途切れた理由は、直ぐにわかった。
 同時に、フェイルの梟の目が見開かれる。
 刹那――――雷鳴なき雷が夜空の一部を裂き、光をもたらした。
 まるでヒビでも入ったかのような空に思わず目を細めながらも、
 ファルシオンは一瞬くっきりと浮かび上がった現実の光景に
 ただただ立ち尽くしていた。
 声を失ったソーテックが、そのまま崩れ落ちる。
 そして、その背後から現れたのは――――
「ファル! 大丈夫!?」
 鞘に収まったままの剣を振り下ろしたばかりの、フランベルジュだった。
 息も絶え絶えのその姿は、明らかに一戦交えた後のもの。
 身にまとう薄手の鎧は半壊しており、彼女の外見を鮮やかに彩っていた
 深い蒼のガントレットは既に外されている。
 肌が露見している部分には、火傷の跡も確認できる。
 それでも、致命傷は勿論、深い傷すらない状態で、フランベルジュはそこにいた。
 ――――生きていた。
「フラン……」
「生きてるのね? 怪我、してないの?」
「フラン……フラン!」
 ファルシオンは無我夢中で駆け寄り――――
「……え?」
 フランベルジュに抱きついた。
 その表情はフェイルからは見えなかったが、今なら想像するのは難しくない。
 だが、フランベルジュにとっては驚くべき事態だったようで、
 抱きつかれたまま硬直していた。
「ど、どうしたの? え? 貴女本当にファル? 別人……じゃないでしょうね」
「それだけ、フランのことを心配してたんだよ。察してあげなよ」
 耳の後ろを掻きながら、安堵した表情を浮かべるフェイルを、
 フランベルジュは困惑した顔で眺めていた。
「……襲撃されたんだね。よく生き残ったもんだよ」
「誰かさんのおかげで、野生の勘が働くようになったのよ。
 山中で野生動物に襲われるよりは随分とヌルい奇襲だったしね」
「あっそ」
 それだけ答え、フェイルは雨の降る中うつ伏せになって倒れてしまった
 ソーテックに近寄り、腰に下げた革袋から一枚の薬草を採り出し、
 その口に含ませた。
「……ひゃっ!」
 ビクビクッと身を震わせ、ソーテックが目を覚ます。
 気付け用の刺激の強い薬草が、効力を発揮した。
「痛……わ、私は一体……」
「滑って転んだみたいだ。決して敵と勘違いした迂闊な誰かが
 思いっきりぶん殴った訳じゃないから」
「は、はあ……」
 まだ覚醒しきれていないのか、ソーテックの返事は曖昧だった。
 ともあれ――――
「無事でよかった」
 各々に、フェイルはそう告げる。
 とはいえ、あくまでも肉体的な無事を確認しただけのこと。
 精神に追った二人の傷は、余りに大きい。
 抱きついたまま離れようとしないファルシオンも、そのファルシオンを
 抱きしめながら下唇を噛むフランベルジュも、今は必死にその痛みに耐えている。
 深い悲しみは、本当に深い悲しみというのは、中々表に出現しないもの。
 それほど深く、心の中に突き刺さってしまったのだから。
 だが、わかり易い出現の仕方はしなくても、わかってしまう。
 夜の海の深さがわからなくても、その恐怖は感じ取れてしまうように。
 フェイルは二人から思わず目を逸らし、再度ソーテックの方に顔を向けた。
「一応、外傷に効く薬草で作った薬を渡しておきますんで、それを
 頭部のコブに塗っておいて下さい。痛みが引かないようなら病院へ」
「あ、ありがとうございます。とんだ醜態をお見せしてしまって……」
「いえいえ。では、調査をお続け下さい」
 適当に話を切り、フェイルは半ば強引にソーテックをその場から退場させた。
 フランベルジュの握っている剣を見られたら、真実に気付かれかねない。
「……フラン」
 ソーテックの背中が見えなくなったところで、フェイルはフランベルジュに目を向ける。
「僕らと一緒に行くよね?」
「リオの無念を晴らすつもりなら」
「……」
 復讐――――そんな言葉をフランベルジュは目に宿している。
 彼女はまだ、何も知らない。
 だが、自分が襲われた時点で、リオグランテの死が単なる大会中の事故だとは
 思っていないと、その目が訴えている。
 今は、それを否定したところで納得することはないと思わざるを得ない、
 強く揺らめく黒い炎が透けて見えた。
「フラン……」
「ファル、今は何も言わないで」
 自身の身体から離れ、不安そうな目で見つめるファルシオンの姿に
 明らかな動揺を見せつつも、フランベルジュは首を左右に振った。
 復讐は何も生み出さない――――というのは、誤りだ。
 復讐は、直接手を下す者に強固な目的意識を生み出す。
 それは生きる上での原動力となり得るものだ。
 倫理的に正しくないのは明らかだし、目的を果たした時に生まれる感情が
 虚無感か満足感か後悔か快楽はわからない。
 また、標的の周囲に復讐心を抱かせ、復讐の連鎖を生む可能性もある。
 そして、誰の為の復讐であろうと、その誰が誰であろうと、
 その誰かの『所為』で手を汚す事実は動かし難い。
 功罪という点では罪の方が多いのは間違いないだろう。
 だが、何も生み出さない訳ではないのは確かだ。
「無念を晴らす形はフランの思ってるのとは違うかも知れないけど、
 その方向性は同じだよ」
 フェイルは、生み出すものを必要と判断し、またフランベルジュを自分の近くに
 いさせる為に、そう告げた。
 そうしなければ、リオグランテが手を汚す理由になってしまうから。
 そしてそれ以上に、復讐する相手が余りにも強大だから。
「……そう。だったら、今はついていく」
 フェイルの意図を酌み取った訳ではないだろうが、フランベルジュは一つ頷く。
 取り敢えずではあるが――――これで三人となった。
「で、これからどうするつもりなの?」
「フランを襲った連中について知りたい。移動しながら話を聞くよ」
「何処へ移動すんのよ」
 その問いに、フェイルは視線で答えを示す。
 フェイルが見つめたのは、先程通って来た路地の更に前方――――西側。
 その方向にある無数の建物の中でも、指折りの規模と敷地面積を誇る、
 新市街地ヴァレロン随一の屋敷。
「シュロスベリー家から、メトロ・ノームへ。二人が狙われている以上、
 地上よりは地下の方が危険は少ない」
 そう答え、フェイルは先陣を切って歩き出した。
 雨はいつの間にか、上がっていた。

