勇者に必要な条件――――それは一つや二つではない。
 それこそ無数に存在する。
 だが、それはあくまでも国王の裁量に委ねられる。
 勇敢である、実力がある、潜在能力が高い、実績が伴っている……
 そういった評価において、どの水準であれば勇者に相応しいかという
 決められた数値は存在しない。
 勿論、過去や他国の勇者の実績は重要な目安にはなる。
 ただし、その目安を何処まで目安とするのかもまた、王次第だ。
 そうなってくると、王は何を重視して勇者の条件を決めているのか――――
 という話になるが、そこには各国の勇者を評価し競い合わせる
『勇者裁定委員会』の存在が大きな比重を占める事になる。
 昔は国の危機を救う、国民の希望の星という存在だった勇者だが、
 近年は他国の勇者と比較させ優劣を競うという、代理戦争的な意味合いが強い。
 そして、その各国の勇者の評価は『勇者裁定委員会』が行うので、
 同委員会が下す評価を見越す必要がある。
 つまり、自然と勇者に必要な条件は『勇者裁定委員会』の示す条件と一致する。
 では、この委員会は何を持って『優秀な勇者である』と評価するのかというと、
 そこには『数値化された評価』が存在する。
 よって、高い数値を叩き出すステータスが重要となってくるが、
 過去のケースでは『客観的に凄さがわかりやすい実績』が高く評価されている。
 リオグランテにどういった評価が下されるのか――――それは現時点において
 フェイルにも、リオグランテ本人にもわからない。
 わかっているのは、エル・バタラでの優勝が勇者となる資格を得る上で
 非常にわかりやすい実績であること。
 逆にいえば、優勝してしまえば現時点での実力や戦闘能力の程度より
 結果、実績が重要である、となる。
 リオグランテにはそういった背景は知らされていなかったし、彼自身
 真っ白な気持ちで勇者を目指していたので、エル・バタラの開催を知った当初から
 予選開始直前までは、決して優勝など本気で狙ってはいなかった。
 フランベルジュのやる気に当てられただけ、とさえ言えるだろう。
 だが、リオグランテには『しがらみ』が生まれてしまった。
 スコールズ家との。
 貴族同士が、自らが見込んだ戦士を推挙し、エル・バタラで何処まで勝ち進めるか
 を競うという、ある意味勇者による国家間競争の縮図のような戯れが
 行われていたこともあり、リオグランテはスコールズ家の推す参戦者として
 大きな重圧を受けることとなった。
 だが、リオグランテにとってその重圧はさほど重要ではなかった。
 彼自身が、自分に対する不穏な接触を体験した訳ではないのだが、
 なんとなくスコールズ家の当主が寄せている期待は自分であって自分ではない
 何かに向けられていると感じ取っていた。
 大人とはそういうもの、という意識がリオグランテの中にあったからだ。
 一方で、自分と同年代の娘――――以前失踪事件を起こしたリッツ=スコールズの
 熱い眼差しには、どうしても応えたいという気持ちが芽生えていた。
 それは恋と呼ばれる感情なのかどうか、リオグランテ自身にもわからない。
 わかっているのは、期待されていることに対し応えられる自分でありたいという
 英雄願望。
 リオグランテが勇者になりたいと切望した原点だ。
 勇者になるということは、たった一人の真摯な期待に全力をもって応えること。
 リオグランテはそんな青臭い理想像を心の内に描いていた。
 もし、自分が強くなれるとすれば、英雄と呼ばれるくらいに強く、
 気高い存在になれるとすれば、それはエル・バタラ優勝という実績を得ること――――
 ではない。
『勇者裁定委員会』の活動内容を何も知らないリオグランテにとって大事なのは、
 そういうことではなかった。
 たった一人の、縁あって出会った少女の期待に応えたい。
 そんな一途な思いで、勝つための努力を始めた――――はずだった。


