闘え――――そんなフェイルの強い言葉に対し。
「……心配してくれてるんですね。僕がここ二試合まともに闘ってないこと」
 リオグランテは困った様子で苦笑を漏らしていた。
 それは決して、本気にとっていない表情。
 冗談と思っている。
 そして、それだけではない。
 今の自分と弓使いが闘って、勝負になるはずはない――――
 そんな思いが手に取るようにわかるほど、リオグランテの目は冷え切っていた。
「でも、それは無用ですよ。つい一昨日、スゴく強い人と闘いましたから」
「……誰と?」
「フェイルさんは知ってるかな? ケープレル=トゥーレって人です。
 エル・バタラの本選に勝ち上がった」
 その名前に、フェイルは覚えがあった。
 傭兵ギルド【ウォレス】のアロンソ隊・副隊長でフランベルジュを簡単に退けた
 オスバルド=スレイブを、本選1回戦で傭兵ギルド【ラファイエット】中隊長
 デアルベルト=マヌエを瞬殺するなど、かなり派手な勝ち上がり方をしていた
 素性不明の男。
 丸坊主で褐色の肌、そして巨躯と、かなりが意見も目立つ人物だった。
 ただ、2回戦の段階で彼は闘技場に姿を現わさず、不戦敗となった。
 そんな男とリオグランテの接点が、フェイルには見えない。
「あの人、僕を始末するために送り込まれた刺客だったんです。
 王様に敵対する……なんか難しい言葉を使ってましたけど、そういう
 組織があって、その人達が雇ったらしいんですけど」
「刺客……勇者候補を始末するため?」
「そうみたいです。アロンソさんが教えてくれました。あの刺客の人、
 スコールズ家に忍び込んで僕を襲ってきたんですよ。それが一昨日のことです。
 正直、怖かったですよー。殺されるって思いました」
 事もなげにリオグランテは告げるが、フェイルが見た限り、あの男に
 リオグランテが実力で勝るということはあり得なかった。
 リオグランテも身体能力は際立って高い。
 ハルが舌を巻くくらいに。
 だが――――それを最大限評価しても、ケープレルという男の力は
 遥かにそれを凌駕していたようにフェイルは記憶していた。
 目の前のリオグランテに、何処か負傷しているような様子はない。
 つまり、無傷で切り抜けたということ。
 傭兵ギルドの中隊長クラスを瞬殺する怪物を相手にして。
 それはクラウ=ソラスやバルムンク級の強さでなければ到底成し得ない。
 幾らリオグランテに素質があって、エル・バタラ参加を機にその才能が
 開花しつつあるとはいっても、余りにも花咲くのが早過ぎる。
 僅か数日で猫が虎になることはない。
 あるとすれば――――
「真剣に死ぬって思ったのは、初めてだったんです。その時……僕の中で
 何かが弾けたっていうか、全身の血が熱くなったっていうか。
 今までにない感覚でした。自分が自分でないような……」
 灯りに照らされたリオグランテの目が、次第に恍惚を帯びる。
 リオグランテは――――酔っていた。
 覚醒したという、自分の力に。
 勇者候補。
 そういう肩書きを持つにもかかわらず、この少年は勇ましさなど
 何処にも見当たらないような、恍けた人物だった。
 一緒に旅する二人は、そんな彼の才能を認めていた。
 フェイルも、カバジェロとの一件などでその潜在能力の一端は垣間見た。
 特に、スコールズ家に潜入した際に見た姿は、別人のようだった。
 アロンソとの修行で基礎、或いは闘い方の型をしっかり学んだことで、
 荒削りな部分がいい方向に改善されていた。
 それでも、まだまだ底は見えないスケール感もあった。
 もし、一昨日強敵に襲われ、死を意識したことで生物が本能として持つ
 命を保守する為の防衛反応として、その潜った力が解放されたのなら――――
 今のリオグランテは、王が自ら勇者になるとお墨付きを与えた人間に
 相応しい力を身につけたということになる。
「人間って不思議ですよね。まさかこんな簡単に強くなれるなんて思いませんでした」
 少なくとも、リオグランテ本人はそんな認識を持っている。
 自分の中に秘められた力があり、それが強敵の登場によって解放された――――
 そんな安易な物語に酔いしれていた。
 だが――――フェイルの見解は違っていた。
「そうだね……よりわかりやすい方がいいかもしれない」
「え?」
 発言の意図がわからず、呆気にとられたような顔のリオグランテを前に、
 フェイルは苦笑すら浮かべずに店の奥へ視線を向ける。
「狭い所……中庭にしよう。接近戦なら、その方がいい」
「あの、フェイルさん? 仰ってる意味がわからないです」
「君と闘うのなら、より距離の近いほうがいいみたいだって思っただけだよ。