 


「……それじゃ、今までの経緯をまとめるよ」
 約一時間半かかった移動が終わり、メトロ・ノームへ向かう階段を
 降りながら、フェイルは後ろを歩く二人に話しかける。
 松明やランプはなく、何があるかわからないからファルシオンの魔力は
 温存しておきたいというフェイルの意向もあり、完全な暗闇の中ゆっくりと
 降りなければならず、かなり速度は緩やかだ。
「フランベルジュを襲ったのは、二人の暗殺者。面識はなく、腕は大したことがない」
「ええ。少なくとも、エル・バタラの前に闘ったギルドの連中よりは落ちると思う」
「なら、一流ってことはないね」
 そのフェイルの言葉に、フランベルジュは一瞬歩みを止めたが、剣を抜いたりは
 せずに歩行を再開した。
「……おかしいです」
「僕もファルに賛成。そんな中途半端な腕の暗殺者を、しかも二人だけしか
 派遣しないってのは、おかしい」
「はい。私を頭数に入れているはずです。だとしたら二対二。確実に仕留めたいのなら、
 最低三名、それもフランより格上の腕の暗殺者を送り出すでしょう」
「……人員不足?」
 フランベルジュのそんな呟きが正鵠を射ているかどうかはともかくとして、
 可能性がない訳ではない。
 勇者一行を軽視していた、或いは完全に嘗めきってたのなら、
 二流の暗殺者二人で十分だという算段は成り立つ。
 だが、勇者一行の存在は勇者計画において軽視すべきでないのは明らか。
 手駒が少なくとも、余所の地域、余所の国から手駒を引っ張ってくるくらい
 造作もないような勢力である以上、そこには不自然さがつきまとう。
「もしかしたら……私とフランをこの時点で始末するつもりはなかったのかもしれません」
「……何でよ? リオが殺されたってことは、私達を生かしておく理由ないでしょ?
 その勇者計画ってのが勇者のネガティブキャンペーンだってんなら尚更」
「尚更……楯突いて貰うつもりなのかもしれないね」
 そんなフェイルの言葉に、フランベルジュは一瞬で眉間に皺を寄せた。
「勇者の悪評をもっと広げる為、ってこと? 勇者が……いないなっても尚?」
 敢えて死という言葉を避けたフランベルジュに対し、これ以上の憶測を
 語るのは抵抗があったが――――
「絶対に、勇者って称号を消し去りたいのなら、そこまでやるかもしれない。
 敢えて大したことのない刺客を送り込んで返り討ちにさせて、
 危機感と怒りを増幅させる。そうすれば、立ち向かってくる確率が上がるから」
 フェイルはそう推察した。
 だがこれも、現時点で推測可能な複数の答えの中の一つに過ぎない。
 真実はこの空間のように、まだ闇の中だ。
「と、出口だ」
 扉の存在をつま先で確認したフェイルは、開いたままにしてあるその扉を
 手で押し、開く。
 そこには、つい先日まで行き来していたメトロ・ノームの空間が――――
「……何だ、これ」
 全く異なる様相を呈していた。







 

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