ヴァレロンには、一般人の介入が許されない縄張り争いが存在する。
 それは、貴族同士の間で行われている冷戦。
 小戦争とさえ言えるものだ。
 貴族にはほぼ例外なく、強い自尊心がある。
 歪んでいることも多い。
 そういう教育を受けてきたのだから、仕方がない。
 だから、貴族として育ち、何不自由ない暮らしをしていても、
 自尊心を常に満たしていなければ納得しないし、気分がよくならない。
 より強い力を誇示したい。
 すなわち、権力だ。
 貴族に限った話ではないが、権力は血と富と領地面積と交友関係で大半が決まる。
 血は変えようがない。
 富は直ぐに引き上げられるものではないし、変動にはリスクが伴う。
 向上を目指すのなら、残りの二つだ。
 より広い領地を。
 より優れた友人を。
 ヴァレロン内の貴族は、他の貴族に勝るべく領地拡大と交友強化を図った。 
 そんな彼らにとって、エル・バタラは格好の機会となった。
 王都から参加予定者を招き、交友網を広げると共に、その客人を競わせる形で
 他の貴族との優劣を決定付ける。
 つまり――――推薦と支援を行った参加者がより上位に進出した貴族が勝者となる、
 そんな賭け事だ。
 報酬は当然、他の貴族が所有している領土の一部。
 テュラム家とコスタクルタ家、そしてスコールズ家の三家が、
 エル・バタラを対象とした疑似戦争に参戦した。
 また、貴族ではないものの、カメイン家もその中に加わることとなり、
 スコールズ家にとっては大きな痛手となった。
 カメイン家はスコールズ家の寵愛を受けている。
 そのカメイン家が独自で参戦することの意味は、説明するまでもない。
 スコールズ家にとっては、顔を汚されたようなものだ。
 その上、エル・バタラの開催一ヶ月前に、更なる不名誉な事態に発展した。
 スコールズ家は当初、水面下でエスピンドラ=クロウズの招聘を予定していた。
 だが彼は、カメイン家の客人として招かれている――――と、断りの手紙を返送してきた。
『真の宝石』という異名を持つエスピンドラにとって、宝石商であるカメイン家は
 魅力的だったのだろう。
 断りの手紙を受け取った際、スコールズ家の主人は激高し、その場にあった
 あらゆる家具を滅茶苦茶にしたという。
 無理もない話だ。
 可愛がっていた相手に、ここまでコケにされるケースは極めて稀。
 裏切りというレベルではない。
 晒し首にされたようなものだ。
 カメイン家の中心人物、キースリング=カメインの野心によって、
 スコールズ家の面目は陥没するほどに潰された。
 まだ一般人の間でどの家が誰を推すかということが公表されていない段階とはいえ、
 常に他の貴族の動向に目を光らせているテュラム家、コスタクルタ家には筒抜けだ。
 宝石商程度に出し抜かれ、騎士に袖にされる程度の存在――――
 そう認識された時点で、貴族の矜持は瓦解する。
 スコールズ家は追い込まれていた。
 表面上は変わりなくヴァレロン有数の権力を有した一族であったとしても、
 実際には崖っぷちに立たされていた。
 そんな彼らに、救いの手を差し伸べる者はいない。
 斜陽の貴族など、この世で最も嫌われる存在なのだから。
 リッツ=スコールズは12歳ながら、その事情を正確に把握していた。
 都合の良い未来はない。
 勝ち取る未来しか残されていない。
 ならば、勝ち取らなければならない。
 例え、どんな手を使おうとも――――

 


