「あの男は決して、自分の剣を自分以外に捧げたりはせん。本来それは
 騎士としてあるまじきことだがな……」
 ガラディーンの話は、その結論に集約されていた。
 王子の手足となり、王家にとって都合の良い計画に荷担、或いは
 首謀者となる――――それは騎士としては寧ろ誇らしいこと。
 だがデュランダルの器は、正規の矜持には収まらない。
「あの男は常に、自分の可能性を広げようとしている。何処まで
 強くなれるのか、剣と人間は何処まで近しくなれるのか。
 ありきたりな求道者の姿と言えばそれまでだが、あの男の場合は
 強迫観念にすら近い、一種の禍々しさすら漂わせていた。
 例えば丸二日、剣を振り続けるなどということもあった。丸二日というのは
 文字通り、一切の食事も水分補給も睡眠も、休憩すらも行わずに、という意味だ」
「……なんだそりゃ。不可能だろ幾らなんでも」
 呆れ気味に父親の言葉をハルが否定するも、フェイルはそれに
 同調する気にはなれなかった。
 デュランダルならやりかねない――――本気でそう思わせるような人物だからだ。
 だから茶々は入れず、代わりに問う。
「ガラディーンさん。さっき貴方は『自らの意思で、自らが発案した計画』って
 言いましたよね。ってことは……」
「うむ。勇者計画はあの男が発案した。『勇者という称号をこの時代で封印させる』
 という目的でな」
 その説明は――――フェイルやファルシオンが予想していた計画の姿そのものだった。
「戦乱のなくなった世において、王国の絶対的な求心力が失わつつあるのは
 王宮に身を置かずとも感じ取れるだろう。ガーナッツ戦争における圧勝は国民に
 厚い支持を得られたが、圧勝故に国内へ向けられる目は厳しくもあった。
 勝って当たり前の相手に勝った、とな。実際には、それほど楽な戦争ではなかったのだが」
 そして、その戦争をあっという間に終焉へと導いた立役者は――――
「何より、デュランダルの戦果が目覚まし過ぎたことで、陛下への称賛よりもデュランダルへの
 支持が強くなりすぎてしまったのだ。デュランダル自身、それを疎んじている様子もあったようだ」
 僅か二年で分隊長となり、瞬く間に英雄へと登り詰めた男は、戦争時の功績を称えられ
 銀朱の副師団長に任命された。
 同時に、それを面白く思わない人間も少なからず生み出された。
 そしてその中には――――
「某と近しい者の中にも、デュランダルの昇進と存在そのものへ不快感を示す者がいてな。
 戦争に圧勝したことで、却って王宮内は混沌へと向かって行ったのだ」
「理不尽な話ね……」
 少なからず、王宮に対して憧れのような感情を抱いていたであろうフランベルジュは
 何処か悲しげに呟いた。
 実際、権力が犇めく王宮内にあって、このような摩擦は珍しくない。
 特に何か大きな出来事があった際には、権力の移動により更に摩擦が強くなる。
「デュランダルが秘密裏に、私兵で構成した特殊部隊を立ち上げようとしている……
 などという根も葉もない噂が立ったこともあった。確か当時はフェイル、お前も王宮にいた筈だ」
「……」
 根も葉もない――――ガラディーンはそう告げたが、フェイルは知っていた。

