「っ……!」
 ――――弓の下部で防いだ。
 だが、特殊な素材など用いていないごく普通のライトボウ。
 騎士剣と今のリオグランテの力をもってすれば、切断するのは容易い。
 が――――切断どころか。
 次の瞬間、リオグランテの身体が宙へ投げ出された。
「はぐっ!」
 受け身をどうにか取りながらも、地面に叩き付けられたリオグランテは
 自分の身に何が起こったかわからず、実に人間らしい表情を浮かべている。
 その目には、少しずつ意思が戻っていた。
 本能ともいうべき怒気に、驚愕が勝ってきた。
 弓使いが、自身の猛攻を接近戦で捌き続けていることへの驚きが。
 フェイルが用いたのは、魔術や特殊な技術ではない。
 テコの原理だ。
 弓の下部に剣がぶつかった瞬間、フェイルはその衝突した部分を剣の
 下腹に潜り込ませ作用点を作り、右手で弓上部を自分の方へ思い切り引いて
 力点を作り、それと同時に弓の中央部を掴んでいた左手を離し、手首の上に弓の胴を
 乗せるような形にして、支点を作った。
 これだけの作業をフェイルは一瞬で、それも用意していた作戦などではなく
 とっさの反応でやってのけた。
 しかも――――
「……っ!」
 リオグランテが地面に倒れ込んでいる間、リオグランテの剣の投擲を
 額に受けた際に地面に落ちた矢を拾い、既に構えていた。
 当然だ。
 フェイルは接近戦『を』こなす弓使いではない。
 接近戦『も』こなす弓使いなのだから。
 何ら躊躇なく、矢は放たれる。
 力みのない、全身の柔軟性、弾力を惜しみなく用いた完璧な射撃。
 リオグランテは呼吸する間もなく――――その矢の放つ轟音を耳で聞いた。
 矢は、リオグランテのこめかみを掠めるようにして通り過ぎ、中庭の奥の壁へ突き刺さる。
 暫しの沈黙の後――――
 急所を揺さぶられたリオグランテはぐにゃりと脱力し、その場に崩れた。
 起き上がる様子は――――ない。
「……ふぅ」
 そのまま一緒に地面に倒れ込みたい衝動をどうにか抑え、フェイルは
 とてつもない疲労感を背負いながら天を仰いだ。
 予想以上の強さだった。
 想像以上の成長だった。
 もし、デュランダルとの訓練の日々がなかったら。
 もし、ガラディーンの突きを味わっていなかったら。
 もし、カバジェロやバルムンクとの一戦によって勘を取り戻せていなかったら。
 もし――――
 あらゆる過去が、この現実をそう脅してくる。
 しかし既に、一秒前の現実は過去の仲間入りを果たす。
 そんな脅迫も一瞬だ。
 冷たい汗が噴き出る中、フェイルは真っ二つにされた矢筒とその中身の矢を拾い始めた。
「僕が……拾います。やったの僕ですから」
 リオグランテは、紫色に染まった頬と、口から漏れる血を痛々しく擦りながら
 フラフラと立ち上がった。
 既に正気に戻っているようだ。
 いや、正気という点で言えば、ずっとそうだったのかもしれない――――
 フェイルはそう思い返していた。
 意味不明な声を発していた時でさえも。
 リオグランテは一貫して、峰打ちで攻撃してきたからだ。
 弓で剣を防げたのは、峰だったからこそ。
 刃の部分であれば、触れた瞬間切断されていただろう。
 尤も、峰打ちだと視認した上での戦略だったし、もし刃の部分で
 斬りかかってきたのなら、相応の対応策はあったのだが。
「もう気がついたの。勇者って回復も早いよね」
「いえ、候補ですから……それに僕はもう、勇者にはなれません」
 そして、いつの間にか――――以前のリオグランテの幼さまで戻っていた。
 涙をポロポロ流しながら、再びパタリと腰から崩れる。
「惨敗です……それも、弓使い相手に接近戦で手も足も出なかったです。
 こんなんで決勝に勝てる訳ないです。ううう……」
 すっかりいじけるリオグランテの表情は、拗ねた子供のよう。
 そこには、薬草店【ノート】で店内展示商品を破壊し尽くした時の少年がいた。
「僕、スゴく強くなったと思ってたんですけど……あんまり強くなれてなかったんでしょうか?」
「いや。強くなってたよ。ただし、少し真っ当さに欠ける強さだね」
「え……? どういう……?」
 その余りに自然な反応と返事で、フェイルは結論を出した。
「リオは、何も知らなかったんだね。勇者計画のことも、指定有害人種のことも」
「ゆう……がい? え? な、何なんですか? その毒々しい言葉」
 そんなリオグランテの不安めいた疑問を無視し、フェイルは質問を被せる。
「最後に僕を斬ろうとした時、自分が何を口走ってたか覚えてる?」
「いえ……僕、何か声出してましたか?」
 これで確認作業はほぼ終わった。
