今まさに決勝が行われようという舞台に、この国の王子様が現れた――――
 この唐突な現実が受け入れられないのか、観客席には戸惑いを越えた
 狼狽の空気が蔓延していた。
 既に先程までの重い空気はない。
 王族の登場には、それほどのインパクトがあった。
「間違いないね。アルベロア王子だ」
 かつて王宮にいたフェイルは、鷹の目を使うまでもなくそう断言した。
 そして、ここに王子が現れた事に驚きつつも、納得していた。
 誰が今回の件の首謀者なのか、それが明らかとなったからだ。
 国王のヴァジーハ8世が目論んだ事なら、わざわざ王子が現れる理由はない。
 彼こそが――――アルベロア王子こそが、勇者計画とやらを仕組んだ人物に他ならないと
 確信できる状況だった。
「成果を自分の目で確認しに来たのかな?」
「かもしれませんが、恐らくもう一つ」
 ファルシオンも同意見だったようで、狼狽する気配はまるでない。
 そしてその指摘が正しかった事が、直ぐに判明する。
 押し黙ったままの観客席から視線を一身に集めるアルベロア王子は
 右手を天に向かって挙げ、凛然とした立ち姿で――――
「余はここに宣言する! 長らくこの地に根付いてきたエル・バタラが
 公明正大であることを! そして決勝に残った2人がその場に相応しい
 能力と勇気を持った、我が国の未来を明るく輝かせる希望の光となる事を!」
 高らかに、そう言い放った。
「運営上の不備や選手の体調管理の問題、不運な事故など数多くの問題が
 起こってしまった事により、成立しない試合が増えた事は誠に残念だ。
 日程を詰めすぎた事への反省は必要だろう。だが考えてもみてくれ給え」
 今度は声をやや小さくし、抑揚をつける。
 演説慣れしている証明だ。
「勝ち残った者が次の試合を行えないほどのダメージや気負いを残すほど
 過酷な大会だからこそ、4年に一度開催する意義がある。そしてこの決勝の
 舞台に上がった者に大きな価値が生まれる。今日ここへ足を運んだ君たちは
 我がエチェベリアの歴史を決定付ける一日の生き証人となると心得よ。
 そして信じるがいい。ヴァレロンの誇る我が国最大の武闘大会が正しい者を選ぶ事を……」
 余韻を残すような物言いで、アルベロア王子の宣言は終わった。
 次の瞬間――――
「う……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 怒号や勝鬨すらも超越した地鳴りのような歓声が、闘技場を包み込む。
 これまで観客が抱いていた不満や不信を、たった数分の演説が吹き飛ばした。
 王族への市民が抱く感情は複雑だが、こういった場に足を運び、大会への恭敬を
 口にした王子へ悪い感情を抱く者がいるはずもない。
「どうやら、次の王様は演技派のようです」
「劇場型、ってトコかな」
 フランベルジュすら拍手をする中、ファルシオンとフェイルだけは
 冷静にその姿を捉えていた。
「とはいえ、民衆を見上げる場所で王族が演説するのは異例です。
 王族の名を汚す、とさえ言われ蔑まれる可能性もあるでしょう。
 それを厭わない姿勢には素直に感服しますが」
「例えほんの一時でも……か」
 フェイルの言葉通り、アルベロア王子はすぐに闘技場内を出て、
 観客席の最も高い貴賓席へと向かっていた。
 とはいえ、ファルシオンの言うように歴史上異例ともいえる出来事。
 フェイルも感心せざるを得なかった。
 興奮が一向に収まらず、闘技場の熱気が最高潮に達する中――――
 大きな鐘の音が、ヴァレロンの突き抜けるような青空に響きわたった。
 これもまた、この決勝の舞台の為に用意された合図だ。
 告知があった訳ではないが、観客もその鐘の音が何を意味するか悟り、
 少しずつ歓声は止んでいく。
 決勝戦開始の合図に従って。
 そして、音が鳴り止んだ頃合い――――
「殿下のありがたいお言葉に、大会運営を務めた我ら一同、感激で胸が張り裂けそうです。
 殿下にお越し頂いたことへあらためて感謝の念をお伝え致したいと思います。
 光栄の極みでございます」
 審判を務める男が貴賓席へ向かって深々と頭を垂れ、厳粛な空気に包まれる。
 デュランダルもまた、忠誠の証ともいえる一礼を見せた。
 片や――――リオグランテは慌ててヘコヘコとお辞儀していた。
「では、この晴れ舞台に相応しい決勝進出者2人を紹介致します。
 まずは……リオグランテ・ラ・デル・レイ・フライブール・クストディオ・
 パパドプーロス・ディ・コンスタンティン=レイネル!」