「……帰ってたんだ」
 再び強まった雨脚と、時折響く雷鳴が耳を蹂躙し続ける中、
 フェイルは薬草店【ノート】の店内にいたファルシオンに
 努めて小さく語りかけた。
 フェイルもそうだが、ズブ濡れのまま。
 椅子に腰かけているものの、濡れないよう下に布を敷いており、
 テーブルに頭からの水滴が落ちないよう、向きも変えている。
 この状況下にあっても、そういう気遣いができるのは、
 果たして長所なのか、そうではないのか――――
「フランは?」
「宿に返しました」
「……そう」
 救護室の前にいたフランベルジュの姿を回想し、それが正しい判断だと
 納得したフェイルは、店の隅に置いてある木箱から目の荒い布地を取り出し、
 それで身体を服ごと一頻り拭いた後、ファルシオンの座る椅子の隣に腰かけた。
 とはいえ――――かける言葉が見つからない。
 フェイルは、混乱の最中にありながらもアロンソとの闘いなどもあり、
 最低限の平常心を取りもどしてはいる。
 だが、ファルシオンはどうか。
 まだ気持ちの整理がどうこうと言える段階ではない。
 そんな折に何を話せばいいのか、わかる筈もない。
 波瀾万丈な人生経験を積んでいるとはいえ、フェイルはまだ10代なのだから。
「……今まで、何処に行ってたんですか?」
 俯きながら、ファルシオンが問いかけてくる。
 これまでの経緯を話すべきか――――それすらも悩みの種となった。
「フェイルさんのことですから、何か目的があっていなくなったのだと思いますが、
 理由を聞かなければ余計な想像をしていまいます」
「……師匠を、デュランダル=カレイラを探してた。見つからなかったけど」
 話さない訳にはいかなくなり、素直に答える。
 とはいえ、その後に起こったこと、知ったことはまだ耳に入れるべきではないと
 判断した。
 今のファルシオンの顔を見れば、そう判断せざるを得ない。
 これまでずっと、彼女は表情を崩さずにきた。
 恐らくは、今もそうだとフェイルは確信していた。
 ファルシオンの声は普段と何ら変わりない。
 だが、フェイルはもう彼女の感情の起伏による微少な変化を
 認識できるようになってしまっている。
 だから、嫌でも伝わってくる。
 今、ファルシオンがどのような心理状態にあるかを。
 ただ単に深い悲しみの中に居る訳ではないことを。
「そうですか。やっぱり、予想していた通りでした」
 そうポツリと呟き、ファルシオンは顔を上げる。
 やはり、表情はいつも通りだった。
 目も虚ろではなく、しっかりと光を宿している。
 闘技場内でフェイルにリオグランテの悲劇を伝えた際より、
 しっかりした目をしている。

 ――――だからこそ。

「フェイルさん。デュランダル=カレイラがリオを殺した訳ではないです」
 そう断言したファルシオンの全体像は、余りにも歪だった。
「彼が自分の意思で、リオを殺す理由はありません。実力差を考慮するまでもなく、
 力加減を誤ることも考えられません」
「……」
 異論を挟む余地のない見解。
 フェイルは言葉もなく、聞き役に徹した。
「つまり、デュランダル=カレイラではなく、別の人物の意思によって
 殺害が行われた。ならば……勇者計画の結末として、そう定められていたのでしょう」
 勇者計画という言葉は、勇者を生み出す計画という印象を与える。
 だが、実際にそうである保証などある筈がない。
 余りにも簡易化された計画名は、例え外部に漏れても内情を把握されないため。
 つまり、その計画の中身が単純明快ではないことを示している。
「恐らく、勇者計画の骨子は『勇者』という称号そのものの根絶なのでしょう。
 全体像を見る限り、リオ個人というより勇者に対しての煽惑が目立ちます。
 エル・バタラをあそこまで貶めた上でリオを決勝を進めたということは、
 リオが不正を行ったと思わせる為でしょう。勇者が汚い手段を用いて
 決勝まで進んだ、それを粛正する為にデュランダル=カレイラがリオを殺した」
 そういうシナリオが成立します――――そうファルシオンは普段の表情で話した。
「或いは、これからもリオが、つまりは勇者が犯した悪行が次々と暴かれるのかも
 しれません。リオが何をした訳でなくても、強引に関連付けたり、悪意ある解釈をしたり。
 一般の人々に『殺されても仕方がない』と思わせるほどの。そしてリオはもういない。
 少し時間が経てば、リオ個人への反感ではなく、勇者そのものへの反感となるでしょう。
 もうリオに挽回の機会はないのですから」
「……勇者の称号をそこまでして根絶する理由は?」
「嫉妬かも知れませんね。王族にとって、一般人の英雄たる勇者の存在は
 煙たいものだったのかもしれませんから」
 権力者は、より権力を欲する。
 より大きな名誉を欲する。
 貴族でもそうなのだから、王族ともなれば尚更そうなのかもしれない――――
 フェイルはファルシオンの推察に、説得力を感じた。
「ですが、勇者計画の意図するところなど、今更思案したところで意味はありません。
 意味があるとすれば……」
 ファルシオンはいつも通り。
 本当にいつもと変わらない口調と表情で――――
「それに荷担していた私は、リオを殺す手助けをした、という事実です。
 私がリオを殺したんです」
 淀みなく、そう断言した。







 

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