「……保護して、どうするつもりなのさ。まさか監禁でもする気なの?」
 剣を掲げたカバジェロに対し、フェイルは構えた弓をダランと下げ、問う。
 本当は、もっと聞きたいことはあった。
 トリシュを『保護する』とはどういうことか。
 トリシュの『性質』とは何か。
 だが、それよりも優先すべきは自分達の身の安全。
 敢えて、カバジェロを刺激するような質問をぶつけたのは――――
「監禁……成程」
 カバジェロの真意を早めに明らかにする為。
 そして――――
「答える義務はねぇな」
 まるで予期しようのない、突然の殺気と共に真後ろに現れた
 もう一人の戦力を――――おびき出す為。
 この面子なら、アドゥリスも必ずいる。
 誰にでもできる推察だ。
 ここまで気配を見事に消すのは予想外だったが――――
「なら、力ずくで聞くよ」
「!?」
 自分の振りかざした縄標より遥かに早くフェイルが振り向いたことも、
 アドゥリスにとって予想外。
 その困惑の表情を見ることもなく、フェイルはブラリと下げていた弓で
 アドゥリスの脛を強打し、直ぐに左手を握り顔面に殴りかかる。
 体術は申し訳程度しか身につけていない為、鋭さはないが、
 全身が痺れるような激痛が走っている今のアドゥリスに防ぐ術はない。
 一方、既に一秒以上カバジェロに背を向けている事実は危惧せざるを得ない。
 ここで襲いかかってこられれば、為す術はないからだ。
 あらかじめファルシオンに目配せして結界を綴るように合図していたが、
 上手いタイミングで実行してくれるかどうかはわからない。
 結界により攻撃を防いでくれたとしても、その直後にフランベルジュが
 仕掛けなければ、今度はファルシオンが危険だ。
 そういった数々の懸念がありながら――――
 フェイルはカバジェロに背を向けたまま、アドゥリスに向かって左腕を振り切った!
「グハッ!」
 やはりアドゥリスは対応できず、フェイルの左手に強い手応えが生まれ、
 アドゥリスの身体が後方に吹き飛ぶ。
 ここまでは予測済み。
 後は――――祈念にも似た心境で、時間の経過を待つ。
 左腕を振り抜き、その勢いを利用してカバジェロの方に振り向くまでの間、
 いつ斬撃によって背中を切り裂かれるかという恐怖がフェイルを蝕み続けた。
 僅か一瞬ながら、その時間は永遠とさえ思えるほどだった。
 斬撃は――――なかった。
 だが結界に剣が跳ね返される衝突音もない。
 振り向いたフェイルの視界に入ったのは、フェイルには目もくれずファルシオンに
 向かって剣を抜くカバジェロの姿。
 フェイルの支援を行おうとしていたファルシオンには、反応しようがない。
 予想外だった。
 騎士道を謳っていたカバジェロが、非力な魔術士、それも女性を相手に
 躊躇なく斬り込もうとしているその姿は、想像すらできなかった。
 背中の矢筒から矢を取る余裕もない。
 フェイルとカバジェロの距離は、歩幅にして五歩ほどの距離。
 何をしようとしても間に合わない。
 ファルシオンも、観念したかのように口を真一文字に閉じ、目を瞑る。
 カバジェロの顔に、微かな笑みが浮かんだ。
 
