エチェベリア史上最高の才能と評価する声もある
 王宮騎士団【銀朱】副師団長――――デュランダル=カレイラ。
 その卓越した技能は、銀朱加入時から飛び抜けていた。
 剣士デュランダルの特筆すべき点は、腕の使い方にある。
 剣術の基本は構え。
 だが、構え以前にも間合いと抜剣がある。
 間合いはあらゆる武術に共通する空間把握能力だが、
 抜剣は最初から抜き身の槍や斧とは異なるプロセスであり、剣特有のもの。
 この抜剣自体、構えの中の一つと位置づけていることもある。
 つまり、剣術における構えはそれ自体が技術であり、攻撃の物理的始点、
 更には初速そのものといえよう。
 構えには基本形が存在するようで存在しない。
 重要なのは、本人との相性だからだ。
 人間は誰もが異なった体型をしており、重心の位置もそれぞれ違う。
 筋肉のバランスも、骨格も各自バラバラなのだから、それを一つの
 構えに当てはめても無意味なのは言うまでもない。
 だが、基本形はなくても基本的概念は存在する。
 構えは初動、即ち動き出しの為の概念だ。
 よって、如何に第一歩、最初の一振り、一突きをスムーズに
 そして無駄なく行えるかが重要であり、その為の構えと言える。
 身体の何処かに無駄な力が入っていたり、剣と身体の重心がバラバラに
 なっていたりする構えは基本概念を無視している。
 まして、違和感を覚える構えで戦場に繰り出す剣士は論外。
 如何に滑らかな動き出しをできるか、つまり如何に静から動、
 攻撃へと移行できるかが大事だ。
 銀朱加入直後のデュランダルの構えは、右腕の位置に大きな特徴があった。
 半身に構える場合、通常は利き腕を前にする。
 当たり前ではあるが、剣を握る手が後ろでは初動が大きく遅れる。
 あり得るとすれば、背に担ぐほどの大剣を得物としている剣士くらい。
 片手剣の場合はほぼ例外なく利き腕を前にする。
 しかしデュランダルは、利き腕である筈の右腕を後ろにし、
 左肩を前に突き出す構えをとっていた。
 通常ならあり得ない形に、他の騎士は不可解だと首を捻ったが、
 それをバカにしたり、嘲笑ったりする声は聞かれなかった。
 何故なら、殆どの銀朱所属の騎士がデュランダルに勝てなかったからだ。
 加えて、デュランダルは決して顔を崩したり、隙を見せたりすることがなかった。
 若くして、精神面も完成している。
 モノが違う――――誰もがそう理解するのに時間は必要なかった。
 同時に、彼があらゆる役職の就任最年少記録を更新することも。
 銀朱には剣聖ガラディーン=ヴォルスが務める師団長をはじめ、副師団長、
 隊長、副隊長、侵攻隊長、防衛隊長、分隊長などの役職が存在する。
 5年で分隊長になれればエリートと言われる中、デュランダルは僅か9ヶ月で就任した。
 異例どころの話ではない。
 だが、それ以上彼を下士官として扱うのは無理があった。
 騎士団というのは、騎士だけで構成される部隊ではない。
 各騎士の下士官、一般兵も頭数に加えられる。
 デュランダルの上官は、デュランダルが銀朱に入る前から彼に目をかけていたが、
 デュランダルの力量が自分を優に超えていると悟った時点で王宮から
 去り、剣の道をも捨てた。
 下士官との腕の差が開くにつれ矜持への圧迫を覚え、耐えきれなくなった。
 それくらい、デュランダルの潜在能力は飛び抜けていた。
 当然、その噂はガラディーンの耳にも届く。
 剣聖――――国内最高の剣士の証であるその称号を持つ屈強な男は、
 一目で自分の後継者だと確信した。
 同時に、危惧した。
 これほどの才能を持つ男が、生涯を賭して国に、王宮に剣を捧げるのか否か。
 いつか己の野心をもって剣を振う日が来るのではないか。
 確かめる必要があった。
 デュランダルが銀朱に加入して二年、侵攻隊長に任命された日、
 ガラディーンはデュランダルを王宮の外に呼び出した。
