「此方は……ここに残るよ」
 その結論は、フェイルにとって意外ではなかった。
「前みたいに、いきなり夜がなくなったりするかもしれないからね。
 管理人として、今はここを離れる訳にはいかないかな。残念だけどね」
 アルマの責任感は、毎日欠かさず夜を作っているところからも明らか。
 そんなアルマがこの現状で、私欲のためにメトロ・ノームに残るのは
 寧ろ当然だといえる。
 それに、これからクレウスに管理の方法を全て教えるには、時間がなさ過ぎる。
 とはいえ――――
「でも、アルマさんが来てくれれば、助かる部分もあるんだ。
 アルマさんが特定の人物や組織に狙われてない可能性が高いとはいっても、
 今日明日は可能な限り危険を回避できる場所に避難してもらいたいし」
 地上ならば、地下よりは遥かに危険は少ない。
 アルマが地上にいるなど、誰も予想すらしないだろうから。
「それでも、此方はここにいるよ」
 だが、アルマは揺るがなかった。
 フェイルは少しの間目を瞑り――――そして、苦笑する。
 余りに美しく、多くの男性を虜にしてきたという女性。
 だが、彼女の本当の美しさは、その気高さにこそあった。 
「わかった。ハルはどうするの? ガラディーンさんを探してるんだよね?
「ああ。多分ここにいるだろうから、こっちで過ごす」
「それじゃ、アルマさんの護衛をお願い。ハルなら大丈夫だよね?」
「この野郎! さっきは信じてなかったじゃねーか! 都合よすぎだぞコラ!」
 冗談だと直ぐにわかる軽い口調のハルに対し――――
「……ゴメン。そうかもしれない」
 フェイルは対照的なくらい重い声でそう謝った。
「僕は自分の都合でハルに面倒ごとを押しつけてるのかもしれない。
 だって、もしハルが魔崩剣を使った事がクレウス以外の『計画を実行しようと
 している勢力』に見られてたら、その時点でハルが狙われるかもしれない。
 リスクが大きい事を二つも頼もうなんて、都合よすぎだよね」
 ハルは、フェイルにとって数少ない友達だ。
 だが、そこまで依存していい相手ではない。
 親兄弟でも師匠でもないのだから。
「お前なあ。いきなりそんなあらたまった事言うなよ。調子狂うっつーの」
「でも……」
「問題ねーよ。そもそも、アルマの嬢ちゃんの安否はお前の都合じゃねーだろが」
 珍しく鋭いハルの指摘に、フェイルは思わず赤面。
 取りようによっては、かなり恥ずかしい科白だったと今更ながらに気づいた。
「此方の事なら、心配いらないよ。これでも封術で自分の身くらい守れるからね。
 今までもそうしてきたから大丈夫だよ」
「……了解。でも、ムリはしないでね。約束はまた別の機会に」
「楽しみにしてるよ」
「約束ぅ? なーんか穏やかじゃねーな。お前ら、どんな関係なんだよ」
 ニヤニヤしながら訊ねるハルを無視し、フェイルとアルマは頷き合った。
「……俺さ、今回の一連の会話では結構兄貴分的な立ち回りできたと思ってんだけど、
 最終的に無視されるってなんだよ。なあ、オイ! 俺ってどうあってもそんな扱いか!?」
 そんなハルの絶叫から一時間後――――
「ったくよー。俺だって偶には頼りになる男って思われたいっつーの」
 終始ブツブツ不平を漏らしていたハルの目の前には、フェイルが今回
 このメトロ・ノームを訪れた際に使用した扉付きの柱があった。
 当然、行き先はビューグラスとアニスの住む屋敷。
 ビューグラスの部屋の隠し扉とつながっている。
 屋敷の住人はいないのだから、向こうの扉が閉じられている可能性はほぼないだろう。
「そんなに怒らないでよ。ホラ、今から見せ場なんだよね?」
「此方、魔崩剣って聞いたことがないから、楽しみにしてるんだよ」
 おだてに近い二人の言葉に、ハルは――――
「ま、しゃーねーな。そこで目ン玉ひん剥いて見てろよ」
 割と満更でもない様子で、懐にしまっていた短剣を取り出した。
「それが魔崩剣……って訳じゃないんだよね?」
「ああ。こりゃあくまで魔崩剣用の剣ってだけだ。予備のな。
 愛用の剣はちーと行方不明なんで、いざって時の為に身体に仕込んでんだ」
 この剣で魔崩剣を使用し、ハルはクレウスの魔術を逃れた。
 だが、どのようにして逃れたのかは、フェイルたちはまだ教えてもらっていない。
「具体的な説明は面倒だから省くが、魔崩剣ってのは魔術を無効化する技術だ。
 魔術には接合点っつーのがあってな、そこを斬るんだよ」
「それじゃ、クレウスの魔術を斬ったの?」
「咄嗟に短剣を抜いてな。ちっとは見直したか?」
 軽佻な物言いだが、実際にはそんな簡単な事ではない。
 クレウスの放ったのは、速度の出やすい黄魔術の中でも特に速度重視の魔術。
 そんな雷の閃光を、懐にしまっていた短剣で斬るなど、二流三流は勿論、
 一流の剣士でもそうそう出来はしない。
「もしかして、うつ伏せに倒れたのって短剣を隠す為……?」
 そして、そこまでしてタネを隠すのも、そうそう出来はしない。
 よほど驚いて欲しかったらしい。
 それだけに、読まれた時の無念さは相当なものと推測できたが、
 今のフェイルにはどうでもいいことだったのでそれ以上は特に触れず。
「ま、いいか。それじゃよろしくお願い」
「追及しろよそこはよ! そして最終的に俺を褒めろ! じゃないと
 封印解いてやらねーぞチクショウ!」
 ヘソを曲げたハルががなるも、時間的余裕がないというのは共通認識。
 ハルは思いっきりため息を落としたのち、直ぐに短剣を顔の高さに掲げた。
 いつの間にか――――表情が一変していた。
 そこにいるのは、普段の陽気なハルではない。
 かつて、デ・ラ・ペーニャの第二聖地ウェンブリーを恐怖に陥れた
 魔崩剣の使い手の顔だった。
「……いくぜ」
 ハルの目が、妖しく光った――――ように、フェイルには見えた。
 刹那、短剣が斜線を描く。
 いつの間に振り上げられていたのか、いつの間に振り下ろされていたのか。
 フェイルは剣筋の視認こそできたが、それ以上の事はできなかった。
 それくらい、ハルの所作は無駄がなく、そして華麗だった。
「これで、封術は解かれたはずだ。扉開けてみろ」
 フェイルが指示に従い、扉を開けてみる。
 すると――――すんなりと開いた。
「すごいよ。吃驚だよ」
 夜空の下、アルマが驚きの声をあげる。
 あまり声を荒げないのは、アルマなので仕方がない。
「ハルって本当はスゴい剣士だったんだね。今まで誤解しててゴメン」
 フェイルも特に大きな声はあげず、朗らかに感心と謝罪。
 フェイルなので仕方がない。
「……こういう時、驚き要員がいねーのは寂しいモンだな」
 意味不明な供述をするハルを無視し、フェイルはアルマに目を向ける。
「どうか、無事で」
「そっちこそ、だよ」
 なんとなく照れくさい会話を交わし、フェイルは柱についた扉を潜り――――
 メトロ・ノームの真上にある地上を目指した。

