コン――――コン――――
「時間だ」
 ぶっきらぼうなノック音と、素っ気ない声。
 フェイル達が、いつの間にか寝入っていた自分達を自覚したのは、
 その音がなくなって数拍後の事だった。
 余程疲労が溜まっていたのか、三人揃って同じ部屋で眠っていたらしい。
「……朝か」
 寝ぼけ眼で首を回し、フェイルは全身の倦怠感を解す。
 深い眠りに就いたことが幸いしたのか、体調は久々に良かった。
 視界も徐々に明瞭になり、右目を瞑ると薄暗い部屋が綺麗に映る。
 万全だ。
「おはようございます」
「くぁ……おはよ」
 女性二人も目覚めたらしく、それぞれ気怠げに朝の挨拶を交わす。
 尤も、朝かどうかはわからないのだが。
「っていうか……一応僕男なんだけど。もう少し、何でここで寝てるんだーっ
 とか言って叫んでもよくない?」
「フェイルさんは人畜無害ですので」
「二人がかりなら普通に勝てるし」
 論点がどうにも噛み合わず、フェイルは嘆息しながら自分の部屋へと戻った。
 尤も、もう自分の部屋として使うことはないのだが。
「ありがとうございました。助かりました」
「ああ。また来い」
 身支度を終え、ミルク代と情報料を支払ったフェイル達は、それほど遠くない
 合流地点へ向かって歩を進める。
 そして――――拍子抜けするほどあっさりと目的の柱まで辿り着いた。
 あとは待つだけ。
 何事もなく、ハルとアルマが現れることを信じて。
 だが世の中、そうは甘くないらしい。
 それはフェイルも、ファルシオンも、フランベルジュもよく知っていた。
 それでも心の何処かで、すんなりと仲間が増えることを期待していたし、
 そうなると信じていた。
 なのに、何時間待っても二人は現れない。
 時間経過が日の傾きで計れない為、何時間なのかはわからないが――――
 確実に、予定時刻を大幅に過ぎていた。
「……これ以上ここにいても無意味かもしれません」
 非常ではあるが、正しい結論。
 ファルシオンは敢えて、その通告を引き受けた。
 マスターに言伝までして定刻通りに来ないということは、そういうことだ。
 情報を売る酒場のマスターが嘘を吐くはずもないのだから、
 考えられるのは一つしかない。
 ハルとアルマに、何か重大な問題が生じていること。
 その中には、いくつかの『最悪のケース』も含まれている。
「……」
 フェイルは歯を食いしばり、失望ではなく怒りを露わにした。
 この現状は一体、何だ。
 次々に周囲の人間が、それを取り巻く環境が、おかしくなっていく。
 誰が何をしたというのか。
 皆、精一杯昨日を生き抜き、今日を生き、明日を生きようとしているだけだ。
 こんな理不尽を、誰が押しつけているのか。
「行こう」
 フェイルはそれだけを告げ、待ち合わせ場所として設定された
 柱に背を向けた。
 すると――――
「……!」
 その直後だった。
 真後ろから突然現れる、膨張した敵意。
 そして、鋭く磨かれた殺気。
【ウエスト】へと通じる柱の扉が突如開き、次の瞬間――――
「あぶ……!」
 フランベルジュの悲鳴にも似た警告。
 無言で魔術を編綴するファルシオン。
 だが、成長したフランベルジュの瞬発力も、オートルーリングによって
 高速化されたファルシオンのルーリングも及ばない速度で、
『それ』はフェイルに襲いかかった。
 普通なら、反応どころか認識すらできない速度。
 完全に虚を突かれ、それでなくとも対応できるかどうか怪しいくらいの
 鋭い攻撃なのだから、回避などできるはずもない。
 待っているのは、死。
「あ――――」
 その筈だった。
 なのに、フェイルは自分自身が感知しない動きで、その襲撃を避けた。
 気付けば身体を左斜め下へズラし、その鋭い斬撃を躱していた。
 理由は直ぐに判明する。
 同じだったからだ。
 先日戦った時のリオグランテと。
 先刻戦った時のファオと。
「ケケケケケケ! お命頂戴なのです! デュランダル=カレイラ!」
 そう叫びながら再度、フェイルと向き合い――――
「……あれれ?」
 間の抜けた顔で、左手で握った剣をぶらんと下げたその姿は。
「……今度こそ、ですね」
「トリシュ……なんなの、貴女は」
 ファルシオンとフランベルジュが同時に脱力。
 そう。
 その姿は、傭兵ギルド【ウォレス】アロンソ隊の一人、トリシュ=ラブラドールだった。
「おっかしいですね。確かにここへデュランダル=カレイラが来るという情報を
 ウエストから買い取った訳なのですが。貴方、デュランダル=カレイラじゃないです」
「……ああ、違うよ。見ればわかるよね」
「うーん。これはもしかしてトリシュ、ガセネタぶっこまれました?
