「それは違う」
 フェイルの否定は早かった。
 自責の念に駆られているファルシオンの姿から、そういう思考に囚われていると
 発言より前に理解していたからだ。
 とはいえ、ファルシオンのような性格の人間を納得させるには、
 感情論だけでは到底不可能。
 否定するなら、その理論的な根拠が要る。
 そしてそれには――――黙っておくべきと判断した『リッツ=スコールズから得た情報』
 を提示しなければならない。
 だが、それをするには、ファルシオンを心の底から信頼する必要がある。
 彼女がもし――――もしも敵だとしたら。
 勇者計画を推し進める上でのキーパーソンだったとしたら。
 これまでに感じてきた一抹の不安、一握りの違和感がそれに起因するものだとしたら。
 たった今も存在している、ファルシオンへの疑念が、疑念ではなく真実なのだとしたら。
 これからフェイルがしようとしている全ての行動が筒抜けになる。
 絶望的状況だ。
「どうして違うのか、説明する」
 けれど――――フェイルは迷わなかった。
 理由は、これまで共にしてきた時間全て。
 それらも、そして今目の前の姿も全てが演技だとしたら、それは最早
 世界一の舞台女優だろう――――という覚悟すらない。
 もしファルシオンが騙していたのなら、騙された僕の負けだ――――
 そんな綺麗事すら必要ない。
 共に歩んできたこと、それだけが理由だ。
「さっき確認してきた。勇者計画には、スコールズ家が深く関わってる」
 そう告げたフェイルに対し、ファルシオンの反応は早かった。
「スコールス家……リオが入り浸りになっていたのは、あの家の誰かが
 リオを誑かしたということですか。恐らくは、あの令嬢」
 弱々しい声のまま、そう推論を述べる。
 フェイルは取り敢えず話を続けられそうな雰囲気になったことに安堵しつつ、
 続きを話した。
「そう。その令嬢にさっき話を聞いてきた。彼女は、リオがこれまでの旅の中で
 起こしてきたあらゆる行動を聞き出したらしい」
「今後、勇者という地位を貶める上で使う情報……ですね」
 ファルシオンの理解は早い。
 それはいつもの彼女だ。
 だが、いつもの彼女でいることで、辛うじて自身を保っている彼女でもある。
 フェイルは、そう信じたのだから。
「つまり、今回の計画はただ大物が関わっているだけ、って訳じゃない。
 秘密裏に行われているとはいえ、貴族、騎士まで総動員している。
 もうこれは……国策だ」
 国が総力をあげて、勇者候補リオグランテを抹殺した――――
 フェイルはそう結論付けた。
「だとしたらファルシオン。君がそれを止められる筈がない。そこまでの力は君にも、
 誰にもない。止められる人物がこの国にいるとは、僕には思えない」
「……だとしたら……リオの死は誰のせいなんですか?」
 フェイルの言葉をしっかり受け止めた上で、ファルシオンはポツリとそう漏らす。
 納得はした。
 だが、納得がいかない。
 矛盾する気持ちを心に持ったまま、言葉を紡ぎ続ける。
「人間が、それも健康な人間が、誰のせいでもなく、誰に止められることもできず
 死を迎えなければならないのだとしたら……それは、寿命だと納得するしかないんですか?」
「……」
 その答えを、フェイルは持たない。
 誰も持ち合わせてはいないだろう。
 人間ならば。
「きっと、国王から受け取ったっていうあの親書も偽物なんだろう。
 偽物と言っても、国王自らが用意した偽物だ。本物との違いなんて、誰にもわからない」
「どうして……そういうことばかりなのでしょうね」
 余りにも、曖昧なことだらけ。
 ファルシオンは目線を下げ、少し肩を震わせていた。
 納得がいかない。
 できる筈がない。
 余りにも、あやふやが過ぎる。
 リオグランテの死も、勇者計画も、そして――――
「ファル。今、このヴァレロン新市街地に異変が起こってる。
 僕の知り合いも、その異変の最中に……死んだ」
「……リオではない別の人が、ですか? 何があったんですか?」
「正直、何が起こってるのかはっきりしない。スコールズ家の令嬢も、
 こっちの件は知らされていないのか、結局口は割らなかった」
「拷問にでも掛けたんですか? フェイルさんに余りそういう心証はありませんが……」
「そんなことはしてないよ。ただ、本音を言わざるを得ない状況を作っただけ」
