翌日――――
 この日は、新市街地ヴァレロンに大きな利益と混乱をもたらした
 エル・バタラの決勝戦。
 組み合わせは、勇者候補としてこの街にフラッと現れたリオグランテと、
 王宮騎士団【銀朱】副師団長でエチェベリア最強の剣士でもあるデュランダル=カレイラ。
 大穴と大本命の対決という構図だったが、それよりも話題の中心は
 二回戦以降の不戦勝の多さだった。
 特に準決勝はどちらも闘わずして決勝進出となった為、観客からの不満は大きく
 暴動に発展するまでに至り、この日のヴァレロン総合闘技場の周囲は
 黒雲に包まれた空と相俟って、殺伐とした雰囲気に包まれていた。
「やはり、ある事ない事色々言われているようです」
「リオが対戦相手を買収したとか、暗殺者でも雇ってるとか……バッカじゃないの?
 そんなお金が何処にあるっていうのよ」
 どうにか観客席に足を運ぶことができたフェイルは、周囲を歩き回って
 様子を窺っていたファルシオンとフランベルジュの言葉に思わず嘆息を漏らした。
 尚、メトロ・ノームへ戻るのはこの決勝戦の後を予定している。
 この地上と地下で何が起こっているのか、これから何が起こるのかを
 見極める為には『エル・バタラ決勝戦』という情報も必要だ。 
「ま、そう思われても仕方がない状況ではあるよね」
 何らかの力が働いて、この決勝の組み合わせになったのは明白。
 そしてフェイルとファルシオンは、その主導者が誰なのかも知っている。
 また、フェイルは昨日リオグランテがこの作為的な組み合わせに関して
 全く関与していない事も確認した。
 謂われのない非難を向けられていることに、歯がゆさを覚えずにはいられない。
「ところで……コホン。ン。ン……ゲホッゲホッ」
 憂鬱な顔のフェイルの前に、フランベルジュが不自然な咳払いをしながら立った。
「昨日、リオの世話をしてくれたそうね。今朝、土下座して謝られたんだけど。
 ま、私は全然気にしてもいなかったんだけど。全然」
 フェイルはリオグランテがフランベルジュに対して下に見るような
 発言をしていたのは聞いていたが、直接それを本人に告げている場面は見ていない。
 ただ、リオグランテの性格やここ最近の言動や態度から、予選敗退した
 フランベルジュに対し、順調に勝ち進んだリオグランテが直にもキツい
 嫌味を投げかけていた事は想像に難くない。
 それくらい、リオグランテは増長していた。
 しかしフランベルジュは、一度もその事への不満を漏らさなかった。
 口論に発展する事もなく、勝ち続けるリオグランテを応援し続けていた。
 内心、複雑だったのは間違いない。
 悔しさや不安もあっただろう。
「ま……お礼言うくらいはタダだし、一応ね。ありがとう」
 それでも、相当気にしていたのだろう――――苦笑というより
 泣き顔に近い表情でそう告げるフランベルジュに、フェイルはそんな感想を抱いた。
「男前だね、フランは」
「はぁ!? 女相手にそんな褒め言葉ある!?」
 プリプリ怒って自席へ戻る姿を、フェイルは微笑みを浮かべ眺めた後
 視線をファルシオンへ向けた。
 その表情は通常と特に大きな変化がある訳ではないが、何処か誇らしげ。
 即席のように見える3人パーティーだったが、彼らの中にはそれぞれ相手に対する
 思いやりや信頼が見て取れる。
「最初からこうだったの?」
 そう問うフェイルに、ファルシオンはフルフルと否定の首振りをした。
 ずっと監視し続けてきた彼女の答えに誤りはない。
「この大会が終わったら、2人に私の役目を話そうと思います。
 裏切り者と思われるかもしれませんが……」
「大丈夫だよ。きっと」
 2人にだけしかわからない会話。
 フランベルジュが不思議に思う中、頷き合う。
 店の破壊に始まり、当初は混沌と困難のみをもたらした勇者のパーティーは今、
 フェイルに羨望すら与えていた。
 仲間がいる事の頼もしさ。
 孤独でない事の素晴らしさ。
 昨夜昔を思い返し、あらためて勇者一行を羨ましく思った。
「にしても……今日もしリオが勝ったら、どうなっちゃうの?