 鮮血が――――舞った。

「……お見事」
 称賛の言葉と共に崩れ落ちたのは――――カバジェロ。
 警吏の制服に身を包んだその左半身に受けた裂傷によって。
「はっ……はっ……」
 フェイルの目に、息を荒く吐いて顔を強張らせ、愛剣を振り下ろしたまま
 固まっている金髪の女性剣士が映る。
 カバジェロを斬ったのは、フランベルジュだった。
 これまでの彼女なら、一瞬の攻防についていくことができず、
 ただ呆然と立ち尽くしていたかもしれない。
 カバジェロが自分達を襲おうとしている事実に混乱し、硬直していただろう。
 フランベルジュの放心したような表情が、考えての行動ではなかったことを
 如実に語っている。
 咄嗟の反応で、フランベルジュはファルシオンを救い、カバジェロを倒した。
「……私……」 
 今までにない手応えが自分の中にあったらしく、フランベルジュは未だに
 信じられないといった顔で棒立ちになっていた。
 瞬間的な反応こそが、戦場における自分や仲間の命運を決める。
 語るのは容易だが、それを実感するのは単に才能や努力の問題ではない。
 実行して、初めて得る感覚。
 フランベルジュは今、初めてその境地に達した。
「フラン……助かりました」
「そ、そう……?」
 戸惑いながら、フランベルジュはそれだけ答え、フェイルに目を向ける。
 エル・バタラに向けて、フランベルジュはフェイルと共にひたすら修練を重ねた。
 フェイルは実戦で生きる技術や精神論をとことん教示した。
 だが、大会でその成果は見せられなかった。
 自分だけの努力なら、それも仕方がないと割り切れる。
 努力というのはあくまで、成果を得る為の手段であり、成果を保証する契約ではないのだから。
 無駄だったとしても、それは一つの経験であり、ただのありふれた挫折だ。
 けれど、協力者がいれば話は違う。
 自分だけでなく、協力者の時間と労力さえも無駄にしてしまったとなると、
 単なる挫折では済まない。
 期待を裏切り、迷惑をかけてしまった――――
 フランベルジュの中にはずっと、そんな燻った思いが沈殿していた。
 尊大な態度や言動の裏で、彼女は常に繊細だった。
「……」
 フェイルはそんなフランベルジュに、驚いた顔は一切見せなかった。
 こうなることを期待して、心血を注ぎ指導したのだから、意外でもなんでもない。
 大会での成果も勿論期待していたが、それ以上に重要なのはフランベルジュが
 目標である女性剣士の地位向上を達成すること。
 その為の地力を付け、実戦で『使える戦士』にならなければならなかった。
 今見せるべきは、驚愕や感心の表情ではない。
 必要なのは――――
「フラン」
「な、何?」
 彼女に伝えるべきは――――
「よくなったね」
 戦士としての成長を認める一言。
 剣士は剣を扱うのみにあらず。
 剣を扱う戦士でなければならない。
 弓兵が、弓を扱う戦士でなければならないように。
 フェイルはフランベルジュを、使える戦士と認めた。
「……!」
 そんなフェイルの思いを、フランベルジュがどれだけ汲み取れたかは定かではない。
 ただ、認められたという事実が伝わったのは確かだった。
 今にも綻びそうな顔を必死で戒めている、それでいて隠せない熱気で上気した
 その微妙な表情が物語っていた。
「……」
 ファルシオンはこっそり涙ぐみ瞬きが多くなったフランベルジュの姿に、
 仲間として祝福する思い、助けて貰った感謝と心強さ、そして――――
 一握りの嫉妬を覚え、微かに俯いた。
 その嫉妬が、フランベルジュの成長に対するものなのか、全く別の感情なのかは
 ファルシオン本人にもわからない。
 そして、彼女自身自分の感情への深い追及は控えることにした。
 今はそれより他に、すべきことがある。
「ぐ……畜生……なんだってんだ……」
 フェイルに殴り倒されたアドゥリスが、自分の歯を砕きそうなほど
 食いしばった顔で立ち上がる。
 フェイル、フランベルジュ、ファルシオンの三人は、その姿を静観していた。
「なんでオレの人生、負けばっかりなんだよ……なんにもいいトコがないじゃねぇかよ。
 不意打ちまでしてこのザマじゃ……カッコ悪すぎるじゃねぇか」
 狂犬どころか負け犬に成り下がった男の姿は、ただただ哀れだった。
「ちっくしょー、逃げられちまったですよプリプリ。ん? なんですかこの負け犬っぽいの。
 トリシュ、腹いせにズビッと斬っちゃっていいですか?」
「いや、それは……」
「出来れば、遠慮頂きたい」
 地に伏していたカバジェロが、力ない言葉で訴える。
 フランベルジュの斬撃はあくまでファルシオンを助ける為のカバジェロの無力化が
 最優先だったため、踏み込みより振り下ろす速度を優先しており、致命傷とはなっていなかった。
「惨めな男ではあるが、憎めないところもあるものでね。見逃して貰えればありがたい」
「随分勝手じゃないの? なんの落ち度もない私達を襲っておいて、見逃せなんて」
 自分が倒した相手に対し、フランベルジュは忌憚なく告げる。
「落ち度もない……か」
 だが、カバジェロは意に介さず、寂しげな声で微かに笑った。
「な、何がおかしいのよ」
「滑稽とは言わぬ。だが、落ち度がないというのは少々、物を知らぬと言わざるを得まい。
 勇者一行よ、貴殿らには罪がある。あの少年をヴァレロンへと連れてきた罪が」
 カバジェロの声は、内に籠もっていた。
 罪を指摘していながら、まるで自分に対して言っているかのような。
「……僕達が今一番欲しいのは、情報だ。それをくれるのなら、傷の治療もするよ」
 そう交渉を持ちかけたフェイルに対し、カバジェロが――――
「ん、誰か近づいてきますよ。三人いますね。気配、ビンビンと感じとっちゃいますよ。
 どーします? 殺せと命令するならトリシュ、グビシッと全員やっちゃいますよ、マスター」
 何か答える前に、両目の上に右手を添えたトリシュが物騒なことを言い出した。
「いつから僕がマスターになったのさ……」
「アロンソ隊長についていくより生き延びられそうなのです。ケケケ」
 奇妙なことになったものの、それより気になるのは――――近づいてくるという三人。
 フェイルが梟の目で確認すると、確かに並び歩き近づいてくる三つの人影が遠くにぼんやり映った。
 一瞬、カバジェロと縁のあるスティレットとヴァールを想像したが、僅かに確認できる
 輪郭から、該当する人物はいないと判明。
 何より、敵意や殺気が一切ない。
 そして、その人影が特定可能なまで近付いて来た時――――
「……やっと見つけた」
 安堵の息を吐き、フェイルは弓を背負った。








 

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