 フェイルは安堵しつつ、後頭部を掻く。
 こういう時、髪の尻尾は邪魔になる。
「もしかして……僕ってやっぱり何か、おかしな事になってます?  自分でも驚いちゃうくらい
 急に強くなっちゃって、これって大丈夫なのかなーとは思ってたんですけど……」
 恐る恐る問うリオグランテに、フェイルは今度は素直に頷いた。
「少なくとも、慢心してるのは確かだね。特にフランへの言動はリオらしくなかった。
 浮遊感に支配されるのは危険だよ。昇っていく感覚は気持ちがいいかもしれないけど、
 少し麻薬と似てるところがある。リオは……強さに浮かれていたんじゃない?」
 そのフェイルの指摘に、リオグランテが目を見開いて後退る。
「うう……確かに僕、調子に乗ってたかも……」
「こう言っちゃ何だけど、黒歴史レベルの増長っぷりだったと思うよ。
 見下した感じがこの上なくキツかったし、正直今回の闘いはその感情を
 思いっきりぶつけさせて貰ったから」
「どうりで……イタタ」
 弓で殴りつけられた頬をリオグランテはあらためて抑え、その痛みを実感する。
「……正直言いますと、僕自身ずっと、モヤモヤしたものを抱えてたんです。
 勇者候補だっていうのにあんまり強くないから、結構フランさんに
 そのことチクチク言われてて。それを根に持ってたのかも」
「彼女も口が悪いからなあ……自業自得か」
「でも、よくないですよね。仲間のこと悪く言うのは。フランさんにはこれまで
 何度も助けられてるのに……僕、どうかしてました。フェイルさんに負けなかったら、
 気付けなかったかもしれません。ありがとうございます!」
 いつものように――――とはいかなかったものの、リオグランテは
 多少無理をしつつもニッコリ笑って、頭を下げた。
 だが、これで解決した訳ではない。
 リオグランテの異変は、慢心だけでは到底説明できないからだ。
「お礼を言うのは早いよ。本題はこれからなんだから」
「え……?」
 フェイルは首を傾げるリオグランテに向けて、言葉を――――
 紡ぐ前に一度口を閉じ、再び開いた。
「……勇者計画、って言葉に聞き覚えはない?」
 率直に問いかけたフェイルの発言に――――リオグランテは特に反応なく
 キョトンとした顔を向ける。
 演技なら素晴らしいが、この勇者候補にそこまでの器用さはない。
 ここ最近の増長ぶりも、外的要因が主因ではなく、メキメキ強くなっていった
 自分自身への昂ぶり、そしてこれまでの不満の噴出を素直に現していたと
 いうのが真相だろうとフェイルは確信していた。
 だが、主因でない事と、関連がないことは同義ではない。
「うーん……ないですね」
「そっか。ならいいんだ」
 リオグランテには何も知らされていない。
 なら――――
「あの、本題っていうのは……?」
 フェイルは一つ頷いた後、切断された矢筒と矢を足元に集め終え、その場に腰を落とした。
「いくら才能があっても、人間が数日で別人のように強くなることはできないよ。
 なれるとしたら……」
 フェイルは射抜くような目で、リオグランテの眼を睨む。
「……人為的に作られた外的要因を取り込んだ場合だけだ」
「外的……ですか?」
 フェイルの発言の真意が掴めず、リオグランテは頭を捻る。
 何より、身に覚えがないという顔で。
「えっと、それって例えば、力が強くなる薬を飲んだとか、そういう事ですよね?
 旅してると偶にそういうアイテムがあるって話を聞きますし。
 でも僕、そんなの一度も飲んだ事ないですよ?」
「薬、とはちょっと違うかな。僕も詳しい事がわかってる訳じゃないけど……」
 腑に落ちない表情のリオグランテに対し、フェイルは微笑みかけながら
 大きく深呼吸し、その場に座り込む。
 ここ数日の非日常がもたらした疲労が、先程の闘いによって一気に
 吹き出したらしく、途方もない倦怠感に襲われた。
「峰打ちで闘ってくれたお礼に、僕の知ってる事を話すよ。きっと参考にはなると思う」
 フェイルは両目を瞑りながら、これまで一度として他人に話した事のない
 自分の秘密を説明する事にした。
 生物兵器について、フェイルも全てを知っている訳ではない。
 だが、それ以上にリオグランテは何も知らない。
 ならば説明は必要だ。
 これからの為に。
 リオグランテの為に。
 そして――――彼の仲間の為に。
 例えそれが、リオグランテにとって――――自分にとって冷酷な現実だとしても。







  前へ                                                             次へ