 果たしていつからだろうか。


 ――――リオグランテは、人であって人ではなくなっていた。


「クキュルキカキリリリリリリリリリリリリリリ――――――――」 
 その目は、何処を見ているのか。
 その意思は、何処へ向けられているのか。
 ただ一つ言えるのは、およそ人間活動の大半を失っている状態で
 リオグランテの繰り出した斬撃は、フェイルがこれまでに見たどんな攻撃より
 鋭い――――という事実。
 バルムンクよりも。
 ガラディーンよりも。
 そして、デュランダルよりも。
 だがそれは、鋭いだけでもあった。
「あの時……」
 フェイルの体勢は、先程までより更に低い。
 身長の低いリオグランテの胸と、フェイルの頭の位置が同じ高さになるくらい。
「経験してて、よかった」
 今のリオグランテに、その構えの理由を探るような思考反応はない。
 ただ鋭く剣を振る、それだけに力を注いでいる。
 事実、とても回避できる速度ではない。
 フェイルは覚悟した。
 不甲斐ないと思いながらも、覚悟した。
「知っていてよかった」
 同時に、そう心から思う。
 知識と経験。
 これまでに培ってきた全て。
 それがなければ、届けられなかった。
 無駄ではなかった。
 無駄など最初から存在しなかった。
「リ――――――――――――――――」
 声ですらない音を口から放ち、リオグランテが縦に薙いだ一撃は、
 フェイルの背中に容赦なく食い込んだ。
 刹那、鮮血が飛ぶ。
 リオグランテはその様子を、見て――――いなかった。
「――――――――――――――――――――ガフッ……!?」
 顔面にめり込んだ、ライトボウに遮られて。
 フェイルの左手は弓の前方部を握っていた。
 後方部は肘を当てて固定した状態。
 つまり、ライトボウはフェイルの左腕と半ば一体化している。
 その腕で、リオグランテを殴りつけた。
 速かったのは、リオグランテの方。
 致命打となるには十分過ぎる鋭さ。
 背中の肉どころか背骨を裂くだけの威力を有していた。
 が――――フェイルの背中には矢筒があった。
 矢筒、その中の何本もの矢が、剣の威力を速度を大幅に削った。
 結果、致命打には届かず、矢筒を真っ二つにしてフェイルの背中に
 浅めの切り傷を作るのみ。
 肉に深く食い込む前に、フェイルの弓による一撃で顔面が弾け、
 攻撃どころか意識そのものすら殺がれてしまった――――
「……」
 ――――筈だった。
 それほどの手応えがあった。
 だが、フェイルは顔面を押さえて後退るリオグランテは
 まだ戦意が衰えていないと判断し、更に警戒を強めた。
 今のリオグランテは、以前商人ギルド【ボナン】の前で
 クラウ=ソラスが僅かな間見せた、全く人間らしくない不気味な状態に近い。
 ただ、あの時のクラウが完全に脱力し、気色の悪い体勢になっていたのに対し、
 今のリオグランテはまだ人間味を残している。
 正確には『残している』のではなく『戻った』というべきか。
 フェイルが弓で顔面を殴りつける直前までは、リオグランテもあの壊れたかのような
 クラウの状態に類似していた。
 しかし今は――――
「ゥゥゥゥゥ……」
 歩幅にして10歩ほど離れた位置で鮮血がこびりついた手をどけ、フェイルを
 鋭く睨みつける姿は、獣と見誤るかのような獰猛さではあるが、不気味さはない。
 これは、リオグランテの自然な怒り。
 フェイルはそう判断した。
 元々、天真爛漫とでもいうべき人間だったので、タガが外れれば
 獣っぽくなるのは、寧ろ自然とさえ思える。
 とはいえ、その殺気はこれまでの比ではない。
 バルムンクのような完成された厚みはないが、天真爛漫さ故の
 無軌道な刺々しさがフェイルの五感を刺激してくる。
 ここからが――――リオグランテを止める本当の意味での闘い。
 そう覚悟し、フェイルは首を回した。
 身体能力では遥か上を行く相手。
 これまでとは別人のように強くなっている為、今まで見てきたリオグランテの
 技術やクセはまるで参考にならない。
 純粋に、初めて出会った一人の強敵として迎え撃つ。
 己の全てを動員して。
「ァアァァァァァァァァァァ!」
 リオグランテの咆哮が星空に響きわたり――――
 中庭の地面が一直線に抉れ、土煙が舞った。
 剣を上段に構え、そして振り下ろす。
 その単純動作を最短で行う間に、リオグランテは既にフェイルを切り裂ける
 位置まで移動していた。
 しかもフェイルの正面ではなく、弓を持っていない右手側からの袈裟斬り。
 反応できなければ、これで全てが終わる――――
「ァァアァァァァ……!」
 そんな猛烈な一撃に、フェイルは上体を屈ませ紙一重でくぐり抜けた。
 だが攻撃は止まない。
 斬りつけた剣を振り抜き、その反動を利用して身体を回転させ、
 そのまま回し蹴りを放つ。
 が――――それも空を切る。
 それでもリオグランテの回転は止まらない。
 より力と速度を増幅させ、しかも一歩踏み込み、剣を水平に走らせフェイルの胴を狙う。
 回避は不可能――――
「ゥ……ゥァアァァアア……!」
 声にならない咆哮で振り抜かれた剣を、フェイルは――――







  前へ                                                             次へ