 俗物的な欲求を一切見せないデュランダルは、昇進祝賀会も拒否していた。
 そして、剣聖であり銀朱のトップに立つガラディーンを前にしても、
 顔色一つ変えず直立不動で言葉を待っていた。
「まるで鉄仮面だな。いや、銀朱の一員ならば銀仮面か」
 半ば呆れ、半ば感心しながら呟いたガラディーンの言葉は、その後の
 デュランダルの異名となる。
 その銀仮面はやはり表情一つ変えず、深淵を覗くような目でガラディーンと
 対峙し続けた。
「デュランダル=カレイラ。汝に問う。その剣は誰の為にある?」
 ガラディーンは回りくどい会話が苦手だった。
 率直に問い、答えを聞き、まずは信じる。
 信じた上で、言葉の重みを感じ取り、その後の判断を下す。
 戦闘スタイル同様、王道と言える実直さで問いかけた剣聖に対し――――
「私の剣は、私の為にあります」
 デュランダルもまた、実直に答えた。
 ガラディーンはその度胸の良さを褒め称えつつも、危惧していたことが
 現実に起こり得ると確信し、剣を抜いた。
 警告を発するだけでは、この男には通じない。
 剣をもって剣を制す。
 それだけが唯一、デュランダルの無形の野心を御する手段だと確信した。
 デュランダルにもその意図は通じていたらしく、何一つ異論も感情も挟まず、
 同じように剣を抜いた。
 右腕を後ろにした半身の構え。
 デュランダルは相手の攻撃を抜剣と同時に捌き、その動作の延長で
 敵に剣を入れるという戦闘スタイルを誇示していた。
 一方、ガラディーンはオーソドックスな正面から切り込むスタイルを好んでいた。
 衝突は一瞬――――
「……素晴らしい」
 デュランダルの声は、地面に伏したまま発せられた。
 その似つかわしくない爽やかさすら含んだ声とは対照的に、
 立っているガラディーンは顔面蒼白となっていた。
 勝ったのは、立っている自分――――その筈だと一度自問自答しなければ
 ならないほど、混乱していた。
「今のは……一体何だ?」
 乾燥した唇を動かし、ガラディーンは問う。
 先刻、彼の目に入ったデュランダルの動きは余りに異質だった。
 ガラディーンの初撃を躱すのではなく、いなすのでもなく、迎え撃った。
 それも、右腕で。
 まるで他の上体の部位とは連動しない、それでいてこの上なくなめらかな動きで
 後方から剣を振ってきた。
 曲線的に、弧を描くように真横から襲って来るその斬撃を、
 ガラディーンはハッキリと視認できなかった。
 マズイ――――そう直感的に危機感を抱いた刹那、ガラディーンは一歩前へ
 踏み込み、自分の間合いを捨ててデュランダルへ体当たりをした。
 剣ではなく、体格で勝利した。
 それは剣士、そして剣聖という立場にいるガラディーンにとって、屈辱的ですらあった。
「これが……私です。私の運命と言ってもいいかもしれません。私を今より遥か上の
 頂へといざなう、悪魔からの贈り物です。まだ未完成ですが」
「悪魔……か」
 ガラディーンはまた一つ確信した。
 デュランダルの未来に、二つの道があると。
 そしてその一つは、エチェベリアという国そのものを背負う道だと。
 自分をも越える器と『腕』を目の当たりにし、そう結論付けた。
「……ならばデュランダルよ。その右腕、暫く封印するがよい。完成するまで
 誰に対する使用も禁ずる。そして完成した時、今一度某に見せてくれ」
「ならば私からも一つ」
 デュランダルはゆっくりと上体を起こし、告げる。
「その時は、もう一度剣を交えましょう。お互いに遠慮なく、気兼ねもなく。
 立場も思惑も捨てて……剣で語りましょう」
 笑顔こそなかったが、充実した顔で。
 天才であることを誰一人疑わない男の、初めての敗北と充足。
 その瞬間――――エチェベリア王宮騎士団【銀朱】に二つめの巨星が誕生した。






 

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