あらゆる法を放棄した地下の空閑地――――メトロ・ノーム。
『荒野の牢獄』とも呼ばれているこの空間が持つ意義は、余りに大きい。
 ここであれば、何をやっても咎める者はいない。
 地上ではできないことが何でもできる。
 そういった不文律が生まれた直後は、無法地帯らしく悪漢、 罪人、凶徒など
 社会の掃きだめとなっている連中が押し寄せ、居場所のなかった地上での
 鬱憤をこの地下で晴らしていたという。
 だが、各ギルドがこの地での縄張り争いをはじめ、裏勢力図とでも言うべき
 ものが誕生した頃合いから、少しずつ状況は変化を始めた。
 そして、それに並行し――――メトロ・ノームには二つの改革が起こった。
 一つは、研究。
 国家をより豊かに、より前に推し進めるための、しかし決して表舞台ではできないような
 非人道的、反社会的な研究をこの無法地帯で行うことで、エチェベリアは
 様々な分野においてめざましい発展を遂げた。 
 事実、エチェベリアの歴史においてメトロ・ノームでの研究が役立った
 場面は非常に多い。
 近年では、デ・ラ・ペーニャとの戦争がそうだ。
 ガーナッツ戦争と呼ばれたその争いは、僅か十日足らずで終結したものの、
 そこに到るまでは長年に亘るメトロ・ノームでの研究と実験の日々が
 根底にあった。
 対魔術士対策として、魔術を無効化する技術の開発や、魔力を暴走させる
 細菌の研究、そして――――生物兵器と呼ばれる技術の導入が行われ、
 その成果が遺憾なく発揮された結果、エチェベリアは大勝を勝ち得た。
 決して表立って賛美されることはないが、メトロ・ノームはエチェベリアの
 強みであり、歴史の一部ということさえできるだろう。
 だが――――この研究に歯止めがかかった。
 倫理を訴える運動が勃発したわけではない。
 単に、世界とこのエチェベリアが平和になったというだけだ。
 研究というのはどの分野においても常に行われる必要のある真理の追究だが、
 違法性の極めて高い研究というのは、その成果の需要と合わせて考えると
 かなり分野に偏りが生まれる。
 はっきりと記せば、軍事面における需要が主だ。
 よって、平和になるとどうしても熱意も低下する。
 メトロ・ノームにおける違法な研究は、みるみる内に頻度を低下させ、
 現在ではほぼ行われていない。
 場所にも原因があった。
 現在、エチェベリア国の中心地はトリスタンという地域に移っており、
 かつてこの国がグアルディオラ王国と呼ばれていた頃に中心地の一つと
 なっていたここヴァレロンは、王都からは遠く離れてしまった。
 つまり、国主導で研究を行うには、地理的に好ましくない場所ということだ。
 このような背景もあり、研究場所としての価値は衰退してしまった。
 一方で、もう一つの改革は繁栄の意味を持つ。
 これは、王都にも知らされていない、極秘の計画だった。
 

 ――――ヴァレロン全地下街化計画


 草案の段階でそう名づけられた計画は、ヴァレロンの全ての住民を
 このメトロ・ノームで生活させる――――という、かなり奇抜なものだった。
 無論、メリットは多数ある。
 地下街であれば、嵐や大雨などといった自然災害の悪影響を受けずに済むし、
 他国との戦争や他地域との内戦になった場合でも、住民を守りやすい。
 観光面においても、多いに個性として意義あるものとなるだろう。
 だが、何しろデメリットが多すぎる。
 まず、農業は絶望的。
 そこは割り切って自給自足を完全に諦めるとしても、日光の当たらない
 場所で生活するというのが、人間にとってどれほどの恩恵を奪われることに
 なるのかは想像に難くない。
 何より、ヴァレロンに住む人間全てが居住できるだけの建物を用意するだけでも
 とてつもない費用と時間と人材を必要とする。
 都市計画としては、無謀の域を越えて完全な絵空事。
 当然実現などされることなく、酒場などの僅かな数の建物を建設した
 だけで、あっという間に頓挫した。
 しかし――――そんな夢物語に過ぎなかった地下街化計画を
 自分の研究に利用できないか、と目論んだ人物がいた。
 その研究とは、余りにも非人道的なものだった。
 だが、もし一定の成果を生み出せるまでに進めることができたなら、
 とてつもない富を築くことができる研究でもあった。
 その人物は、金には興味がなかった。
 あるのは、自分という存在の誇示。
 圧倒的な自己顕示欲だ。
 このヴァレロンの地に生まれ、ヴァレロンの大地に根付き、
 そして自身の選んだ分野で実績を積み上げ、若くして高い地位と巨万の富を得た。
 しかし、それでも満足はできない。
 まだ大いなる可能性を秘めていると、自分にも、そして自分が選んだ分野にも
 絶大なる自信を抱いていた。
 そしてその野心は、メトロ・ノームと出会ったことで芽吹きの時を迎えた。
 ただ、数年で全てを成し得るほど小さな野心ではない。
 雄大にして、空前絶後の計画。
 失敗は許されない。
 準備は入念でなければならない。
 それは研究だけでなく、メトロ・ノームにも言えることだ。
 この場所が、計画後に機能しなければならない。
 まずは光の確保が必須。
 建物は、事を成したあとにどうにでもできる。
 幸い、ギルドが中心となってコミュニティは出来上がっている。
 既に小さな都市としての機能は有していると言えるだろう。
 元々は地下水路だったのだから、水源は問題ない。
 食糧も、地上との行き来さえスムーズなら確保は難しくない。
 あとは、規律だ。
 ここにはそれがない――――という訳ではない。
 無法地帯というのは、逆に言えば人の数だけ規律がある。
 誰もが自分の規律に従って動くのだから。
 だが、現在は不文律が数多く生まれており、寧ろ不自由ですらある。
 荒野の牢獄だ。
 牢獄には、番人が必要だ。
 このメトロ・ノームを管理する人材が。
 これだけ広いと、管理するだけでも相当な人数が要る。
 だが、それは困る。
 管理体系が分裂すると、直ぐに争いが生まれる。
 争いが生むのは、いつだって崩壊だ。
 この地下街は、研究の成果が出るまで存続しなければならない。
 管理は一極でなければならない。
 一人が好ましい。
 問題は、どうすればそれが可能となるのか。
 その答えを出すだけでも、相当な労力を要することになりそうだ――――
 

 

 ビューグラス=シュロスベリーは、ほくそ笑んだ。











chapter 7.


- the boundary which disintegrates -








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