「……その件に関しては、今は論じるべきではありませんね」
 冗談にもならない軽口による会話は、空しく霧散した。
 だが、区切りのためには丁度よかった。
 そう。
 区切らなければならない。
 まだ『終わり』は始まったばかりなのだから。
「ファル。一つ聞いておきたいんだ」
「何ですか?」
「君に、リオグランテの名誉を守る意思はある?」
 つまり――――勇者計画を阻止する意思はあるか否かという質問。
「当然です」
 ファルシオンは即答した。
「私は、勇者一行の魔術士です。勇者の名誉は、私達の名誉そのものです。
 私達が守らなくて、誰が守るんですか?」
「……わかった。それなら、僕も腹を括れる」
 実際には、とうに括っていたのだが――――
「情報を全て共有しよう。全部、包み隠さずに。そうしないと、これからの
 闘いには勝てない。相手は国そのものなんだから」
 どう考えても、一介の薬草士や魔術士にはどうすることも出来ない相手。
 国の政策など、一般人にとっては最早運命レベルの決まり事だ。
 その流れに逆らって、生きていられる筈がない。
 嵐の中の濁流だ。
「そして、可能な限りの戦力を集める。それが出来たら、今回の計画に
 関わった中心人物を捕らえて、全容を吐かせる。そして対策を講じる。
 リオの名誉が、勇者の称号が失墜しないように。もう令嬢の口は塞いである」
「……」
「一応言っておくけど、僕の場合の口封じって殺しとは違うよ?」
「いえ、誰もがそう解釈すると思いますけど……」
 実際には、脅しただけのことだった。
 アロンソを倒したのち――――フェイルは弓矢でリッツ=スコールズを脅迫した。
 話さなければ射る。
 このことは全て口外しないこと、したと判断すれば射る。
 何処からでも、僕にはそれができる。
 ――――悪党そのものの科白だ。
 だが手段に倫理性や道徳観を帯びる余裕などない。
 元々、そういう仕事をしていたのだから無理が生じる訳でもない。
「これから……どうするんですか?」
 そんなフェイルに対し、ファルシオンは微かに怯えているような目を向けた。
 その目は、フェイルにとって勇気の欠片。
 既に信じると決めているとはいえ、このような自然な反応は背中を後押ししてくれる。
「まずフランベルジュと合流しよう。それから……地下へ行く」
「メトロ・ノームへ?」
「あそこには、味方になってくれそうな人が何人かいるからね。地上よりは」
「……賛成です」
 目的が定まったところで、二人は小さく頷き合った。
 身近な人達の死は、余りにも唐突だった。
 とても消化しきれない中で、それでも動かざるを得ない。
 だが、受け身のままでは翻弄されるだけ。
 それほどの大きな流れが今、ヴァレロンを蹂躙している。
 その理不尽に、フェイルは憤っていた。
 いつも、そうだった。
 あの日――――御前試合で勝ってしまった時も。
 その後に見た、王城の隠し部屋での真実も。
 以来、フェイルは夢を捨て、薬草屋を営む決意をした。
 どうしても必要な薬草があった。
 その薬草でどうしても守らなければならない命があった。
 
 自分を兄だと知らない、妹の命。

 だが、その薬草は何処で採れるのか、何処にあるのかもわからない幻の存在。
 それでも薬草屋を営んでいれば、もしかしたら手に入る機会があるかもしれない。
 そんな一縷の望みは絶たれてしまった。
 ここにはもう、戻って来れない――――そんな予感がフェイルにはあった。
「でも……フェイルさんは、それでいいんですか?」
 或いは、ファルシオンも感じ取っていたのか。
 そんな質問を、いつもの表情で投げかけてくる。
 切実な、しかし表層には出ない感情を込めて。
「僕は何も諦めちゃいない」
 フェイルはそう口にし、ファルシオンを先に外へと出した。
 まだ降り続いている雨に打たせるのは、もう何の罪悪感もない。
 雨を見る事自体、もしかしたら最後になるかもしれないのだから。
「だから……何も言わないで出ていくよ。いつもみたいに」
 それは、ファルシオンに向けての説明だったのか。
 それとも、店の隅にあるガラスケースに入った指輪へと向けた言葉だったのか――――

 程なく、扉は閉じられた。







 

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