『俺がいずれ持つ筈の、少数精鋭の暗殺部隊の隊長を、お前に任せる為だった』

 王宮での別れ際、デュランダル自身がそう言っていたのだから。
 ガラディーンにすら打ち明けていなかったことは想定外だったが――――
「自分で言うのも辟易するが、王宮内は暫く某の派閥、デュランダルの派閥に分かれつつあった。
 実際には、某も奴も、政には興味がなかったのだがな。保守派と急進派のそれぞれの
 正当性の為、名前を使われたようだ」
「急進派が……師匠ですね」
 ガラディーンは剣聖。
 国にその件を捧げた身。
 当然、保守派の象徴だ。
「そしてもう一つ、問題が浮上していてな……ギルドとの関係だ」
「ギルドぉ?」
 自身もそれに所属しているハルと、かつて所属していたアドゥリスがガラディーンに
 睨むような目を向ける。
「当然ではあるが、王宮とギルドが何らかの交友関係を持つことは許されん。
 しかし実状では、ギルドと連携して物事を推し進めようとする者が王宮にもいるのだ。
 特に国内二大勢力とも言われるウォレス、ラファイエットはその傾向が強い。
 我が愚息も、何処をほっつき歩いているかと思えばいつの間にかウォレスに所属
 していてな。妙に勘ぐられてしまったよ。全く、いい迷惑だ」
「おいおい……俺は隣の国で居場所がなくなったから、出稼ぎで所属してるようなもんだぞ。
 勝手に迷惑がられても困るっつーの」
 ここに、二人の微妙な親子関係が見て取れた。
 とはいえ、それを指摘する余裕はない。
 フェイルは黙って話の続きを聞くことにした。
「仮にこの二大ギルドがこれ以上力を付け目立つ立場になれば、王宮との関与が疑われる。
 何処かで抑制する必要が生まれたのだ。各貴族との関係も同様だ。外部に王宮内の
 力関係を左右する要因が多数存在する状況は、王宮にとって健全とは言い難い。
 身内の恥を晒すようだが、戦争終結後の王宮内は、余り褒められたものではなかったよ」
 それはフェイルも肌で感じていた。
 何より――――御前試合での不可解な判定にも現れていた。
 操作性が強く、不正が横行している状態が健全である筈がない。
「こういった状況を改善する為の案として提出されたのが『勇者計画』なのだよ」
「……ちょっと待ってよ。今の話と勇者計画と、どう繋がるの?」
 不可解さを前面に出したフランベルジュの発言に、ハルも頷き同調を示す。
 アドゥリスも眉間にシワを寄せ、同じ意見だと暗に示していた。
 一方、フェイルは既に話の大筋を理解している為、特に驚いた様子は見せず――――
「恐らく、勇者計画の主な目的は『国王ならびに王宮の正常化』です」
 ファルシオンも同様らしく、ガラディーンの補足を務め始めた。
「勇者という称号は、現代においては既に王族の遊び道具と化していますが、
 一般市民にとっては未だ最も身近な英雄と言うべき存在です。もし勇者が誕生すれば、
 先程のガラディーン様……」
「様は不要。今はそこにいる木偶の坊の親父という立場で構わんよ」
「そっちの方がよっぽど木偶の坊じゃねーか! なんだよ、久々に会ったと思えば
 息子の悪態ばっか……こちとら心配してずーっと探して、やっとこさ見つけたってのによ」
「む……傷ついたのか? フェイルから『ハルは悪口言われてる方が楽しそうにしてるよ』と
 聞かされていたのでな。てっきり、喜ぶと思っていたのだが」
「アホか! つーかおいフェイル! お前それどういうことだよ!? 俺を勝手に……」
「話の腰を折らないで下さい」
 何処か噛み合わない親子だったが、ファルシオンの低い声に対し同時に口を閉ざした。
「ガラディーンさんのお話にもあったように、ただでさえ低下している王族への求心力が
 より弱まるでしょう。最悪の事態を防ぐ為、勇者という称号を完全に潰そうとした。
 その為に、リオを勇者候補としたんですね?」
 ファルシオン、そしてフランベルジュが同時にガラディーンに視線を送る。
 二人にとっては、勇者計画は完全な当事者。
 特にファルシオンに関しては――――
「そして、私を舵取り役に指名した。どなたかは存じ上げませんが」
 フランベルジュとは異なる意味での当事者だった。
「……え?」
 これまでのガラディーンの発言へのそれとはまるで違い、フランベルジュの反応は
 切迫した色合いを示していた。
 舵取り役――――それが何を意味するのか、フランベルジュに一瞬で把握できるはずもないが、
 少なくとも自分とは違うという理解はできたようだ。
「……私はフランに謝らないといけません。フランにずっと言っていないことがありました。
 そしてそれは、フランを裏切っていたとさえ言えるかもしれません」
 その事実にほぼ気付いていたフェイルは、黙ってファルシオンの告白を見守る。
 リオグランテが倒れ、勇者一行としての立場は事実上消滅した今、
 敢えて告白する必要はなかったのかもしれないが、ファルシオンは敢えてこの場で口にした。
「私は王宮の命を受け、勇者一行としての行動を逐一誘導、報告していたんです」
 フランベルジュは――――目の中にいるファルシオンを、ただ呆然と眺めていた。






 

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