余りにも瞬間的。
 そして呆気ない幕切れ。
 観客席からその決勝戦を見守っていた観客は、ただ呆然とアリーナを
 見下ろし続けることしかできなかった。
 そしてそれは、フェイルたちも例外ではない。
 何を話すでもなく、驚きだけを有して視界に入る情報を傍観していた。
 そう――――驚き。
 この結果は、驚きに満ちていた。
 フェイルとファルシオンにとっては、予想を裏切られる形。
 他の観客にとっては予想通りの結果だが、
 一瞬の出来事によって全てが終わったのは想定外。
 勝者は――――
「……しょ、勝負……あり!」
 審判さえも動揺を隠せずにいる中、一人凛然と木製の剣を宙へ放り投げたその人物――――
 王宮騎士団【銀朱】副師団長、デュランダル=カレイラだった。
 敗者となったリオグランテは、数瞬前に立っていた場所から僅か後方に
 横たわったまま、ピクリとも動かない。
 彼が何をされ、どうやって倒されたのかを、観客席にいる者の殆どが
 視認できずにいた。
 強大無比、ケタ外れ、圧倒的――――そんな言葉すら空しくなるほどの強さ。
 自分たちの国が抱える絶対的な強者の片鱗を、目撃と言えるかどうかさえ
 怪しい中で体験した観客達は、半数近くが目を見開いたまま、その半数が
 生唾を飲み込みながら、拍手さえ送らず決勝戦の余韻に飲み込まれていた。
「……何? リオは何をされたのよ……?」
 声を張ることができず、フランベルジュは微かに震えた声で誰にともなく問う。
 答えられる人物は、この会場内において殆どいない。
 その中の一人――――
「一回戦と同じだよ」
 フェイルは、冷や汗が滲む額と頬を拭いもせずに回答を口にした。
 一回戦――――それは、このエル・バタラ本選の一回戦を指す。
 デュランダルとガラディーンの、国内頂上決戦。
 そこでデュランダルが見せた最後の攻撃は、尋常ではない速度による
 右腕での一撃。
 フェイルの目ですら追えないほどの所作。
 それが、今回の闘いにおいて再び出現した。
 デュランダルの右腕が一瞬、木剣ごと消えた。
 だが、一回戦の攻撃と全く同じではない。
「あの時より、更に速かった。速いって言うより……」
 あり得ない。
 人間の得られる速度じゃない。
 フェイルはその言葉を喉元で強引に飲み込んだ。
 口に出してしまうと、認めてしまいそうだったからだ。
 いや、既に認めざるを得ないのかもしれない――――そういう感情すら
 ムリヤリ内部に押し込もうと。
 だが、それだけやっても湧いてくる真実。
 明らかに――――デュランダルの攻撃は、自律していた。
 下半身はおろか、上半身とすら連動していない。
 一見すると、いわゆる『手打ち』と呼ばれる、腕だけを振った素人のような攻撃。
 だが、デュランダルが誰より『攻撃の要は連動にある』という意識を
 強く持っていることを、フェイルは知っている。
 つまり、あの攻撃はデュランダルの信念すら超越した攻撃ということになる。
 それは、彼が培ってきた強さとは別の物。
 それが今、デュランダルの中に居る。
 どれだけ否定しても、その結論はフェイルの中から湧いて出て来た。
「……素晴らしい! 実に見事な決勝戦だった!」
 沈黙が続く観客席に、突然の大声が響きわたる。
 場違いとさえ言えるその称賛の言葉を発したのは――――アルベロア王子だった。
「ここまで勝ち上がった両者の自力と意地が火花のように散り、一瞬で消える。
 これもまた真剣勝負ならではの美しき輝き。皆の者、称えよ! 決勝に相応しい
 その一瞬の煌めきを! 一撃に賭けた男の生きざまを!」
 王子の感情を表に出した咆哮に、観客は当初こそ戸惑いを覚えつつも、
 次第に『王子が感動するほどの闘いだった』という認識を芽生えさせ、
 大きな拍手を送る。
 拍手の音は渦となり、やがて大きなうねりと共に闘技場を埋め尽くした。
 しかし、フェイルたちにとっては感動などというものよりも心配が先に立つ。
 先程からリオグランテが全く動かない。
 仰向けのまま昏倒しており、額からはかなりの出血が見られる。
 既に救護班が駆けつけているが、彼らの顔からも状況が切迫していることがわかる。
 結局、アリーナ上でリオグランテの意識は戻らず、気絶したままで
 担架に乗せられていった。
「救護室へ行きましょう」
