 そう言えばいいじゃない!」
「……知らなかったとしても、同罪ですから」
 荷担したことに変わりはない。
 最終的にリオグランテの生命と名誉を殺す計画に加わっていた事実には。
 だからファルシオンは、答えを持たない。
 何故なら――――勇者の印象操作を行っている時点で、
 リオグランテを貶めていることには違いないのだから。
 勇者に対し、例え国が肯定的であったとしても、リオグランテが努力し
 時に悩み時に、時に苦しみ、時に成し得たこと全てがあらかじめ用意されていた
 計図の中の出来事に過ぎない、と。
「どうして……どうしてそんなの引き受けたの。答えなさい! ファル!」
 フランベルジュは激高していた。
 だがそれは、自分が欺かれていたことへの怒りではない。
 リオグランテを欺いていたことへの怒りでもない。
 感情を爆発させながらも、フランベルジュは分別ができていた。
 仮にファルシオンが引き受けていなくても、別の誰かが同じ役割を担い、
 同じ結果になっていた、と。
「貴女なら、そんな情けない仕事しなくても、他に幾らでも生きる術はあったでしょう!?
 なんで……そんな汚れた役……頭のいい貴女が……」
 フランベルジュの怒りは、欺くことを拒否しなかったファルシオンに対して向けられていた。
 聡明で、冷静。
 無表情でありなあら、何処か愛嬌のある才能豊かな女魔術士。
 フランベルジュは、そんなファルシオンに一種の憧れを抱いていた。
 剣士と違い、魔術士には男女差が少ない。
 それでも、女性が重役に就いている例は決して多くない。
 男尊女卑の社会構造がそのまま反映されている。
 ある意味、剣士の世界より理不尽だ。
 能力差がなくても、偉くなれないというのなら。
 それでもファルシオンは勇者一行の一員となった。
 成り上がるという目的がない筈はない。
 フランベルジュは、そんな彼女に気高さを感じていた。
 それだけに、辛かった。
 フェイルも、そんなフランベルジュの心境を推し測り、沈黙を守っていた。
 暫くそのまま時は進み――――
「……最初は、嫌でした」
 やがてファルシオンは初めて、自分の心の内をさらけ出した。
「普通に勇者一行として選ばれて、普通に旅がしたかったです。
 でも、断われば先はありません。だから、汚れ役とわかっていても
 引き受けました。それで勇者一行に加われるのなら、と」
「……」
 その述懐を、フランベルジュも、その他の面々も黙って聞いていた。
 あのトリシュですら、場の空気を読んで大人しくしている。
「心の何処かで自分の機転や発案によって自分達の行動が思惑通りに
 進んでいくことに楽しさを覚えていたのかもしれません。それが
 たまらなく嫌でした」
 それは、知恵者ならではの素直な所感。
 嫌な自分を客観的に見ることができるからこその苦悩。
 そして――――
「それでも、私は……そんな役目を演じながらも、私は……
 リオと、フランと一緒にいる自分に満足していたんです。
 勇者一行として旅をしていることに居心地のよさを感じていたんです。
 滑稽です。最低です。騙してるのに。でも……楽しかったんです。
 二人といることが……二人の仲間だってことが、嬉しかったんです」
 ――――いつしか、ファルシオンの目から大粒の涙がこぼれ落ちていた。






 

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