「そうだ! あのガキの勝ち上がり方は明らかに怪しいぞ!」
 デュランダルの放った勇者候補リオグランテに対する辛辣な発言に対し、
 観客の一人が間髪入れず後押しする。
 それを契機に、闘技場内はデュランダルを支持する声と、リオグランテに対する
 怒号が雹のような勢いで降り注いだ。
 紛れもない、扇動だ。
 そして同時に、確実にこうなると見越せる状況の上での扇動。
 一瞬で決勝まで上がって来たリオグランテを倒し、その実力に疑問符が
 突きつけられた中での発言だけに、疑問や反対の声は一切上がらない。
 ファルシオンの言う通り、この大会の結末が予め定められていたのなら――――
 今のこの、リオグランテに対する糾弾こそが、大会の目的そのものということになる。
 フェイルは、背筋が凍るような心境でアルベロア王子を凝視していた。
 観客の反応に対し、満足げに微笑む顔が鷹の目に映る。
 その表情で、確信した。
 勇者計画とは――――
「勇者そのものの求心力を奪うための計画……?」
 思わず漏れてしまったフェイルの声に、耳を傾ける者はいない。
 それくらい、デュランダルの発言に対して強い共感を抱いている証拠だ。
 もし、リオグランテが順調に勝ち進んでいたのなら、こうはならなかっただろう。
 この大会が通常通りに進行していたのなら、観客は共感より戸惑いを覚えていただろう。
 だが――――明らかに多すぎる不戦勝により、不満が募っていた中での進言とあって
 説得力には事欠かない。
 それだけではない。
 今後、本当に調査が行われれば、リオグランテの本選での対戦相手が問題視されるだろう。
 一回戦は、交流のあったアロンソ=カーライル。
 二回戦は、アロンソの部下で、かつ手負いのトリシュ=ラブラドール。
 三回戦は、ハイト=トマーシュと闘う予定だったが、不戦勝。
 穿った見方をすれば、いずれも怪しむべき相手となり得る。
 このままでは、リオグランテは確実に『エル・バタラにおいて不正を働き
 勝ち進んだ卑怯者』のレッテルが張られてしまうだろう。
 レッテルだけならまだしも、犯罪者として扱われ、禁固刑かそれ以上の
 罪を着せられかねない。
 仮にそうなったとして――――次に起こり得るのは、勇者という称号への糾弾だ。
 普通なら、まだ勇者ではなく勇者候補の立場に留まるリオグランテの不正は
 勇者の名に傷をつけることはない。
 単に個人の背徳行為と見なされるだけだ。
 だがリオグランテは国王から直々に親書の使送を仰せつかっている。
 当然、国王の息がかかった勇者候補だと見なされるし、実際その通りなのだろう。
 何故リオグランテが国王の信頼を得たのか、フェイルは知らない。
 けれど、その信頼が仕組まれたものだとしたら?
 リオグランテの不正行為は、勇者候補としてリオグランテを指名した
 国王ヴァジーハ8世の求心力低下にも繋がりかねない。
 そして、勇者という存在を半ば娯楽的な形で生み出している現在のシステムに
 対しての強い反発にも繋がるだろう。
 勇者一人が悪行を働いただけでは、こうはならない。
 ちゃんとした実績があり、納得された上で得た勇者という称号であれば、
 その後の人生は『その者個人』の責任となる。
 一方、まだ実績もなく、それでいて王の信頼を得ている人物の不正となれば、
 その者個人とは関係なく、王や勇者という称号へと責任が及ぶ。
 勇者計画がそのような計画だとしたら、この上なく狡猾なく『勇者潰し』であり
『国王潰し』の計画だ。
 フェイルは下唇を噛み、アリーナにいるデュランダルを睨んだ。
「……」
 押し寄せてくる感情は、歯痒さと――――喪失感。
 仕方がないのだろう。
 幾ら英雄だろうと、最強の騎士だろうと、王子には逆らえない。
 それが王宮であり、国家であり、集団の理だ。
 だが、このような茶番に身を置くデュランダルの姿など、フェイルは見たくなかった。
 自分の中にある確かなものが一つ、音を立てて崩れていくように感じた。
 以前――――デュランダルがこの闘技場の前でこう言っていた。

