顔を覆っていた黒い布を全て外したファオは、驚愕の表情のまま
 フェイルたちを凝視していた。
 自分が射抜かれたことより、自分を追跡していた相手が敵ではないという
 ファルシオンの言葉に衝撃を受けているようだ。
 一方、彼女にその事実を突きつけたファルシオンはというと、
 ファオの反応をじっと観察していた。
 演技ではない。
 そう判断する明確な材料がある訳ではないが、わざわざ服を着替えてまで
 奇襲を仕掛け、返り討ちにしようと構えていたのが何よりの証。
 つまり――――
「貴女は、自分が誰かに狙われていると思っているんですね?」
「それは……うっ」
 答えようとしたファオが、激痛で顔を歪める。
 右肩には矢が刺さったまま。
 肩部も黒い布で覆われている為、どれほどの出血になっているのかは
 外からは判断し辛いが、相当な痛みが走っているのは想像に難くない。
 ファルシオンは、フェイルの方に視線を向けた。
 フェイルは変わらず、家の扉の傍に立っている。
 今もなお、警戒心は全く解いていない。
「フェイルさん。このままでは会話に支障をきたします。先に治療を……」
「ダメだ」
 ファルシオンの言葉を最後まで待たず、フェイルは強い否定を唱えた。
 その瞬間、ファオの顔が青ざめる。
 顔には汗が滲んでいた。
 激痛による発汗というよりは、何かを恐れているような――――
「その矢には毒を塗ってる」
 そう。
 まさに、フェイルが示した矢毒をファオは恐れていた。
 矢に毒を塗り、殺傷力だけでなく付随の効果を持たせるのは、
 弓使いの基本的な行動。
 実際、フェイルたちがファオとこのメトロ・ノームで再会した時、
 彼女が看たアランというアロンソ隊の一員も、矢毒によって深刻なダメージを受けていた。
 そしてその際、ファオはフェイルが薬草士だということをフェイル自身の
 口から伝えられている。
 薬草士が放った矢に、毒が塗られている可能性が極めて高いのは明瞭。
 瞬間的にであっても理解できる組み合わせだ。
「ちょっと……え? 毒?」
 フランベルジュが驚いたように声をあげ、ファオ同様に青ざめる。
 無理もないこと。
 先程フェイルが放った矢は、フランベルジュの耳と頬を掠めかねない位置を
 通過したのだから。
 もし掠りでもしていれば、フランベルジュが毒を受けていたことになる。
「大丈夫ですよ。薬草士が毒を持っているということは、解毒剤も持っているということです」
 そうファルシオンから説明を受けるものの、フランベルジュの顔色は変わらなかった。
「……私は何をすればいいんですか? そういうことですよね?」
 尋常でない発汗が見られるファルに対し、フェイルは依然として
 扉の傍から動かないまま、物わかりのいい医師に対して一つ頷いた。
 そう。
 これは脅迫。
 死にたくなければ、言うことをきけ――――と。
 フェイルは鋭い目で、ファオを脅迫した。
「まずは、僕たちの安全の保証を。貴女の様子を見れば、貴女の仲間が周囲にいないのはわかる。
 でも、念のために確認しておきたいんだ」
「いません。私はヴァレロン・サントラル医院の派遣医師として、ここに一人で
 定期的に出張しています。今回もそうです」
「出張の目的は? あれだけの大病院が、常駐させずにわざわざ院長の秘書を
 出張させるなんて、治療だけが理由とは思えない」
 刺すようなフェイルの指摘に、ファオは無意識に唇を噛み締めた。
 答えを先回りされ潰されただけでなく、自分の命が囚われている状態。
 フェイルを納得させられなければ、治療を放棄され死に至る可能性がある以上、
 気の利いた答えを探す余裕はファオにはない。
 まして、押し問答など論外だ。
「……約束します。貴方がたの知りたいことを、私の知っている範囲で話します」
 観念したように、ファオが俯く。
 脅迫に屈したと、そう宣言したも当然の言葉だった。
 フェイルはそれに対しもう一度頷き、フランベルジュに目を向けた。
「フラン、場所変わって。外の見張りをお願い」
「……」
 返事はせず、フランベルジュは早足でフェイルの方へ向かう。
 そして、フェイルの傍まで来たところで――――
「本当に毒、塗ってるの?」
 ボソッとそう問いかけた。
 フェイルは眉一つ動かさず、コクリと頷く。
「防腐剤も一応、ちょっとだけ毒性があるからね」
「……どうせそんなことだろうと思ったけど」
 要するに――――ハッタリ。
 ファオには聞こえない声でそんなやり取りを交わし、入れ違いに
 フェイルがファオの傍まで移動した。
 ファオの発汗は、痛みだけでなく不安と緊張によるもの。
 毒性による異常ではない。
「今から治療します。といっても、解毒剤は既に用意してあるんで、
 それを塗り込んで清潔な布で覆うだけですけど。右腕をしっかり上げられる
 ようになるのは、一ヶ月先ですね」
 しかし、その事実を暴露する理由はないので、フェイルは最後まで
 ハッタリを貫き通した。
「……お願いします」
「直ぐ済みますよ。医療関係者を治療するのは、少し緊張しますけど」
 そう言いながら、フェイルは革袋から軟膏の入った容器と
 細く巻いてある弾力性に富んだ布を取り出す。
 ファオの右肩に刺さっている矢を抜けば、直ぐに傷口から血が溢れ出すだろう。
 抜かないまま病院へ向かうのが常套手段。
 だが、毒が塗られている場合は一刻も早く抜き、解毒剤を処方する必要がある。
「力を抜いて」
 矢を抜くためには、強張った筋肉を解さなければならない。
 しかし、強烈な痛みによって身体に力が入るのは無意識下のこと。
 言われたからといってできるわけではない。
 ファオは眉間にシワを寄せたまま、困った顔をした。
「仕方ない。毒をもって毒を制す。一瞬で意識をなくす薬を処方しよう。
 そのまま目が覚めない可能性もあるけど」
「……え?」
 余りに突然の、フェイルの衝撃的な一言を聞いたファオが目を丸くした刹那――――
 フェイルは一瞬で矢を引き抜いた。
「よし、そのまま。止血するからそのまま力抜いてて」
「え? え? え?」
 戸惑ったままのファオを無視し、フェイルは手際よく治療を開始した。

