差し当たって行動方針が定まったこともあり、フェイル達は
 一休みした後にヴァレロン・サントラル医院、地下支部からの移動を試みた。
 メトロ・ノームは終始薄暗く、フェイルの鷹の目を使うことはできない。
 また自分達の位置を知られやすい松明の使用も控えていたことで
 やたら時間はかかったものの、敵襲に遭うこともなく――――
「あれ、酒場かな……うん、間違いない。酒場【ヴァン】だ」
 無事に目的地へと辿り着いた。
 フェイルは地上に戻る際、ハルにアルマの護衛を頼んでいる。
 今彼らが何処にいるかはわからないが、少なくともアルマ邸にはいないだろう。
 最初に隠れ家にしようとしていた、柱の中の隠し部屋もあり得ない。
 となれば、知っている場所を虱潰しに当たっていくしかない。
 ならば、位置的にも施設的にも酒場が一番望ましい。
 そこには、地下の情報を処理するマスター、デュポール=マルブランクが
 存在しているのだから。
「お久しぶりです、マスター」
 幸いにも、デュポールは今まで通りカウンターの中で
 ニヒルな佇まいをみせていた。
 だらしない体型もそのままだが。
「フェイル=ノートか。また戻ってきたんだな、ここに」
「はい。末永いお付き合いを、ということだったので」
「うむ。マスター冥利に尽きるな。注文は?」
「酔わない飲み物3つと、情報を」
 酒場に来て、全員が酒を頼まないというのは中々に非常識ではあるが、
 デュポールは気にする素振りは一切見せず、ミルクを三つの容器に注ぎ
 それを丁寧に三人の前へ並べた。
「情報は、アルマの事かね」
「御名答です。今何処にいるか、わかります?」
「それは極めて難しい質問だ。実に答え辛い質問だ」
 そんなデュポールの返答にわざとらしさを感じ、一瞬フランベルジュが
 眉を潜めたが、フェイルは落ち着いた様子で一つ頷いた。
 そして――――
「アルマさん達が確実に立ち寄る場所を教えて下さい」
 質問を変える。
 アルマはハルによって護衛されており、この場にはいない。
 そして、一所に留まっている保証は何処にもない。
 今何処にいるか、という質問に答えられないのは当然だ。
 だが、アルマとハルがフェイルの帰りを待って合流を望んでいるのなら、
 マスターであるデュポールに言伝を残している可能性は高い。
 となると、考えられるのは合流場所。
 居場所を特定されない為に常に移動しているなら、合流する為には
 何処か待ち合わせ場所を決め、そこに定期的に通えば良い。
 あとは、メトロ・ノームに戻ったフェイルがマスターからその
 待ち合わせ場所を聞き、その場所で待っていれば必ず合流できる。
 あらかじめ決めておけばよかったのだが、当時はそこまでの余裕はなかった。
「それならば極めて簡単だ。【ウエスト】へ通じる柱だ」
 それは、最初にアルマとフェイルが出会った時に赴いた場所。
 ここからも近い。
「ただし、約20時間後だ。少し間が悪かったな」
「毎日、決まった時間に巡回してるってことですか?」
「正確には、一時間ずつズラしているようだ。ハルという男、ああ見えて
 意外としっかり考えているようだな」
「……」
 ハルが褒められた事に、フェイルは少し嬉しさを覚えた。
 後は、無事に合流できるかどうか。
 それがわかるのは――――20時間後。
「結構……長いですね」
 そう呟いた後、ミルクをコクコクと飲み干し、ファルシオンは小さく息を吐く。
 確かに長い。
 しかも正確な時間を知るとなると時計が必要だ。
 このメトロ・ノームには日時計も、時を知らせる鐘の音も存在しない。
 デュポールが時間を正確に把握しているようなので、ここにいれば問題はないが――――
「時間が来るまで、ここで休んでも構わないぞ。部屋は空いている。
 19時間後でいいなら知らせよう」
 幸いにも、デュポールからありがたい申し出。
 断わる理由はなく、また移動やら何やらで疲労が抜け切れていないこともあり、
 暫く酒場の二階にある部屋を借りることにした。

 


「……はぁ」
 酒場【ヴァン】の客室で、フランベルジュは大きなため息を吐く。
 部屋はそれぞれに一室宛がわれたが、何となく三人とも一番手前の
 フェイルの部屋に集まり、しかし話すこともなく黙ったまま天井や
 壁を眺め、時間を潰していた。
 一人になりたくない――――そんな心境と、何かを話せばリオグランテの
 事が頭を過ぎるという切実さが混在した、奇妙な空気。
 それを払拭しようとしたのは、意外にも――――
「私達はこれから、どうなるんでしょうね」
 ファルシオンの不安げな呟きだった。
 微かに驚きを覚え、眉をピクリと動かした後、フランベルジュが瞑目する。
「そうね……利用されるだけされて、最終的に始末しようと考えている
 連中がこの国のエラい人だっていうなら、一生追われながら生きていくか、
 別の国に逃げて別人を装って生きるかの二択しかなさそうだけど」
「私達はそうかもしれません。でも、フェイルさんは違います。勇者計画とは
 関係がない立場の人ですから」
 ファルシオンの顔は、フェイルに向けられていた。
 表面上は通常時と微々たる変化でしかないが、心底申し訳ないという感情が
 色濃く伝わってくる。
 フェイルは慌てて首を横に振った。
「僕は別に巻き込まれた訳じゃないよ。勇者計画の方はともかく、花葬計画の方は
 僕と無関係って訳じゃない。僕だって当事者なんだから」
「死の雨、って言ってたっけ、あの女。効力がなかったのは助かったけれど、
 死ぬかもしれない雨を知らない内に浴びてたって事実が気分悪い」
 フランベルジュが憎々しげに呟きながら、長い金髪を掻き上げる。
「大体、花葬計画って結局何が目的なのよ。勇者計画の方はまだ、わかりやすい
 って言えばわかりやすいけれど、こっちは意味不明よ。そもそも何が『花葬』なの?」
「……花は植物の象徴的な言葉として使われてると思う。この計画は、植物が
 大きく関わってるから、その意味での『花葬計画』だ」
 憤慨するフランベルジュに対し、フェイルは努めて冷静に答える。
 そして、苦々しい表情で天井を見上げた。
「目的そのものは、正直わからない。ファオさんが言ってた『検査』だけが
 目的なら、余りにも非人道的だ。他に理由があるのかもしれない。何にしても、
 無差別殺人ってことには変わりないけど」
 ふがいなさがある。
 歯痒さがある。
 悔しさがある。
 二つの計画に関わっている人物がいずれも、自分にとって恩人であるという事実に。
 花葬計画に関わっている人物が、自分にとって――――
「確かなのは……ビューグラス=シュロスベリーが無差別殺人の計画に大きく
 関わっている、ってこと」
 切っても切れない関係の人物だという、悲しい現実に。







 

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