 血の気の引いた顔でそれだけを呟いたファルシオンに、フランベルジュが小さく頷く。
「僕も……」
「フェイルさんは待っていて下さい。大勢で行っても無意味です」
 ファルシオンの返事は、いつもより早口だった。
 普段常に冷静なファルシオンも、流石に動揺を隠せない。
 それでも、敢えてフェイルをここへ留まらせようとしているのは、
 彼女なりの気遣いだとフェイルは悟った。
 昨夜、フェイルがリオグランテと一戦交えたことは、リオグランテ本人の
 口から語られているだろう。
 となれば、リオグランテが意識を取り戻した場合、フェイルの顔を見ると
 一層居たたまれない気持ちになるだろう。
 慢心していることを指摘され、それなりに気持ちを入れ替え
 臨んだ決勝であっという間に敗れてしまったのだから。
「……わかった」
 フェイルがそう返事した瞬間、二人は弾けるようにその場から離れ、
 救護室の方へと駆けて行った。
 両者の姿が見えなくなったのち、フェイルはあらためて闘技場内を
 グルリと見渡す。
 大会前、あれだけ盛り上がりを見せていたエル・バタラ最後の試合は、
 アルベロア王子の言葉を引用すれば『火花』のように一瞬で終わった。
 それ自体は問題ない。
 試合時間の長さは、試合の価値を決めるものではないのだから。
 ただ、ここへ訪れた観客は、今日の試合を見てどう思うだろうか。
 勇者候補リオグランテを、どう評価するのだろうか。
 恐らく、記憶には残るだろう。
『あの国内最強の騎士デュランダルに一瞬で敗れた少年』と。
 それは決していい残り方とは言えない。
 そもそも――――何故リオグランテは敗北したのか。
 ファルシオンをはじめとした多くの人物が、勇者候補の勝利を示唆していた。
 この大会の勝者は最初から決まっていると。
 この大会は、勇者を誕生させるためにあった――――
 そう言われるための今回のエル・バタラだと。
 クレウス=ガンソがハルに漏らした『勇者計画』という名称が事実なら、
 リオグランテが勝者となるのが自然だし、現にそういう流れだった。
「……いや」
 不意に、フェイルは観客へ向かって手を振り続けるアルベロア王子の姿を
 睨むように見つめる。
 勇者。
 それは『民衆の希望』。
 一般人の中からも英雄が生まれる――――そんな成り上がりの象徴でもある。
 だとするならば、勇者の登場は王族にとって余り都合のいいものではない。
 本来、国の主役であるはずの王の存在感を奪いかねない。
 勇者が出現することは、国の活性化に繋がる。
 だが、ここでいう『国』はあくまでも一般人視点。
 王族にとっては、勇者は一般人に対して見せる夢であり、あくまで象徴。
 現実的な希望は王族自身、或いは騎士や貴族が受け持つべきと考えるのが自然だ。
 でなければ、王族としての旨味がない。
 ならば――――
「……初めから、この瞬殺ショーが目的だった?」
 そう心の中で呟いたフェイルは、反射的にアリーナのデュランダルに目を向ける。
 すると、今まさにデュランダルは――――
「殿下。お伝えしなければならない事実がございます」
『銀仮面』には似合わない険しい形相で、王子へ向かって進言を始めた。
「今の闘い……お褒めのお言葉を頂くに値しないものだったと、
 心外ながらお伝えしなくてはなりません」
 デュランダルの張った声に、拍手を送り続けていた観客が一瞬で静まり返る。
 誰もが、次の言葉に耳を傾け、固唾を呑んで待ち続けた。
「誉れ高きエル・バタラの決勝進出者として申し上げます。
 対戦相手であり、勇者候補でもあるリオグランテという少年は……
 残念ながら、決勝の相手として相応しいとは言い難い相手でした」
 対戦者に対する名指しでの公開処刑――――
 しかも、強さに対しての批判。
 あり得ないことだった。
 少なくとも、フェイルの知るデュランダルのする発言ではなかった。
 だが、彼はここにいて、批判の言葉を連ねている。
 紛れもない現実だ。
「彼が決勝まで残った過程を調査すべきと、王宮騎士団【銀朱】副師団長
 の名の下に進言致します」
 そう冷静に告げ、デュランダルが深々と一礼する。
 会場内が、先程以上の驚愕と混沌に包まれていった。







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