 ついにフルネームで呼ばれたリオグランテは、驚愕した様子で目を見開いてた。
「あの子の名前が全て呼ばれたのは、初めてです」
「大会に関係なくね……決勝に進むとこんな特典もあったのね」
 ファルシオンとフランベルジュすら、驚きを隠せない。
 尤も、ファルシオンの驚きは付き合いの長い人物にしかわからない程度しか
 表に出ていないが。
「彼は勇者候補として現在、陛下の命により隣国デ・ラ・ペーニャへ親書を
 届けに行く任務に就いております。今回の大会参加は、彼自身が陛下の使者として
 己を高める為にと希望したもの。決勝進出となり、見事その目的は果たしたと言えるでしょう。
 だが、彼は立ち止まりません。勇者として相応しい自分をこれからも証明していく事でしょう。
 そう。この決勝もまた、その1つ。もし彼が優勝するならば、偉大な勇者の誕生を
 誰が否定できるでしょうか!」
 ずっと猜疑の目で見られていたリオグランテに、大きな声援が送られる。
 審判の煽りも見事だった。
「っていうか……現金すぎない? さっきまで悪く言いまくってたクセに」
「これくらいわかりやすい反応の方が、人としては正しいのかもしれません」
「……そういうもの?」
 呆れ気味に頬杖を付くフランベルジュと、安堵した様子のファルシオン。
 どちらも、リオグランテへの声援に喜んでいるようだ。
 そして――――
「だが、そんな勇者候補リオグランテの前に、我が国最高の剣士が立ちはだかる!
 知らない者はこの国の住民とは言わせません! デュランダル……カレイラ!」
 エチェベリアの未来――――そこまで言われている男の名に、観客は
 リオグランテの数倍の喝采を送る。
 やはり、人気や知名度では比較にならない。
「その実績は今更説明不要。一回戦では剣聖ガラディーン=ヴォルス様を下し、
 名実共に最強の名を欲しいままにする、まさに無敵の副師団長であります!
 本大会への参加は、自身の力を過信しない戒めと、この国に芽生える新たな
 力をそのお身体で実感したかったとの事! まさに今、その時が来たのです!」
 そう。
 その時はついに――――来た。
「静粛に! 静粛に! それでは両者、所定の位置へ!」
 審判の声は、歓声にかき消されて殆ど聞こえない。
 しかし、次第にその歓声は音量を低くしていく。
 誰の命令でもない。
 王子の存在とも関係ない。
 観客は呑まれていった。
 決勝という舞台――――そこへ立つ男の放つ、強い風に。
「な……何?」
 敏感に反応したのは、フランベルジュ。
 剣士だからこそ、その風をより強く感じる事ができる。
 別に緑魔術によって風が起きている訳ではない。
 しかし確かに、風圧と同じものを感じていた。
 ――――デュランダルの放つ、意思の風を。
「これが……王宮騎士団【銀朱】の副師団長ってワケなの……?」
 震えるフランベルジュに、フェイルは首を横へ降る。
「まだまだだよ。こんなのは準備運動レベルだ」
 幾度となく、デュランダルと対峙してきたフェイルにとっては、
 なんという事もないただの覇気。
 それでも、慣れていない者にとっては異質すぎる経験だ。
 まとう空気の変動、その意志の強さだけで、風を感じるなど。
「師匠が剣を構えた時に生じる剣圧は、この比じゃない。まあ、剣圧は
 対峙した相手にしか伝わらないけど……」
「リオ……」
 不安そうに仲間を見つめるフランベルジュとは違う意味で、フェイルは心配をしていた。
 フェイルは、デュランダルの性格を誰より知っている。
 銀仮面の異名を持つ彼が、自分には仮面の下を多少は見せていたと思っている。
 だから、わかる。
 王宮騎士団【銀朱】の副師団長デュランダル=カレイラが、わざと敗北を喫するなど
 あり得ないと。
 だとしたら――――リオグランテにこれから待ち受ける運命は?
「……」
 フェイルは昨夜、リオグランテに勇者計画の事を聞く前に、全く別の事を言おうとした。
 決勝を棄権すべきだ――――と。
 それが叶うかどうかはわからないが、いずれにしても大会運営側の対応で
 勇者計画の本質が見える。
 だが何より、もしデュランダルが本気で勝ちに来るなら、例え木製の武器と言えど――――
「決勝戦……始めッ!」
 フェイルの不安を余所に、エル・バタラ最終戦が幕を上げた。

 


 ――――勝負は一瞬だった。







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