 


 30分後――――
「……これでも医療に携わっている人間ですけど、ここまで野蛮な治療は初めて見ました。
 ここまで迅速な治療も、ですけど」
 黒い布の上を白い布でグルグル巻きにされた肩部を見ながら、
 ファオは半分呆れたような、半分感心したような声をあげる。
 フェイルの治療は、かなり荒々しかった。
 何しろ、処方の専門家であって治療の専門家ではない。
 治療の専門家の目から見れば、野蛮に見えるのも当然だ。
「職業柄、矢の刺さった人への応急処置は一応嗜んでるつもりなんだけどね……」
「それはそうでしょう。素人の手つきではありません」
 徐々に、ファオの声は感心に重きを置くようになっていた。
 既に解毒薬と称した薬は飲ませており、出血も発汗もなくなっている。
 出血量自体それほど多くはなく、せいぜい軽度の貧血程度の量。
 最初から黒布でタイトに身体を覆っていたことが幸いしたようだ。
「さて……本当なら暫く休んで貰うべきなんだろうけど」
「わかっています。何でも聞いて下さい。答えられる範囲でしか答えられませんが」
「それはきっと、この世のどんな人間でも同じですね」
 肩を竦めるフェイルに、ファオは初めて笑みを零した。
 緊張と緩和。
 情報を得るには、緩和状態が最もよいとされている。
「……」
 その意図を酌み取りつつも、フェイルの隣でずっと治療を眺めていたファルシオンは
 危うさを感じずにはいられなかった。
 フェイルの一連の行動には隙が全くない。
 研ぎ澄まされている。
 或いは――――研ぎ過ぎている。
 何処か無理をしているような、そんな気負いが見られた。
「仕方がないよ」
 そんなファルシオンの視線にすら、フェイルは正しい洞察をした。
 心の内を見透かされ、ファルシオンが思わず息を呑む。
「もう、街中の薬草屋じゃいられないんだから」
 そう呟き、フェイルは困ったような笑顔を覗かせた。
 リオグランテやフランベルジュが店員として働いている時、ポカをした二人に対して
 よく見せていた顔。
 しかしそれは、火花のように一瞬の表情。
 次の瞬間には、張り詰めた顔をファオへ向けていた。
「聞きたいことは沢山あるけど、まず前提を。ファオ=リレー。
 君の本当の目的を知りたい」
 それによって、答えられそうな質問の内容も変わってくる。
 そんな意図を含んだフェイルの質問に対し、ファオは――――
「……もう、予想はついているようですけど」
 そう前置きし、答えを紡いだ。
「私は、ここメトロ・ノームで起こった出来事を記録する記録人です。
 この地下街の医師として働くことで、情報の収集と管理を行っています」







 

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