 逆に親書、届けに行き辛くならない? 有名になりすぎて」
 そんな心配をフランベルジュがする中――――闘技場内に決勝を戦う2人が現れる。
 まず、試合が成立する事に会場はざわめきを起こした。
 もし決勝まで不戦勝だったなら、確実に暴動が起こっていただろう。
 だが、やはりこれまでの不満が多いにあるらしく、決勝に進んだ2人を称えるとか
 これから始まる戦いへの期待とか、そういった内容のざわめきではなく
 大会そのものへの不信がそのまま撒き散らされたかのような淀んだ空気で
 観客席は混沌とした雰囲気になっている。
「イヤな空気ね。無理もないけど」
 フランベルジュは、心配そうにリオグランテの方を見つめていた。
「……勝てると思う? あの子」
 そして、その不安をそのままフェイルへと向ける。
 これまでの経緯を知るフェイルは、リオグランテの勝利が濃厚だと判断していた。
 クレウス=ガンソの言う『勇者計画』の全貌はわからないが、
 現時点までの筋書きを見る限り、リオグランテを勝ち上がらせようという
 強い意図が見て取れる。
 それならば、決勝に進出した王宮最強の剣士であるデュランダルを
 噛ませ犬にして優勝させ、リオグランテに勇者として相応しい格を備えさせる
 という結果が尤もわかりやすい。
 その通りであるならば、リオグランテの勝利は揺るがないだろう。
 デュランダルは王宮に身を置く者。
 王の為に働くのが唯一無二の仕事であり、そこに最強であるという事実は関係ない。
 ただ――――
「わからない」
 フェイルはそう答えるに留まった。
 根拠はない。
 いや、ない訳ではない。
 たった一つだけの、理屈抜きの根拠ならある。
「けど、師匠が負ける姿は想像できないかな……」
 例え王の命令によって行われる演技だとしても。
 フェイルには、あの無敵の存在が敗北する瞬間が訪れるとは、到底思えなかった。
「少なくとも、今の時点でリオに師匠を上回る要素はないと思う。
 瞬間的な爆発力も含めて」
「だったら勝ち目ない、って事じゃない」
「今の時点のリオと、戦闘中のリオが同じならね」
 まだ16のリオグランテは、精神面で左右される部分が大きい。
 実力以上のものを発揮するというのは、誰であっても不可能ではあるが、
 同時に本来の実力が全て見えている者もまずいない。
 リオグランテには、まだまだ隠された力がある。
 フェイルは昨夜の闘いでそれを実感した。
 なら、もしその力がフェイルの理解を遥かに越え、デュランダルすら上回る
 可能性について、どうして全否定できるだろうか。
 けれど悲しい哉、この可能性が今回の決勝戦において勝負を左右する事はない。
 定められた未来へ向かって、事実が重ねられていくだけだ。
「信じましょう。リオを」
 ファルシオンが、2人の会話をそうまとめた。
 或いは、リオグランテの運命を――――そう告げたかったのかも知れない。
 そんな事を考えながら、フェイルは向かい合う勇者候補と副師団長に目を向けた。
 昨夜フェイルの攻撃で腫れ上がっていた顔は、弟切草を中心に配合した薬で
 アザを残すのみとなっているが、やはり痛々しさは残る。
 一方のデュランダルは全く普段と変わらない姿。
 変わっているのは、装備品だけだ。
 どちらも慣れない木製の剣を持ち、お互いの顔から目を背けている。
 そんな闘技場内に――――審判を務める男が入ってきた。
 闘技者より審判が後に入るのは、通常はあり得ない。
 まして決勝。
 しかも当事者の1人は騎士。
 にも拘らず、重い空気に包まれていた観客席からは何の指摘も出なかった。
 その理由は、審判そのものにはない。
 彼はこれまでも本大会を捌いてきた審判の1人だ。
 観客の目を釘付けにし、沈黙させたのは――――その後ろから現れた人物。
 誰もが目を疑った。
「……王子?」
 ポツリと、フランベルジュが漏らした通り。
 エチェベリア国王ヴァジーハ8世の息子、アルベロア王子の姿がそこにはあった。









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