 

 
 同時刻――――
「やはり、彼は見逃したようです」
 嘆息交じりに告げる生物学の権威リジルに対し、医学の権威カラドボルグは
 それみたことか、とケラケラ笑った。
「だから言ったろ? あの爺ちゃん、メンバーの中で一番甘いんだって。
 で、やれないのならやらせれば良いっつってたそこの流通の皇女サン、
 ホントにやらせられるのかい?」
 目尻が下がったカラドボルグの視線が、経済学の権威スティレットへと向く。
「あら? 子供が一人地上に戻るくらい、なんの問題もないじゃない♪」
 全く気にする様子もなく、スティレットは普段通りの余裕の笑みで答える。
 ここは――――柱の中の隠し部屋。
 メトロ・ノームに無数にある柱中の一つの内部に存在する空間だ。
 彼ら各学問の権威が集合地点として愛用している場所でもある。
 ただし今いるのは、四名。
 薬草学の権威とあと一人はここにはいない。
「で、結局お三方は【勇者計画】と【花葬計画】、どちらも支持するんですか?」
 円卓を囲み、座る三名に対し、リジルは問いかける。
 三者の答えは――――
「もっちろん♪ 初志貫徹よん♪」
「他国への影響が意外と少なそうだから、俺も賛成派だ。特に花葬計画に
 関しちゃ、せいぜい利用させてもらうつもりだ」
 スティレットとカラドボルグがそう返答したのに対し。
「……私も支援させて頂く事にしましたよ」
 魔術学の権威ルンストロム=ハリステウスも、同調を示した。
「へえ。意外ですねえ。貴方の母国デ・ラ・ペーニャとこのエチェベリアの
 対立構造を考えたら、王宮主導の両計画へ足を突っ込むのは危険ですよ?」
「だが、危険なくして改革はない。まして私は、デ・ラ・ペーニャではもう
 今以上の地位は望めないのですから」
 心変わりがあったのか、それとも最初からここで支持を表明する手筈だったのか。
 ルンストロムの意向を、他の三人が知る由はない。
 尤も――――誰一人関心を寄せてはいなかった。
 デ・ラ・ペーニャの第二聖地ウェンブリーの首座大司教の思惑に対して。
「では、ここにいる四人で計画を支援します。ビューグラスさんの研究の
 集大成を、花開かせてあげましょう」
 リジルは口を歪め、不敵に微笑む。

 時は確実に、そして当たり前に、刻一刻と進んでいた。








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