 だとしたら許せませんね、ウエストの連中。今からぶっ殺しに参りますよ。ではではー」
 ササッと柱の中へ逃げ込もうとしたトリシュだったが――――
「わひっ!」
 扉に手をかけた瞬間、飛んできた矢に慌てて手を引っ込める。
 冷汗と共に見つめた先には――――
「……勝手にケンカ売っておいて、それはないよね?」
 目の据わったフェイルがいた。
 笑顔で。
 先程のトリシュを凌ぐ殺気をまとって。
 これには、当事者のトリシュだけでなくフランベルジュとファルシオンも
 思わず一歩後退る。
「あ、あ、あのですね。違うんですこのヤロー落ち着きやがれなのです。
 間違いは誰にでもあるものなのですケッケッケ。許しやがれなのです」
「やかましいね、その口。頬を射抜けば開かなくなるかな……?」
 ハルとアルマのことで、ここ最近の理不尽続きに対しとうとう怒りが頂点に達していた
 フェイルは、明らかにその捌け口を探していた。
「どわーっ! 待って下さい待って下さい! トリシュ、悪かったです!
 反省反省そのまた反省なのです! アロンソ隊長に褒めてもらうために
 必死だったので、敵さんの確認を怠っただけなのです! そういうとこ、誰にでもあるでしょズビッと!」
「ある訳がないよね」
「その笑顔ちょー怖いのです! どうせなら鬼のような顔で怒鳴って欲しいくらいです! ひーん!」
「ちょ、ちょっと待った。もう良いでしょう? これくらいで許してあげて」
 ガタガタ震えるトリシュをいたたまれなく思ったのか、フランベルジュが
 トリシュを庇うようにフェイルの前に立ち、本気で制止する。
 それくらい、今のフェイルは本気なのか冗談なのかの区別がつかなかった。
「ま、冗談だけどさ」
「とてもそうは思えませんでしたが……」
 嘆息混じりに番っていた矢を再び矢筒に戻すフェイルに、
 ファルシオンは冷や汗を拭いながらも安堵の表情を浮かべていた。
 だが直ぐに表情を戻し、トリシュへと視線を向ける。
「トリシュさん。人違いだったことはわかりました。幾つか私達の質問に
 答えてくれたら、先程の殺人未遂は水に流しますけど、どうします?」
「向けられる言葉が生々しいのです……」
「っていうか、実際そうだから」
 すっかり意気消沈したトリシュに、フランベルジュがジト目で指摘。
 とはいえ、何処かフランベルジュは嬉しそうだった。
「フェイルさんも、それでいいですよね?」
「勿論。じゃないと脅した意味がないから」
「……本当ですか?」 
 最初からそのつもりだった、と主張するフェイルに、ファルシオンは
 疑惑の目を向けつつも、敢えてそれ以上の追及はしなかった。
 今はそれどころではない。
 ハルとアルマがここに来なかった代わりに、デュランダル=カレイラが
 ここへ来る予定だったのであれば、そこには必ず関連がある。
 何よりフェイルにとって、デュランダルの名前は無視できる筈がない。
「では、私から質問ですが……どうして、貴女はデュランダル=カレイラを
 討とうとしたんですか?」
 良い質問。
 フェイルは思わずそう叫びそうになった。
 それに対し、は――――
「ではシュビッとお答えします。デュランダル=カレイラは、敵なのですよ。
 あのすまし野郎、ウォレスを根絶やしにするつもりなのです」
 余り緊張感のない声で、恐ろしいことを言い始めた。








 

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