 時間も深いし、こうして喋ってたら睡眠不足になる。行こう」
 そこで言葉を句切り、フェイルは中庭へと足を運ぶ。
 背後からリオグランテの混乱に満ちた声が聞こえてくるが、無視。
 今の彼には何を言っても心に届かない――――そう判断したからだ。
 現在のリオグランテの状態を、フェイルは正確に判断しきれていない。
 ただ、リオグランテ自身が自分の状態をどう見ているのかはわかる。
 才気煥発。
 この一言に尽きるだろう。
 実際、何も知らなければそう思うのも当然だ。
 エル・バタラ本選で師匠とも言うべき存在のアロンソを倒し、
 そのアロンソを凌駕するであろうケープレル=トゥーレをも乗り越えた。
 そして今や自分はエル・バタラの決勝進出者。
 勇者候補の名に相応しい。
 そう思ってもなんら不思議ではない。
 ――――リオグランテ本人の視点なら。
 だが、彼のここ数日の経緯を殆ど知らないフェイルの視点では、
 余りにも不自然な状況にしか映らない。
 人間がここまで簡単に強くなれる筈がない。
 もしあり得るのなら――――そこには人間が自然に身につけるものとは
 異なる、別の力が働いていることになる。
 ただし、全く確証はない。
 今のリオグランテの増長ともいうべき状態が、高揚感と優越感による
 ただの人間的反応なのか、それとも別の『副作用』ともいうべきものなのか。
 それすらもわからない。
 わからないから――――
「待って下さい、フェイルさん。僕は貴方と闘う気には……」
 フェイルに続き中庭に到着したリオグランテは、途中で言葉を止めた。
 中庭の中央に位置し、ライトボウを左手に、弓を右手に構え佇む男の顔を見た瞬間――――
 全身から噴き出てくる猛烈な寒気に襲われたから。
「……」
 リオグランテの目が据わる。
 先程とは質の違う冷たさを帯び――――腰に下げていた剣を抜く。
 カバジェロとの闘いの際に用いた、ショートソードに近い長さの剣ではない。
 体型に合わせ小ぶりという点は同じだが、両手、片手持ちの両用の立派な騎士剣だ。
 スコールズ家からの支給品であることは想像に難くない。
「知りませんよ」
 リオグランテの声から、甘さが消える。
「例え恩人でも、弓使いであろうと、今の僕に対して牙を剥いたら容赦は
 できません。感情は抑えられても、心が……言うことを聞かないんです」
「なら、本能の赴くままにすればいい。誘ったのは僕だ」 
 フェイルはそんなリオグランテに矢を放つ。
 一切の躊躇なく。
 その矢は綺麗な直線を描き、リオグランテの――――
「僕は無用と言いましたよ」
 右手に掴まれ、速度をなくした。
 至近距離から飛んできた矢を掴み取った。
 常人の反射速度と身体能力では到底成し得ない業。
 リオグランテの現在が、フェイルの知る彼とは別人だという何よりの証。
「だからもしフェイルさんが大怪我しても、それはフェイルさんのお節介のせい
 ですからね。今の僕は自分で自分を完璧に制御できる自信がないくらい……
 強くなり過ぎてるんです。弓使いの人と一対一では、勝負になりません」
 笑みはない。
 だが、明らかに高揚している。
 興奮している。
 リオグランテの顔は、自分の上達に陶酔していた。
「成程。大体わかったよ」
「わかってくれましたか」
「うん。変わらないよ」
 フェイルは納得顔で、小さく頷く。
 一方のリオグランテは不可解という様子で顔をしかめた。
「天然か、人工的か、どっちかが問題じゃない。どっちだとしても、
 僕がすべきことに変更はない」
 そう告げ、満天の星を見上げた――――
「え?」
 刹那。
 意識を自分の頭の位置より上に向けたリオグランテの視界から、フェイルは消えた。
「……!」
 そう認識した直後、リオグランテの顔が跳ね上がり、
 そのまま真後ろに背中から倒れ込む。
 意識は繋ぎ止めていたらしく、身体を捻って転倒を回避する辺り、
 驚異的な身体能力は健在だが――――
「な……なんですか、今の? フェイルさん……今、僕を殴りつけました?」
 腰を落とし、地面スレスレで突っ込んできたフェイルの弓で
 顎を突き上げられたと理解したリオグランテの表情は、激痛や憤怒ではなく
 驚愕に満ちていた。
「そんなこと、できるんですね……弓使いなのに」
 直後、感心したように微笑む。
「まだ思い上がっているね」
 片やフェイルは、終始真顔。
 怒りすら一切封印し、目の前の闘いに集中していた。









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