ヴァレロン・サントラル医院、地下支部の室内に灯りが点る。
 ハイトがファオを抱えて去ってから暫くの間、フェイル達はそれぞれに
 疲労感を引きずった顔で、床に腰を下ろしていた。
 負傷者がいる訳ではないが、突発的な戦闘があると精神的な摩耗は尋常ではない。
 あらためて、今自分達が置かれている立場の難しさを痛感していた。
「……これから、どうするの?」
 周囲の見回りを終え、戻ってきたフランベルジュが誰にともなく問う。
 実際、行動方針は宙に浮いたままだ。
 ファオの後を追い、この施療院に来たことで複数の情報を得た。
 ヴァレロン新市街地で何が起こったのか。
 指定有害人種とは何なのか。
 ファオ、ひいてはヴァレロン・サントラル医院の目的。
 これらの情報から、何を優先して行うべきか。
「一つ、確認したことがあるんだ」
 フェイルは疲れた身体を強引に立ち上がらせ、肩を回した。
「その為に、地上に一旦戻りたいんだけど」
「え……?」
 何気なく言い放ったフェイルの言葉に、ファルシオンとフランベルジュが
 同時に驚愕の表情を浮かべる。
 無理もない。
 決死の思いで来たこのメトロ・ノームから、ものの数時間で脱出すると言っているのだから。
「何を確認したいんですか?」
 当然といえば当然のファルシオンの疑問に、フェイルは答えない。
 答えられる内容ではなかった。
 それは――――リオグランテに関する確認だからだ。
 フェイルはハイトから得た情報、ファオの変質ぶりから、リオも指定有害人種の
 候補者である可能性が高いと目していた。
 だが、それを二人に話したところで、納得して貰えるとは思えず、
 寧ろ最悪のケースでは多いに二人を傷つける可能性がある。
 ファルシオンとフランベルジュの視点では、リオの変質はあくまで性格的なものに
 留まっており、それは単なる力を付けた自分に対する自惚れにしか映らない。
 それが指定有害人種の判断材料となるはずもない。
 だが、フェイルは見ている。
 リオグランテの確かな生物兵器としての変質を。
 これまでは推測で語るしかなかった部分が、ハイトの説明で客観的事実を伴い
 確信を得た。
 リオグランテは、指定有害人種。
 少なくともその候補者ではあると。
 けれど、リオグランテの変質を目撃していないファルシオンとフランベルジュに
 説明したところで、心の底から納得するとは思えない。
 それだけならいい。
 フェイルが今からしようとしている確認は、指定有害人種かどうかという点ではない。
 ハイトのように、死を奪われた存在となっている可能性に関してだ。
 もしかしたらリオグランテは生きているかも知れない。
 だが、そうとは限らない、
 ハイトが受けた『毒』がリオグランテの中にあるかどうかはわからないのだから。
 生物兵器の投与が指定有害人種の条件であるならば、ハイトの毒とリオグランテの
 体内の生物兵器が同じ種類のものだという保証など、何処にもない。
『もしかしたら、リオが生きているかもしれない』
 そんな無責任なことを、誰が言えるだろうか。
「不許可よ」
 フェイルの苦悩を知る由もないフランベルジュが、ツカツカとフェイルに近寄り
 その額を剣の鞘でコツンと叩く。
「地上にいると危険だから、ここへ来たんでしょう? 確認したいことがあるのなら、
 もう少し情報を得てからでいいんじゃないの? さっき言ってた『死の雨』っていうのが
 どれくらいで効果が消えるかわからないのに、むざむざ舞い戻ってどうするのよ」
 フランベルジュの言葉は、驚くほどに正論だった。
 実際問題、リオグランテの生死を確認しに行ったところで意味は薄い。
 生きていれば、仲間がいないことに不安を覚えるだろうが、それだけだ。
 フェイルが地上へ戻らなければ生き返らない、という訳でもないのだから。
「……そうだね。焦る理由はなかった。ありがとう、フラン。頭が冷えたよ」
「わかればいいのよ」
 照れ臭げに、フランベルジュは剣を腰に収める。
 そのやり取りを、ファルシオンが感慨深げに眺めていた。
「な、何よ」
「フラン、本当に成長しましたね。まさか貴女がフェイルさんを宥める日が来るなんて
 夢の中の夢にも思わなかったです」
「……そういうアンタだって、いつのまにか感情が顔に出るようになったじゃない。
 人間だれだって変わっていくものでしょ」
「そうですか? そんな自覚はありませんが……」
 二人の微笑ましい会話を耳にしながら、フェイルは頭の中をリオグランテから
 アニスに切り替えていた。
 アニスもまた、指定有害人種候補の一人。
 或いは、候補ですらないのかもしれない。
 以前、デュランダルはこう言っていた。

『この地域一帯の中に、四人の【指定有害人種】の存在が確認されている』

 最低でも四人。
 少なくとも四人は、生物兵器を投与された哀れな人間がデュランダルに把握されている。
 一方、フェイルが把握している人数はそれよりずっと多い。
 自分、アニス、リオグランテ、クラウ=ソラス、ファオ、トリシュ。
 そして――――デュランダル。
 異質な変容を見せた、或いは明らかに人間を超えた能力や動きを見せた連中は
 これだけいる。
 他にもいるかもしれない。
 ただ、問題はそこにはない。
 もっと切実で、恐ろしい現実の可能性だ。
 仮に、デュランダルがリオグランテを殺した理由が、指定有害人種候補だから――――
 だとしたら。
 これから先、フェイルは師匠と呼んでいた男に狙われるかもしれない。
 まだあくまで候補だからこそ、見逃されていたのかもしれない。
 リオグランテについて、指定有害人種と確定できる有力な手がかりを得たのかもしれない。
 ただ単に始末したのかもしれないし、生き返るかどうかを見定めているのかもしれない。
 ――――あくまで、これらは推測の域を出ない。
 だが、自分が、或いはアニスが今後デュランダルによって始末される可能性も
 十分にあると思っていなくてはいけない。
 だからといって、アニスを助けに行くのは難しい。
 もしデュランダルがフェイルの動向に目を光らせていた場合、
 アニスがいる病室までバレてしまうからだ。
 結論を出すならば、やはり地上で出来ることは限りなく少ない、となる。
「当初の予定通り、味方を募るしかない。アルマさんの状況も気がかりだ。
 このメトロ・ノームを管理してる彼女に何かあったからこそ、
 光が殆ど途絶えている状態になってると思う」
「アルマさんについては同意します。ただ、味方のアテはあるんですか?」
 問いかけるファルシオンに対し、フェイルは少し迷いつつ――――
「……一応、友達だから大丈夫だと思うけど」
 不安げに、でも力強く頷いてみせた。







 

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