『ならば見届けろ。これから起こる事、総てを』
 
 これは果たして、何を意味していたのか。
 デュランダルはこのエル・バタラでの優勝によって王宮の英雄としてだけでなく、
 庶民の英雄として、歴史的な人物へと上りつめていくのだろう。
 その変遷の過程を見届けろ、という意味なのだとしたら、余りに残酷すぎる。
 他に何か意味がある――――そうフェイルは信じたかったが、今のところ
 明確な理由は見当たりそうにない。
「皆の者、静粛に!」
 ある程度観客の声が弱まってきた頃合いを見計らい、アルベロア王子が
 落ち着いた口調でそう諭す。
 幾ら声を張っても、広い闘技場全ての観客に一人の声が届くはずはないが、
 王子の近辺にいる観客からその近辺の観客へ、といった具合に伝わっていき
 次第に場内は静けさに包まれていった。
「優勝者であり、騎士団の中核を担うデュランダルの進言は無視できまい。
 このエチェベリア国王位継承順第一位たる世が責任をもって、父上……国王へと
 伝えることをここに約束しよう。諸君等が証人だ」
 観客席は一瞬静まり返り、そして――――王子を称える声で包まれる。
 これで、リオグランテの勇者としての未来は完全に閉ざされてしまった。
 デュランダルの言った『調査』という言葉には殆ど意味はない。
 最初からこうなる事が決まっていたのだから、結末も決まっている。
 彼らが欲しかったのは、国王に対抗するための世論と陥れるための材料だけだ。
 リオグランテは――――そんな思惑に翻弄されてしまった。
 ここ数日の彼の増長も、すぐに一般人の耳に届けられるだろう。
『勇者候補リオグランテは人格面でも問題があった』と。
 不正を働いても不思議ではない人物だった、と。
 デュランダルと王子に喝采が浴びせられる中、フェイルは一人観客席を立った。
 ここにいる意味はもうない。
 声高に濡れ衣だと叫んだとしても、誰の耳にも届きはしない。
 そう、あの時のように。
 
『この勝負、フェイル=ノートの勝利とする!』

 ――――御前試合の時のように。
 フェイルは無力な自分に向けた怒りを抑えながら、建物内に入る。
 救護室へ行くのはファルシオンから止められているが、黙っていなくなる
 訳にもいかない。
 けれど、あの腐り切った風景を見ていたくはない。
 建物内の通路を歩きながら、フェイルは今からどうすべきか考えていた。
 アルベロア王子が『約束』をし、観客を証人と認定したことで、観客がリオグランテに
 対して『大会をムチャクチャにしやがって!』と凶行に打って出る可能性はほぼなくなった。
 暴動の恐れはない。
 だが今後、リオグランテが王宮の関係者によって連行される可能性はかなり高い。
 そうなれば、勇者一行は離散。
 彼らの人生設計は大きく狂うだろう。
 一生『卑怯者』のレッテルを貼ったまま生きていくことになる。
 彼らの存在が、勇者を生み出す現代のシステムを批判するための武器となり、
 彼らの悲惨な末路が勇者を無闇に生み出していたことへの戒めになるとしたら、
 明るい未来など到底ありはしない。
 それなら――――せめて、遠くへ逃げる方がいい。
 国を離れれば、勇者一行だった過去とは関係のない人生を歩めるかもしれない。
 そういう選択肢があってもいい。
 でも、果たしてそんな未来を彼らが受け入れられるのか。
 何より、リオグランテが無事かどうかすら今はわからない。
 やはり、まず救護室へ行って話をすべき――――そう結論付け、
 フェイルが歩を速めたその時。
「……雨?」
 背後から聞こえる大きな拍手喝采を洗い流すかのような
 柔らかい音が、フェイルの耳に押し迫ってきた。






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